#61 擬態
シキ「…?」
ラックは確かにそこにあるはずなのに掴むことができない。受け入れられない現実に同じ動作を数回繰り返してそこで気がつく。そうか、これはホログラムでハッタリだ。そうとわかれば、覗き込むようにラックのホログラムに顔を突っ込む。向こうはホログラムのせいか明かりが届かず薄暗い、人一人がちょうど寝っ転がれるくらいの一畳にも満たない空間が延長されているかのようにあった。そしてそこには…。
シキ「!?」
咄嗟に、目の前の現実を突き飛ばすようにその場を離れてしまった。
アーサー「どうかされましたか!?」
あれはなんだ?腕、脚、ありえない方向に曲がった足、手、首、頭。
そこには、クレアちゃんがいた。
——見るも無惨な姿で。
『ノイズ』に侵食されたのか顔と体の半分は食い潰され判別もつかないほどに変わり果てていた。アーサーマスターが続いてラックの先を覗き込み言葉を失う。
アーサー「非常に残念ですが…クレア・シキは完全にスクラップしていますね…。」
落ち着きを取り戻すため二人とも椅子に腰をかけ重い沈黙が心を蝕み始めたくらいにようやくアーサーマスターがそう一言、現実を突きつけるように教えてくれた。それで思い出してしまう。どうしてあんな…誰が、一体何のために…。悔しさと怖さ、動揺が混ざったぐずぐずとした感情にどうしたらいいかもわからず肩を振るわせているとそっとクラウンくんが慰めるように肩を支えてくれた。
「「…。」」
どんよりとした空気はいつもより体を重くさせ、まるでこの世の重力が変わってしまったかとさえ思ってしまう。今はどうしても何もするべきではないと、衣服が擦れる音でさえ憚られるような気がした。ちょうどそのタイミングで、すのこの向こうの光が止んだ。確認をしようにも重く真っ白な心に引きずられだるい体を引きずることができず、ただゆっくりと視線をそちらの方向に向けることしかできなかった。
しかし、それより先にオフィスの扉が開いた。そこにはいつもの能天気な面を下げたリアムさんとフィノちゃん。
シキ「あ、リアムさん…」
やっとのことで動く口。ほんの数分間しか黙っていなかったのにその声は重く掠れて何かが絡みついているようだった。
リアム「…。」
しかし、リアムさんはこちらに釘付けになったまま固まって中に入ってこようとしない。
シキ「…?」
何のつもりだろうと、彼の次のアクションを待っていると、ゆっくりとリアムさんの手が上がってこちらを指差し
リアム「なんだ、それ…?」
そこにシェイラちゃんが出てきたが、部屋の様子が見えたと同時に血相を変え
シェイラ「なんでお前が…お前がぁ…!」
そう低く唸るとすぐさまシェイラちゃんの両手の指の間に鋭利な鍵を挟み、そして、真っ直ぐとこちらに投げつけた。
シキ「え…?」
しかし、止まった頭は動かない。頭が動かなければ体も動かない。ただただ真正面に向かってくる鍵がゆっくりと見える。あぁ、いろんな形と装飾が施された可愛らしい鍵だなぁ、アンティークでとても素敵だと思う。あぁ…ダメだ。目を瞑ることもできない。このままクレアちゃんと同じように…。
しかし、そんなことは起こらなかった。こちらに切先を向けられた鍵たちは寸でのところで全て掠めそれらは通過していく。では、狙うは…
ーーーーズサァァァァ!
後ろで今まで支えてくれたクラウンくんがふき飛ぶ。
リアム「フィノ!!」
フィノ「はい!」
リアムさんの合図でフィノちゃんは鳥の形をした笛の尾を思いっきり吹く
ーーーピーーー!!!
その音が部屋中に響き渡ると鋭い嘴をもつ無数のホログラムの鳥たちがクラウンくん目掛けて突っ込んでいった。しかし、クラウンくんにフィノちゃんの攻撃はあまり効いていないようで、悠々と突き刺さったシェイラちゃんの鍵を体から引き抜いていた。それを確認したと同時にシェイラちゃんが飛びかかる。
シェイラ「マスターに触れるな!近づくな!!」
シェイラちゃんの渾身の飛び蹴りにクラウンくんは今度こそ壁際まで吹き飛んだ。その壁はホログラムの小物壁。
ーーーダン!
と鈍い音がして本物の壁にぶつかるとその衝撃でホログラムが崩れ無惨なクレアちゃんの姿が足元に出てきた。
リアム「!」
シェイラ「何で、何で今まで気が付かなかった…!!
自身とそれからクラウンくんを憎むように叫び、さらに鍵を召喚してクラウンくんを体ごと全身壁に刺し留めた。彼は何も反応を示さず、鍵に刺され中に浮く体にぶらんと首をもたげていた。
何が起こったのかわからない。どうしてリアムさんとシェイラちゃんはこんなことをしたの?一体クラウンくんがなんだっていうの…?
周りを見渡すとリアムさん、シェイラちゃん、それからフィノちゃんまでもがクラウンくんを何か悍ましいものを見るような目で睨んでいる。アーサーさんは唖然として駆けつけたアリアちゃんの背後に庇われている。そのアリアちゃんも到着に一足遅れたせいか状況を完全には把握しいない様子で顔を強張らせていた。
クラウンくんは…どこか不敵に微笑んでいる気がした。
クラウン?「あーア、ザァんねン。あトチョッとだっタのにナぁ。」
その声、いや音は歪だった。見るとシェイラちゃんに攻撃された傷口から何やら綻び始めている。綻んだ量子はゆっくりと広がり、だんだんとクラウンくんの化けの皮を剥がしていく。
ク繝ゥウ繝ウ?「デモチョウドヨカッタ。」
漆黒の量子がクラウンくんの体を蝕みボコボコと形を変えていく。その形はだんだんと一定の形にとどまることなく不安定なまま再形成されようと壁に捉えていたシェイラちゃんの鍵をスルスルと向け出し始めた。
何だこの歪なものは。血の気が引いて気分が悪くなっていくのがわかった。
??「もうちょっと楽しめるかと思ったけど、お楽しみはこれからだから。」
ねっとりとへばりつくような人を嘲笑ういやらしい声。その声は気がつけばクラウンくんの声ではなく、少しだけ聞き覚えのあるような女の子になっていた。そして、それに合わせて黒い人影のような形へと変わっていく。その姿はどこか女の子のように思える。その塊がゆっくり、ゆっくりとアーサーマスターへと近づく。誰も身動きが取れない。今度はこちらが空気に刺し止められたかのように得体の知れない恐怖で動くことができなかった。
繝翫ヤ繝「あー、アンタがあたしの代わり?へェ、随分と中途半端に作ったのね。都合よく扱うために。
なァに、パァパそんなに怯えちゃって。奪われたもの全部返してもらいにわざわざ会いに来てあげたんだよ❤︎…忘れたとは言わせない。お前も!お前も!お前も!!その体に刻み込んで思い出させてあげる。パパの作り上げてきたもの全部めちゃくちゃにしてあげるから、あともうちょっとの辛抱だよ。楽しみだねェ、パァパ❤︎」
人影のようなものはそう歪に笑ったのかボタボタと形を崩して、最後にはドロドロに溶けて消えていった。
「「…。」」
誰も事態が飲み込めず、一同はただただ押し黙るしかなかった。視界の端でリアムさんが緊張状態を解く。それに合わせてフィノちゃんも姿勢を直した。
アリア「どういうことなの、マスター?」
背後でそう、アーサーマスターを問いただすアリアちゃんの声が聞こえた。先ほどのバグ?なのか、人影のようなドロドロの粒子は何やらアーサーマスターに対して親しげに話しかけていた。とても含みを帯びた言い方で何を言わんとしているのかはわからなかったが、アーサーマスターに対して真っ直ぐに投げかけられた言葉はまるで二人だけで秘密の話をしているかのような、そんな置いてけぼりの寄せ付けない雰囲気があった。




