#66 闇を灯す者
シキ「あぁ…本来は今度開催されるイベントの事前キャンペーンに掲載するインタビュー記事の記者ですけど…今は訳あってアーサーマスターの協力を優先させていただいてます。」
クラリス「そっちの方が普通に気になるんだけど…。」
シキ「ええと…インタビューは後日改めてアポイントメントを取らせていただければ…あ、じゃあこうしましょう。こちらに協力してくだされば、情報だけは後日を待たずにお話しします。」
そういうとクラリスマスターはしばらく考え込んだ末、小さく頷いた。
クラリス「…別にインタビューされることに興味がある訳じゃないから、勘違いしないでね。話すの嫌いだし…自分の話をするのはもっと。」
シキ「あ、はい。…では…。」
ーなんのために?その言葉は聞くまでもなくクラリスマスターが続けてくれた。
クラリス「グランドマスターにもなれば周りがうるさくないと思ってここまできたのに、実際は真逆だった。全く肩身が狭くなったものだよ…。…おれにまで声かけるってことは差し詰めグランドマスター全員参加させる予定なんでしょ?」
シキ「そうですね。」
クラリス「…なら、出ないわけにはいかないじゃん。」
吐き捨てるようにそう言った。それは遅れをとるわけにはいかないという意味だろうか?さっきの言葉をそのまま受け止めると誰かがクラリスマスターに活動を強いているのか、根掘り葉掘り聞きたいインタビュアー魂が疼くけれどそれはまたの機会にしなくては。
シキ「…単刀直入にいいます。先日のイーサンマスターの元でのIDoll暴走事故をご存知だと思います。その際に確認された歌声のマスターがクラリスマスターなのではないかという声が上がっています。」
クラリス「は?」
低く冷たい声に思わず体がすくんでしまった。一瞬でわかる、逆鱗に触れてしまったんだ。しかし、畳み掛けるようにシェイラちゃんが当時を記録した映像を流した。ふと視線を逃すと離れた位置でフィノ・クラリスちゃんとニーナ・クラリスちゃんが手を止めこちらを凝視していることに気がついてしまった。爛々と光る瞳。一歩間違えればすぐにでも切り掛かってきそうな一触即発の事態に手に汗握る。
しかし、その予想に反して帰ってきたクラリスマスターの言葉は随分と冷静なものだった。
クラリス「…確かに、言わんとすることはわかるよ。この声もtypeニーナのようにも聞こえるし。」
シキ「…だからニーナ・クラリスを使ってライバルである、イーサンマスターを排除しようとした画策ではないかと囁かれています。」
クラリス「ま、やること自体はできない話じゃないかもね。実際サーバーを超えてイストを獲得するために他所のサーバーでライブをしてるマスターもいるし。」
シェイラ「でも、基本それはコラボとか他所の主催ライブに参加する、それこそイーサンマスターがしてるようなことでしょ?それ以外での乱入は御法度じゃん。」
クラリス「は、知らないよ。おれじゃねーし。仮にそうしてやったとして、その事故、原因はプログラムの改竄なんでしょ?そんなテロ規模でどうやんの?」
そう嘲笑う姿は明るい髪色と濃いクマとうまくマッチしていないように感じた。本当は髪色みたいに明るい人なのかな?いや、むしろこっちが素で、姿はいつも明るく振る舞う様子の名残なのかもしれない。だってここは理解者のいるアイディアルの世界だから。
シェイラ「それはウチらが聞きたいっつーか…。」
シキ「本当に違うんですね…?」
クラリス「…第一、このIDollの曲とおれの曲は曲調こそ似てるけど、目的が真逆。一緒にされるのふつーにムカつく。」
シキ「目的、ですか…?」
クラリス「おれが曲を書くのは疲れて傷ついてそれでも自分を鼓舞して偽って頑張っている人に寄り添うため。病んでるとか暗いとか言われるけど、音楽っていう芸術に昇華することで救われている人もいる。明るくてキラキラした夢に溢れた曲だけがいいものじゃない。そんな綺麗事じゃどうにもならない闇は闇で治めてあげるしかないんだよ。」
シキ「闇を闇で…。」
その言葉には、静かな優しさがあった。傷ついたものたちに寄り添う、暖かさ。それはフィノ・クラリスちゃんがそっと寄ってくれた時に感じたランタンの明るさととてもよく似ていた。
クラリス「でも、この曲は真逆もいいところだよ。人の神経を逆撫でて不安にさせるようにできている。闇が闇を誘発するように…。はっきり言ってキモい。耳障り。」
シキ「は、はぁ…。でも、そのくらいはっきり言ってくれて安心しました。別に疑ってきたわけではないので、これで確信を持ってクラリスマスターのことを信じられます。」
クラリス「別に信じなくてもいいんだけど…。」
フィノ・クラリスちゃんたちはいつの間にか蝋燭に灯りを灯す作業を再開している。先ほどの殺伐とした雰囲気は無くなっていた。
ふと、クラリスマスターがつぶやく。
クラリス「…もう直ぐ火が消えるね。」
クラリスマスターの視線の先を追うとフィノ・クラリスちゃんのランタンの灯りが弱々しく揺らめいて今にも消えそうだった。そう言われるとユアディアル全体も最初の頃と比べてより一層暗さに深みがかかった気がする。
シキ「そういえば、なぜ蝋燭に火を灯し続けているのでしょうか?この蝋燭たちは…?」
クラリス「イストの想いだよ。一つ一つをよく見てご覧。」
言われるがまま一番近くの蝋燭を見つめる。
『死にたいとは思わない。自殺する勇気もないから。でも、もうこれで終わりにしたい。セーブして電源落とすみたいにプツって。なんかの事故で楽に死ねないかな。』
『不安で不安で眠れない。何か一つの選択を間違えて取り返しのつかないくらい落ちちゃうんじゃないかって。あるいはもう取り返しがつかなくなっているんじゃないかって。こんなはずじゃなかった。』
確かにそこには一つ一つに想いがあった。このユアディアルではイストの姿はない。その代わりクラリスマスターの曲を聴くことで想いは蝋燭になりフィノ・クラリスちゃんとニーナ・クラリスちゃんに灯してもらい昇華しているのだ。灯りを灯すだけでいいのか、何か励ましの声をかけるべきなのではないかという想いが駆け巡ったが、愚痴や辛いこと悲しいこと淋しいことをこぼしても、否定せずにそっと火を灯して温めてくれるから居心地がいいんだ。それが安心できる場所、クラリスシリーズの魅力だと思った。キャロルシリーズと同様にイストが姿を変えるのが暗黙の常識であったのなら、初めて会った時のフィノ・クラリスちゃんの驚きようにも合点がいくと同時に驚かせてしまって申し訳なく思えてきた。
クラリス「このユアディアルは心と同じような作りになってる。想いが毎日ちょっとずつ溜まっていく。いっぱいになるとどうなる?」
シキ「新しい想いが溢れて入らなくなる。」
クラリス「…それだけじゃない。底の古い想いがグズグズと腐って凝り固まっていく。それは一回の灯火だけじゃ昇華しきれないくらいに。やがてその腐敗は入れ物自体も腐らせて底から粉々に割れる。…だからこまめに昇華して抜いてあげないといけない。」
シキ「それでもたくさん溜まっちゃってますね…。」
クラリス「それが現実だよ。…でも、最善は尽くす。」
そう言うクラリスマスターの顔はどこか力強い顔をしていて、それが苦手な自分の話やイベントに参加するクラリスマスターの理由なんだ。彼もイーサンマスターと同じようにたくさんのイストの想いを背負って活動している。




