#58 第一報
ここにきて初めてイーサンマスターの表情が緩んだ。自分が責任者の大型イベント、そこでの不祥事、自分のシンパサイザーの異変、片時も油断できない状況にきっと追い詰められいたのだろう。少しでもそれを肩代わりしてあげたい。しかし、それも一瞬のことでイーサンマスターはまた難しい顔で考えだした。
イーサン「それにしても、従属プログラムの解除とマスターへの不信感…IDollに反乱を起こさせることが目的のように感じます。」
シキ「でも、全IDollが暴れちゃったわけじゃないですよね。じゃあ、暴動を起こしちゃったIDollはなぜ…?」
イーサン「元々培っている信頼の差なのではないでしょうか?マスターの中には風上にも置けないようなIDollにひどい扱いを強いるマスターもいます。そんなIDollも従属プログラムがあったからこそ従ってきたものの反逆できるものならしたかったのかもしれませんね。」
シキ「それで解放を機に…。」
イーサン「まだ、憶測の域を出ませんが、そうしたら、不信感を植え付けるのは反乱への助長と言うふうに受け取れます。少しでもマスターとの信頼が築けていないIDollは敵対するように…。」
シキ「いったい誰がなんのために…?」
イーサン「それは想像しかねますね…。とりあえず今わかることはこれ以上IDollに悪影響が出ると困るので、一旦IDollだけでもマイディアルに戻したほうがいいでしょう。」
シキ「そうですよね…。速報記事を書き上げたいから、ここで別れようか。マイディアルで安静にしててね。」
シェイラちゃんとクラウンくんはまた困った顔をしてしばらく悩んでいた。きっとIDollがマスターと離れてしまうこと、その危険性について心配してくれるのだろう。しかし、答えが出たのかシェイラちゃんが口を開いてくれた。
シェイラ「りょ。今のウチらと居てもマスターのこと守り切れるか不安だし、マスターも安心できないよね…。なんか、こんなになっちゃって、マスターのこと不信に思ってる自分を信じることができないっつーか。」
シェイラちゃんの心のうちを聞いて少し驚いた。今までこの子たちの想いを聞いたことがない。不信という感情を得たことで、シェイラちゃんは今までよりずっと“人間らしい迷い”を抱えているように見えた。
シキ「ごめんね。戻ったらすぐ直してもらおうね。」
安心させるようにシェイラちゃんの両手を包み込んであげる。温度は伝わらないのかもしれないが、わずかにシェイラちゃんの力が緩んだように感じた。
シェイラ「何かあったらすぐに連絡してよね、飛んでいくから。」
クラウンくんもシェイラちゃんの肩に手を乗せ、「俺たちが不安だったら、ニーノやシエルを呼べばいいさ。あいつらならすぐに来るだろう。」と、続けた。それを合図に手を離して二人は離れていった。
クラウン「マイディアルで待ってるよ。」
その一言を残して二人の姿は消え、マイディアルへと帰っていった。
それからすぐにイーサンマスターと速報記事の作成に取り掛かった。現場の細かい状況を書き連ね、表現について所々イーサンマスターに確認してもらって進めた。その最中、イーサンマスターとはこんな会話をした。
イーサン「どうしてIDollは死を、シャットダウンを恐れるのでしょうか。物として必要とされなくなるのを恐れている、不要となることを恐れることで日々の改善に精を出している、と予想することもできます。ですが、一方でマスターがより有意義になるために買い替えなどを行うことは悪いことなのでしょうか?マスターの理解者としてマスターを思うのなら自分を捨て置いてもよりよくなるのであればそれでいいという考え方もあると思います。…なんというか、前者の理由をIDollが抱えているとするのであれば、非常に人間的ではありませんか?不要とされる物に存在価値はない、だから存在が消えることを恐れてって考えは人間が考えたアニミズムの物語です。」
シキ「でもそれは人が作った物だからそういうふうにできているってだけなんじゃ…。」
イーサン「そうですね…でも、僕が言いたいことは『それは果たして必要なことだったのか』これがいささか疑問なんです。どうしてそこだけ人間的なんでしょう?」
確かに、生産するにあたって不必要なものは生産コストが余計にかかってしまうので極力排除し最も合理的な状態を目指すのが生産者の思考だ。それに関していえばイーサンマスターのいう通りシャットダウンへの恐怖はIDollが可哀想なだけであまりバックはない。
イーサン「もしかしたら僕たちの知らない何かがあるのかもしれませんね…。」
途中にはイーサンマスターがこれまで新人マスターのために活動をしてきたこと、そのライブの様子などを取り上げ、少しでもこの活動を知ってもらうお手伝いをささやかながら盛り込んだ。一マスコミとして賛否は分かれるかもしれないが極力、イーサンマスターに火の粉が飛ばないように細心の注意を払った。当事者としてもこの騒動にイーサンマスターの非は一切ないと感じるし、それでも責任追及をしたがる者はイーサンマスターを晒し首にしたがるからそれは避けたかった。だって彼は今回の1番の被害者であるし、これまで尽くしてきてくれた聖人だ。本来であれば公平に客観的に事実だけを書くべきであるが、そこばかりは職権濫用させてもらい、イーサンマスターの味方が少しでも増えるように仕向けさせていただいた。そして、記事がおおよそ完成してきたところで更なるエッセンスを盛り込む。
イーサン「エッセンスですか?」
シキ「このままでも話題の事故の速報なので十分拡散はしますが、いかんせん中身が被害届の御涙頂戴もので二次拡大は見込めません。だから、もっと興味をそそるトピックをやんわり追加するんです。」
前のイーサンマスターとの会話で思い出したのだ。同じような噂話を。記事の最後に事件の速報とははっきりと文体、様相を変えて今回の件の考察として、イーサンマスターとこれまで話した内容と状況から導き出されたそれらしい答えを書き連ねた。それを最後にこれは今話題沸騰中の秋サーバーで広がる謎の歌声の事例と酷似していることから犯人は都市伝説のオリジン、“チアキ”の仕業ではないかと面白おかしく多少の誇張表現を交え、コラムとしてあくまで一著者の考察だと締め括った。もちろん、鵜呑みにする人が出ないようにこの話は憶測の域を出ない旨を十二分に書き添えることも忘れなかった。
シキ「こうすれば、今一番ホットな話題と絡まるので流動性が格段に上がります。この記事を面白いと感じた人による二次拡大も見込めるはずです。」
その様子にイーサンマスターは目を丸くして感心した様子だった。
これはリズさんに少し姑息なやり方として教えてもらったことだ。いつも職場だと一番下っ端で上にはもっとすごい人たちばかりだったからこうやって純粋に尊敬されることはなんだかむず痒かった。
最後に二人で出来上がった記事を確認し、誤字脱字や誤解を招く表現がないことを確かめた上で記事を投稿した。それをマイディアルにいるシェイラちゃんと連絡をとって、素知らぬ顔でアイディアル内のSNSそれから掲示板に流してもらうように工作を仕組んだ。すると瞬く間に、イーサンマスターの元に励ましと同情の声、それから注意喚起の感謝の声がひっきりなしに届くようになった。
よし、印象操作も思ったように動いてくれたらしい。




