#54 舞い降りた番傘
イーサン「アーティストはこだわりが強いですから、そういった遠慮がない方がいいものが作れると思いますよ。」
シキ「なるほど…。それは、イーサンマスターの負担が大きくありませんか?匿名だからこそ相手との距離感を見誤って心無い言葉もかけてくる人だってたくさんいますし…。」
イーサン「確かにいますね。でも、僕がやると決めたことなので。」
シキ「そこまでしてイーサンマスターが新人向けのライブを開催してあげる理由はなんでしょうか?」
イーサン「アイディアルはまだ比較的新しいサービスで新人発掘には力を入れていません。それで僕も苦労しましたから。苦労してたくさんの人に支えられてグランドマスターになったので、その恩返しとしてグランドマスターの名前を使ってこうした活動を始めたんです。僕ががむしゃらになって頑張っていた時、もしもこういった企画があって参加できたらなって、ずっと欲しかったので。」
シキ「素晴らしいお考えですね。きっとたくさんのマスターがイーサンマスターに感謝していると思いますよ。」
イーサン「そんな大層な力添えはできていませんよ。ただ、このライブを通してたくさんの才能の原石を見つけていただければ、と。また、このライブを少しでも足がかりにしていただければ。」
シキ「きっとその想いはマスターたちに伝わっていると思いますよ。そうでなくても、ビギナーのマスターさんが集う場所というのには意味があると思います。」
イーサン「そうですね。ここには、ライブに参加するためにたくさんの新人マスターさんたちが足を運んでくれます、そこで新しい縁やコミュニティなどの繋がりを作ってもらうのも意義なんですよ。」
シキ「お話を伺うとイーサンマスターがグランドマスターになるまでの道のりは険しかったようですね。念願のグランドマスターになれた今のお気持ちはいかがですか?」
イーサン「とても嬉しく思っておりますよ。それと同時にもっとこれからもご期待に添えられるよう、背筋をしゃんと伸ばして精進せねばと思います。…その反面、グランドマスターになって、同じ舞台で比べられるようになって改めて恐ろしい場所だと痛感します。才能のあるもの同士が努力をしてぶつかり合って削りあっている。僕は地道に積み重ねてここまで来ました。でも、中には飛び抜けた才能だけで一気に駆け上がる方もいます。そういう方を見ると、格の違いを痛感します。ですが、ここまで支えてきてくださったたくさんのイストの方たちのためにも折れるつもりはありません。」
シキ「とても強い意志を感じられるお言葉ありがとうございます。ここからは話は少し逸れて、個人的な興味での質問になってしまうのですが、いいですか?」
イーサン「えぇ、もちろん構いませんよ。」
シキ「今回イーサンマスターは本イベントに快く応じてくださいました。しかし、マスターのほとんどは露出を避け、イストとすら交流を持たないマスターも多くいます。そんな中イーサンマスターはこうして積極的に他のマスターとの交流を持つ場を設け、積極的に多方面に露出をする理由などはあるんでしょうか?」
イーサン「それは、今の僕の名前を使っても届けられる範囲には限界があるからですよ。だからこうしていろんなお話に積極的に応じて露出を増やし、認知を増やそうとしているんです。僕一人がこうして出回ることでより多くの人のチャンスに繋がるのであればこのくらいお安い御用ですよ。みなさん買って出たくないことですし、汚れ仕事…とまでは思っていなせんが、誰かがやらねば進まないこと。ならば、これまでの恩に報いるためにもこのくらいのことなら喜んで買って出ようかと。」
シキ「ですが、表立って行動することは時には誹謗中傷をダイレクトに受けるとこもあります。そこまでのリスクを人のために犯すなんて…」
イーサン「えぇ、やってみて、あぁ、これは皆さんが避けてしまうのも頷けてしまうなと思うようなこともありました。元々僕はあんまり人前に出るようなtypeではありませんから。でも、そこはニーナさんが全面的にサポートしてくれて。それに、やってよかったなって思うことの方が多くて、僕は後悔していません。辛い時はニーナさんが支えてくれたから。一人じゃなくて二人三脚でここまで来れたので。」
シキ「なるほど。シンパサイザーとの信頼関係もあったんですね。」
イーサン「それに全くの慈善活動というわけでもないんですよ。もちろんそれは新米マスターさんのためですが巡り巡って僕のためにもなるので。」
シキ「確かに、根本的にイーサンシリーズの認知と評判が高まりますからね。」
イーサンマスターははっきりと肯定こそしなかったがふふっと笑って見せたのだった。そこへニーナ・イーサンちゃんが現れた。
ニーナ「主様、そろそろ…。」
イーサン「はい、ニーナさんありがとうございます。それではまもなく本番なので、僕はこれで。ぜひ、今日のライブを楽しまれてください。もし、まだインタビューが十分でなければライブ後にお時間を取りますのでどうぞ遠慮せずお声掛けくださいね。」
シキ「貴重なお時間、ありがとうございました。」
簡単に挨拶をして今後の流れを説明し、その場をあとにした。やはりイーサンマスターは義理堅くとても誠実な人だった。ニーナ・イーサンちゃんともテオマスターと近いようで少し違う信頼関係を築いているようだったし。イーサンマスターと別れた後、ユアディアルを散歩していたシェイラちゃんと合流し、ライブ会場の客席へと移動した。クラウンくんを見つけることはできなかったけど、IDollはマスターの居場所がわかるから大丈夫と言うシェイラちゃんの言葉を信じて後で合流することにした。というのも、本番間近になってきてユアディアルにたくさんのイストが訪れ始めたからだ。だんだんと埋まりつつある会場で人探しは困難だろう。きっとクラウンくんも合流の途中で人の波に流されてしまったり思うように動けないのかもしれない。
ステージはとても見やすい席でイーサンマスターが確保してくれていた。そこについてステージを見上げると、舞台の両端にはユアディアルに入った時のような桜の木がホログラムで両端に佇んでおり、データの花びらを舞い散らせている。
まもなく開演時間だ。
するとそこに一本の番傘が風に揺られるように開いた状態でどこからともなくひらひらと落ちてきた。それは舞い散る桜のように、パサリと軽い音をして傘の模様を観客に見せるようにステージ中央に落ちた。そしてそれは風によって舞い上がるように、いや、違う。くるりとニーナ・イーサンちゃんによって持ち上げられた。傘の死角になっていたのだろうか?いや、この傘はたった今舞い降りてきたんだ。突如現れたニーナ・イーサンちゃんによって開演したことがわかり会場は盛り上がる。その流れのままライブが始まった。
三味線によるイントロ。番傘を携えたままニーナ・イーサンちゃんはステージを歩き出す。
派手なダンスや演出があるわけではないけれど、そこには確かな美があった。目を奪われる美しさ、それから確かな実力。それは今までのイーサンマスターを表しているようだった。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の華。
まさに、その言葉が似合う美しさだった。




