#65 灯火の果て
あたり一面退廃的な光景だ。世界そのものから色彩が失われたかのような、灰色の荒んだ世界だった。あたりは薄暗く、果てしなく広い。キャロルマスターの霧ほどまででは無いが、薄暗いせいかどこか自分の輪郭がぼんやりして見渡せる範囲も制限されていた。しかし、不思議と怖さはなかった。冬に暖炉の前にいるように心穏やかになる、温かささえあるように感じた。荒廃した灰色の世界。その足元一面には蝋燭が並べられていた。蝋燭の置かれていない部分だけが、道のようにぽっかりと開いている。その道に沿って歩く。薄暗く静かな空間は音もなく、開けた場所なのでリピーターが一番多いはずなのに人っこ一人見つけることができない。もしかしたら何か異常事態が…そんなことさえ脳裏をよぎり手遅れという最悪の想像を退けるように先を進んでいった。
しばらく歩くと、先が淡いオレンジ色になっているように見えた。そのまま進んでいくとその淡いオレンジの正体がわかった。蝋燭が灯されて光っているのだ。それもオレンジだけではない。様々な色の炎が蝋燭の先に共っている。光を追っていくとどこからか口ずさむような歌声が聞こえやっとそこに人影を見つけることができた。
シキ「すみませーん!」
声をかけると、どうやらその人影は屈んで蝋燭に何かしようとしている最中だった。その人は声に驚いてカシャンと何かを落としてしまう。もう少し近づくとそれはランタンだったことがわかった。しかし、落としてしまったせいでランタンの光は消えてしまったようだ。謝ろうとさらに近づくと驚いた様子で振り返りこちらを確認したその人は焦ってランタンを抱え走り去ってしまった。
シキ「え…。」
シェイラ「マスター!今のがフィノ・クラリスだよ!!」
一瞬しか顔を確認できなかったが記憶を省みると確かにフィノちゃんのような面影だったような気がする。
シキ「え!でも、逃げちゃったよ!?」
シェイラ「そんなん追うしかないっしょ!」
そう言うや否や、シェイラちゃんはフィノ・クラリスちゃんが去ったであろう方向に手を引っ張り走っていった。
シェイラ「マスター早く!もう、絶対離れたり置いてったりしないから着いてきてね!!」
そう言って、シェイラちゃんは俊敏に足元の蝋燭を避けて進んでいく。それに引っ張られているせいか自分のペースで足元を気遣うこともできず、たどたどしい足取りで蝋燭を踏まないようにすることだけでいっぱいになる。
しばらく駆けていくと追いつくことができた。フィノ・クラリスちゃんは誰かの後ろ姿からランタンの光を分けてもらっていた。
シェイラ「いた!!」
シェイラちゃんがやっと見つけられたことに大きな声をあげてしまい、フィノ・クラリスちゃんの肩が大きくビクついた。そしてその後ろ姿にすごすごと隠れてしまう。
後ろ姿「?」
シェイラちゃんの大声にも特段反応を示さなかった後ろ向きの誰かはフィノ・クラリスちゃんの反応を見て初めてこちらをゆっくり振り返った。それはニーナちゃんだった。
シェイラ「ニーナ・クラリス…!」
ニーナ・クラリスちゃんはこちらを確認しても表情ひとつ動かさなかったが、フィノ・クラリスちゃんを背後に庇うようにこちらに体を向けた。
ニーナ・クラリス「…どちら様ですか?ご用件は…?」
ただ、マイディアルを訪れただけなのに怪訝そうに要件を聞かれていることに疑問を感じるが…
シキ「アーサーマスターの遣いできました。クラリスマスターにお尋ねしたいことがあるので、お会いすることはできないでしょうか?」
ニーナ&フィノ・クラリス「「…。」」
二人は考えるように顔を見合わせてしまった。それからフィノ・クラリスちゃんがニーナ・クラリスちゃんに何やら耳打ちをした。
ニーナ・クラリス「…疑うようで申し訳ないんだけど…アーサーマスターからという証拠ってあるのかな…?」
証拠、その言葉にハッとした。そういえば、アリアちゃんと最後に別れ際「何かの役に立つかもしれないから持っておいて。」とある物がアリアちゃんの手から生み出され、それをもらってきたんだ。シェイラちゃんに目配せをするとシェイラちゃんは頷いてそれをインベントリから取り出してくれた。きめ細やかな細工が施され、その煌めきからクリスタルと見間違うほどの繊細なガラスの花。ブローチに加工されているが、なんだか触るだけで崩れてしまうのではないかと心配するほど精巧な代物だったので、シェイラちゃんに預けていたのだった。
フィノ・クラリスちゃんとニーナ・クラリスちゃんはその煌めきを瞳に映すともう一度見合わせ頷き
フィノ・クラリス「…。」
フィノ・クラリスちゃんがふっと蝋燭の炎が消えるように姿を揺らめかせて消えた。
シキ「?」
二人の間でどんな意思疎通が行われているのか図りしれなくて、助けを求めるようにシェイラちゃんを見たが、彼女もさっぱりなようで肩をすくめて手元のガラスの華をまたパッとしまっただけだった。
しかし、それとほぼ同時にまた空間が揺らぎ、フィノ・クラリスちゃんが姿を現した。そしてまたフィノ・クラリスちゃんがニーナ・クラリスちゃんに耳打ちをするとここで初めてニーナ・クラリスちゃんがこちらに話かけてきた。
ニーナ・クラリス「…マスターがいいよって。…だから、マスターの元に案内するね…。」
シキ「ありがとう!」
お礼を言うと二人はわずかにこくりと頷いてくれたような気がした。…気のせいだったかな、さっと歩みを進めた二つの影をシェイラちゃんと一緒についていく。
廃れた灰色の世界に広がる無数のキャンドル。それが作りだす小道を進んで果てしなく奥地。灰色は濃く深く、いつの間にかそれは暗闇にほぼ等しくなっていた。地面の蝋燭に積もる灯りもまばらになって、入り口の方の真新しい蝋燭に比べて奥の蝋燭は既に溶けかけ、斜めに傾き煤で汚れているものなんてのも目についた。だんだん歩きにくくなってきたことを気遣ってくれたのか、気がつけばフィノ・クラリスちゃんとニーナ・クラリスちゃんは最初に歩き始めた時よりもずっと近づいて手元のランタンで足元を照らしてくれているようだった。二人に依然として言葉はないけれど、なんだか炎の灯りからかそばにいるとほんのり心が温まるような安心感があった。そのまま進んでいくと最奥に辿り着いたのか道は折り返しのように円を描き、その周りをさらに多くの灯されていない歪な蝋燭が立ち並ぶ開けた空間にでた。その中央だけが、ぼうっと灯りに滲んでいた。よく見るとそこに少年がいた。
——あれがクラリスマスターだろうか?
ニーナ・クラリス「…マスター連れてきたよ…。」
ニーナ・クラリスちゃんの呼びかけと共にフィノ・クラリスちゃんがぽんぽんと優しく肩を叩いた。それに反応してヘッドフォンを外す少年。マスターと呼び掛けられたんだからクラリスマスターで間違い無いだろう。振り返った少年は明るい髪色に眼にこびりついたような深くくすんだ隈が目立つのがまず目に入った。役目は終わったとでも言うように、二人は揃ってすっと灯りの奥へ下がっていった。目で追うとまた、ランタンを掲げてこの場にある蝋燭を順番に灯していっている。
クラリス「…。」
シキ「あ!えっと、アーサーマスターの遣いできました。」
クラリス「それで、アンタは誰なの?」
シキ「えっ。」
クラリス「アーサーマスターに直属はいないだろうし、そうなったらなんかの都合で臨時で雇われてるんでしょ。」




