#47 女王の視線
そう言いながらシェイラちゃんは見せていたアレンシリーズのこれまでの作品を閉じた。どうりで町並みがパンクというかロックというか…いつバッド持った怖いお兄さんとかにカツアゲされてもおかしくない雰囲気だ。あ、でもアイディアルならカツアゲできるものもないか、手ぶらだし。それにクラウン君たちもついてくれてるからそこら辺は安心かもしれない。
シキ「へぇ、外国語まで使えるんだ。それにダンスね…。」
シェイラ「外国語はオプションで買えるよー。買ってくれればウチもペラペラになれっから!」
シキ「あはは、リズさんに言っておくね。もしかしたら、会社の翻訳部門で採用してくれるかも。…それで、今日行われるアレンシリーズのイベントって?」
シェイラ「ダンス杯のもっと規模が小さいものー。飛び入り参加も大歓迎のやつ!アレンマスターのユアディアルは月に二回ダンスバトルとラップバトルが開催されてるん、激熱しょ~?…あー…ただね…。」
シキ「ただ…?」
シェイラ「アレンマスターに会える保証はない…かな…。」
シキ「え!?そうなの!?」
シェイラ「いや、毎度参加してるらしいけど!イストの前に現れてくれるかは日によるらしい…。その…クレア・アレンが気に入ってくれるかどうかで…。でもでもじゃないとそもそも会える機会もないし!っつーか今までアポあったりなんやかんや遭遇できてたのが奇跡なんだってぇ!」
シキ「え、つまりアレンマスターはイベントの時しか顔を出さなくてそのイベントは月に二回だけ…?今日逃したらもう納期間に合わないってこと…!?」
シェイラ「ガチで~アポも全く応じてくれない人だし、これしかないだって~!」
そんなこんな話しているうちに、人だかりまでたどり着いた。そこにいるイストたちは街並みにあったラインの隠れるようなオーバーな着こなしをしたり網タイツだったりチェーンをつけたり、おしゃれについてはよくわからないけれどもかっこいい恰好をしていた。なんだか、久しぶりにイストにあったような気がする。イストたちは音に乗って腕をあげたり歓声をあげており、なんだか会場が盛り上がっている様子だ。そのステージは観客のイストよりも高い位置にあり、そこには二人のIDollが向かい合うように踊りあっていた。これがダンスバトルか…。
初めて一般マスターのIDollを見た気がする。その姿はグランドマスターのIDollのようにオリジナルの状態からかなり変化を遂げたIDollもいれば、オリジナルからワンポイント代わっただけのようなIDollもいる。IDollの多様な変化を改めて実感した瞬間だった。
シキ「ところで、二人はダンスは…?」
シェイラ「ウチらできてからずっと取材してるだけだし、レッスンもしたことないから…。まぁ、デフォルト程度には…?でも、それじゃ絶対クレア・アレンの気は引けないよ…!なんてったってダンスの女王だし!」
シキ「で、ですよね~。逆にごめんねずっと仕事付き合わせて本業させてあげられてなくて…ダメマスターだねぇ…。」
シェイラ「はぁ!?そんなことないし!ウチらはマスターをサポートするための存在だから!今でも十分満足しているよー!!ね、クラウン!?」
クラウン「…アンタは踊れないと困るの?」
シキ「う、うん。取材できないと困るなぁ…。」
クラウン「そう。じゃあ、これで借りを返してあげる。」
訳も分からず、どう聞き返そうか意味を咀嚼しているうちにクラウン君はすたすたとステージへと歩き出してしまった。
クラウン「…。」
振り向きざまに彼が自信ありげに不敵にほほ笑んだような気がする。なんだか今のクラウン君は少し雰囲気が違うような気がして話がかみ合っていない気がした。もしかして彼はダンスが好きなのかな?そう読み取れるようなやる気を潜ませる野心的な瞳をしていたように感じた。ところで、借りって何のことだろう…?
気が付けばクラウン君はもう、ステージを取り囲む金網の扉を押してステージへと上がっていっていた。飛び入り参加としての前口上が鳴り響く。クラウン君は体を慣らすために首を回したり、手首を鳴らしたり軽い体操をしていた。お願いした手前だけど、自分のIDollがこれまで出会ったグランドマスターたちのIDollのように素晴らしい何かができるとは思えない。だって、シェイラちゃんの言う通りまだ何も彼女たちにマスターらしいことをしてあげられてないし。だからか始まる前からとてもハラハラしてしまう。どうか、クラウン君が傷ついてしまうことがありませんように…!
その頃、会場を見下ろす高台では――。
とあるシェイラ「クレア。」
その呼びかけに少女は振り向いた。とあるシェイラは半分に割れるアイスを口に加え、もう片方を呼びかけた少女に差し出していた。それを見たとあるクレアはふっと笑うと「またアイス?はいはい、シェアね。」と差し出された状態のままそのアイスを咥えた。
とあるシェイラ「今日はどう?」
とあるクレア「今のところ目ぼしいレベルはいないかな。ま、いつも通りだよ。」
とあるシェイラ「…。…次飛び入り参加だって。」
とあるクレア「へぇ。いい根性してるじゃん。最近人もマンネリ化してきたしそういうの待ってたんだよ。じゃ、お手並み拝見といこうか。」
とあるクレアがかけているカラーのサングラスがネオンを反射してきらりと光った。
シキ「?」
シェイラ「あっ!見てマスター!向こうのすこし小高くて柵のあるところ!あそこで二人話してるのがアレンジリーズだよ!」
おそらくもっとも街並みに合っているであろう、パンクでクールな着こなしのIDollがチューブ型のアイスを咥えてステージを見下ろしている。
シキ「本当に審査員みたいだね。」
シェイラ「実際お眼鏡にかなうとアレンマスター紹介してもらえるみたいだからあながち間違いじゃねぇしな~。」
シキ「…クラウン君、大丈夫かな…。」
音楽が鳴り響く。初心者ながらにテンポがとりやすくて踊りやすい曲がかけられているのかなって思った。爆音で流れるスピーカー、低音がボオンとなるたびに体がビリビリと震えるのが分かった。爆音と心配で心臓がざわざわする。
クラウン「…!」
クラウン君が一歩踏み出し踊り始める。床に手をつき身体を滑らせる。そのまま腕の力だけで体を支える。
シキ「わぁ…!」
とあるシェイラ「クレア、あれ…!」
とあるクレア「…!」
それからもクラウン君は音楽に合わせて身体を滑らせる。どれもが一度ヒップホップ雑誌で見た大技で、えぇっと名前は何だったかな…。ともかく、重力を感じさせないかのように彼は軽々と身体を操り、音を表現していた。バク転や宙返りなど体操の技とも違う飛んだり跳ねたり回ったり…気が付けばステージの熱狂は最高潮になっていた。あふれんばかりの歓声。いいぞ!もっとやれ!最高!などのやまない野次。会場の全員が彼の味方になって夢中になっている感じがした。
クレア・アレン「…シェイラ。アタシの分も食べてていいよ。」
そう言って、クレア・アレンは食べかけのアイスをシェイラ・アレンに押し付ける。
シェイラ・アレン「えー…二つもいらなーい。」
文句を垂れるシェイラ・アレンを放って、彼女はかけていたカラーのサングラスをシェイラ・アレンの頭にかける。
シェイラ・アレン「…行くのー?」
クレア・アレンは振り向きざまに挑戦的に笑うだけで何も答えなかった。
シェイラ・アレン「…珍し。」
それだけつぶやくと、クレア・アレンが向かうはずの会場に目を戻し、シェイラ・アレンはあたまに乗っていたサングラスを黙ってかけた。…世界の色が少し変わったような気がする。




