#60 壁の向こう
シキ「えぇ…はい…。」
アーサー「それから、イーサンマスターのユアディアルでの速報記事を執筆されたのも間違いないですね?」
シキ「は、はい…。」
一体何を確認されているのだろうか、因果関係が全く掴めず混乱するばかりだ。
アーサー「で、あれば犯人の考察もシキマスターのお考えなのですね。」
シキ「え、あれは流動性を確保するための話題集めの軽いジョークのようなもので…実際に都市伝説のチアキが犯人だなんてことは…別にどこかのマスターによる悪意のもので…。」
アーサー「どこかのマスターは厳重に保護されているIDollのプログラムを改竄することができるのでしょうか?それも、ライブ会場にいる全IDollに対して。」
シキ「…。」
確かに、グランドマスターでIDollに対しての理解も深いイーサンマスターでも介入することができなかった。開発者のアーサーマスターですら治すのは一人ずつしかできていない。それを凌駕することができるマスターが果たして存在するのだろうか?とんでもないテロ的規模の悪性ウィルスを開発した、とか…それでも依然として犯行動機が不明のままだ。
アーサー「一つひとつを検証していき、最後に残った説がどんなに不可解でもそれが真実であるんです。」
シキ「えっと、つまり、アーサーマスターは犯人は本当に都市伝説だと…?」
アーサー「いえ、おかしな話だと俺も思っているのでまだ可能性として否定できない、といった段階なのではと。そうでなければいいな、と。ですが、ここ数日で莫大に増えた不可解な噂、事件。それは俺の耳にまで届くほどになりました。それらの辻褄を合わせるにはやはり都市伝説の説が自然。これは辻褄合わせが先か都市伝説の存在が先かは分かりませんが。あまり良くない流れであるのは確かです。」
シキ「それはアイディアル内だとマスターたちの不安が具現化してしまうからですか?」
アーサー「…そうですね。そこで先見して都市伝説の調査を行なっているシキマスターに都市伝説について詳しく伺おうと思って。」
それなら喜んで手を貸そう。何はともあれアーサーマスターとコンタクトを取れたことはこちらとしてもかなり大きい。このまま信頼関係を築けたら万々歳だ。そのためにもアーサーマスターにはこれまで書き留めてまとめてきた都市伝説の発端から爆発的に広まり、それに関する事件の報告など掲示板やSNSでかき集めた情報のまとめと個人的に不可解な点のメモを挟み込んだフォルダを見せた。アーサーマスターはそれを興味深そうに読んでいる。
…それにしてもおかしい。確か、アイディアルは不安とか恐怖に関連する具現化はしないように制御されているとクラウンくんが言っていた。なのに開発者であるアーサーマスターは否定をしなかった。…興味で生まれた都市伝説という存在がたまたま起きた事件の犯人に仕立て上げられ悪として見られるようになったらアイディアルはどこからどこを抑制するのだろうか?人々の妄想は留まることを知らない。もはや暴走と言ってもいい。人々の思いが加速した時、アイディアルにはそれ自体を抑制する力がない。だからこそ、その感情はさらに増幅されていく。その強い思いをアイディアルは抑制することができるのだろうか?心霊写真の大半は思い込みによる錯覚だ。シミュラクラ現象やパレイドリア現象とも呼ぶ、それらはアイディアルでなくとも現実で起きる人の思い込みによる心理現象だ。もっと厄介なのは事実と嘘が混在すること。全てデマであれば頭ごなしに否定をすれば済むが、混在してしまうと何が嘘で本当なのか選んで判断せねばならない。そのような状況では嘘は事実と混ざり込んで信憑性を増してしまう。つまり、思い込みの力を加速させてしまう。現状はこれらが複雑に絡み合って、かつアイディアルという世界観が助長をしてしまった末なのでは無いのだろうか?
そんなことを考えているとちょうどアーサーマスターは文書を読み終えたようで「ありがとうございます。」という声で我に帰った。
アーサー「この文書のコメントに記載されている掲示板の流れを変えた数人にあたるためにシエル・シキ、ニーノ・シキ、フィオ・シキを調査に出したんですね。」
シキ「まぁ、はい。それから被害報告をしたマスターに具体的な被害と状況を聞き込みに。」
アーサー「何か成果はありましたか?」
シキ「いえ。まだ、誰も戻ってきていないので…。」
アーサー「そうですか…。ところで、シキマスターが購入されたIDollは全部で8機ですよね?他のIDollは今どこに?」
シキ「どうしてそれを…?」
アーサー「すみません、職権濫用しました…。アリアが教えてくれたんです。」
確かにアリアちゃんがチュートリアルを担当してくれていた。それからアーサーマスターは現在運営は運営陣にお任せしているものの片足は突っ込んでいる状態で、そのため全マスターの情報は知っているのだと。基本的にその情報はIDollの成長データの研究に使われていて、例えば、一番IDollが成長しているノアシリーズや特殊な成長を遂げた奇跡のIDoll、シェイラ・キャロルなどの経過観察をして時折調査協力を依頼しているんだと、補足説明をしてくれた。
シキ「このマイディアルには3人のマスターがいるんです。だから、ニーナちゃんとフィノちゃんは残りの二人のマスターについていて。」
アーサー「なるほど、ロイドマスターのようにマイディアルを知人友人と共有するマスターやアレンマスターのように複数人のマスターがマイディアルを合併させる例はありましたが、共有者全員がマスターとして登録しているのは初めてのケースですね。面白いです。…ですが、それだとtypeクレアは今どうされているんですか?」
クレアちゃん?そういえば、初日以降見かけていない。
シキ「さぁ、きっと他の二人が連れているんだと思いますが…。」
アーサー「居場所を把握していないんですか?」
シキ「えぇ、まぁ…。」
その返答に驚くアーサーマスターを見て、また何かあるのかと嫌な予感がした。アーサーマスターはすぐにウィンドウを起動させると何やら画面をいじり出した。
アーサー「失礼ながら、マイディアルにアクセスさせていただきます。」
それからまた複数ウィンドウ起動させて何やら作業をし始める。その最中アーサーマスターはマスターには最初からIDollの位置がわかるようになっていること、やはりこのマイディアルは不具合を起こしていることを説明してくれた。そうこうしているうちにアーサーマスターは手際良く不具合を修正してくれたようで、複数開かれていたウィンドウは次々に閉じていって、最後に一枚だけウィンドウが残った。それを見つめたアーサーマスターが呟く。
アーサー「…どうやら、typeクレアはこのマイディアルにいるようですね。」
シキ「えぇ!?」
それはおかしい。だってここは実際にある小さなオフィスを再現したマイディアルだ。見渡せば部屋の全容を見ることができる。しかし、そこにクレアちゃんの姿はなかった。
アーサーマスターが表示しているウィンドウはどうやらこのマイディアルのマップのようで、半透明のウィンドウからは反転した状態で透けてその様子が見えた。中心部に丸があり、反転した右奥にも二つ。これはアリアちゃんとシェイラちゃんだろう。それからもう一つアリアちゃんたちとは反対側、いつもリズさんが手入れをしている植物たちが並べられた棚のさらに奥にその印はついていた。植物は壁一面の突っ張って固定するラックに綺麗に整頓されている。言わば緑の壁だ。その奥なんてあるはずがない。しかし、疑いようもなく印はそこについている。恐る恐るそちらに近づき、ラックをどかそうと手をかける。しかし、そうしたはずの手はただ空を掴むばかりだった。




