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#46 虹の向こうへ

シェイラ・キャロル「…〜♪」

瞬間鳥肌がたった。今まで聞いたどのIDollとも一線を画す。言葉にならなかった。もっとも演奏中は喋るなという話だが。圧倒的な歌声を前にただただ圧巻だった。初めてシェイラ・キャロルさんと出会った時の衝撃に似ている。けれど今感じているものは、その何十倍、何百倍もの圧倒的な力だった。目には見えないけれど何か強大なものが押し寄せてくるような感覚がするし、反対に足の底から何かが湧き上がってくるような感覚もする。あまりにも素晴らしいものを前にした人間はただ涙を流すしかなかった。この感情はなんの涙なんだろうと、と客観的に考える自分がいる。悲しいわけでもとびきり嬉しいわけでも安心したわけでも驚き過ぎたわけでも辛いわけでもない。あぁ、これが心を震わすと言うことなんだと納得した。ぽたりぽたりと涙が頬をつたいこぼれ落ちる。人前で泣くなんて普段では大人にもなってありえないとか考えるかもしれないが、こればっかりはしょうがないと感じてしまうほど。素晴らし過ぎて感情のキャパシティが超え、できることと言ったら溢れ出る感動を涙として表に表現することしかできない。自分が精一杯受けているものに対して想いを表していることになんだか清々しさまで感じられる。“奇跡のIDoll”、まさしくこれは奇跡だ。震える手をそっともう片方の手で捕まえて握りしめた。

それと同時にマスターの心を理解し成長するAIプログラムIDollの進化がここまでとは。人間の中でも比類なき才覚を持つ歌い手と肩を並べるほどなのだろうか。全然歌声に機械らしさやプログラムらしさがなく、自然と歌いこなしている。一方で機械だからこそできる余裕のある高音域や肺活量、もしかしたらもうすでに人類を凌いでしまっているのかもしれない。

シェイラ・キャロルさんが歌い終わると大樹にとまり歌声に耳を傾けていた鳥たちは一斉に飛び立った。まるでシェイラ・キャロルさんの歌を賞賛するように彼女の周りを飛び交い、その美しい羽が祝福の如く降り注がれた。こちらも負けじと手が痛くなるのもお構いなしに手を叩いた。シェイラちゃんが気がついてハンカチを差し出してくれる。彼女の優しさに応えながらこれまでの素晴らしかった瞬間の余韻に浸る。もしかしたらとんでもないものを見てしまったのかもしれない。これをきっかけに明日もしかしたら何かが変わるかもしれない。触発されたエネルギーが有り余っているのを感じた。…それにしてもアイディアルは電子の世界だけど、感動したら現実と同じように涙が出るんだな。

シェイラ・キャロルさんが石段から降りこちらに戻ってくる。再び全力で拍手を彼女に送った。

シキ「ありがとうございます。なんと言ったらいいのか…言葉を失うほど素晴らしかったです。本当にありがとうございます…!」

シェイラ・キャロル「こちらこそ涙を流してくれたのね。聞いてくれてありがとう。」

キャロル「どうだい?後学には役立ちそうかい?」

クラウン「あぁ、もちろん。俺からもありがとう。今後の参考にするよ。」

シェイラ「うんうん!うちもシェイラ・キャロルくらい上手くなれるように頑張っちゃおー!」

それからは、今度は友達としてキャロルさんとシェイラ・キャロルさんとお話をした。最初はたくさん質問攻めにあって(好みやら普段の生活やら)途中シェイラ・キャロルさんが窘めるほど、キャロルさんはこちらに興味を示してくれた。職業柄こちらから質問するばかりで質問攻めに合うのは珍しかったな。キャロルさんは本当に人が好きみたいでとてもいい人だった。たまに距離感のつめ方がおかしくて戸惑うこともあったけど、そこはシェイラ・キャロルさんが静止してくれたりフォローしてくれたりで本当にいいペアだと感じた。また、気難しい話も好きなようで、議論じみた話題になることもあったが彼は難しい話も細かく噛み砕いてわかりやすく教えてくれた。その姿がなんだかリズさんと重なる。そう思うと言葉遣いもなんだか似ているような気がした。物腰の柔らかさは圧倒的にキャロルさんだけど。そういえばあの人今何してんだろうなー、アイディアルの取材を初めてすぐに別れたきり会ってもいないし音沙汰もない。きっとあの人のことだからあの人の仕事を上手くやり、暇な時間で先読みして何か手を回していることだろう。キャロルさんとリズさんは、とても気が合いそうな気がするからそのことをキャロルさんに話し次会うときは紹介すると約束して今回はお暇することにした。

キャロル「もう行ってしまうのかい?君たちはまるで渡り鳥のように忙しないね。」

シキ「また来ますから。今度はリズさんも一緒に。」

キャロル「友達だからね。本当にいつ来てもらっても構わないよ。ここが君の居場所の一つになりますように…。」

そう言ってキャロルさんと握手を交わした。

二人が手を振ってお見送りをしてくれる。

帰りの一本道は霧もなく清々しいほどに晴れていて向こうには虹が架けられていた。



シェイラ「いい感じに日が暮れてきたね~。」

キャロルマスターのユアディアルから出ると春サーバーはもう日が傾き始めていた。オレンジや赤の暖色の空と紺や紫の寒色の空が混ざりあう頃。もう少し待てば夜桜が楽しめるな~と思いつつ、夕暮れの桜はあまり見たことがなくて新鮮味を味わっていた。

シェイラ「アレンマスターのイベントにはジャストタイミング。このまま向かうしょ~?」

シキ「うん。」

うんと伸びをする。さっき泣いたせいか頬がまだ攣っている感じがするが、気分は清々しい。これは涙活というストレス発散法があるのも納得だな。シェイラ・キャロルさんの歌は是非また聞きたいものだ。よーし、あともう一仕事頑張るぞ…!

シキ「そういえば、これまでたくさんのシリーズのIDollを見てきたけど、全く違う成長を遂げた自分を見るのってどんな感じなのかな?」

シェイラ「どうっつってもな〜。別になんも。…んじゃ、逆に聞くけどマスターは他のマスターを見て「うわ、同じ人間がたくさんいる」って変な感じになんの?」

シキ「…確かに。」

シェイラ「人は人、ウチはウチっつーか?ウチ(シェイラ・シキ)が最強ならそれでよし!さ、次の秋サーバーにレッツラゴー!」



秋サーバーのアレンマスターのユアディアルに案内してもらった。

シキ「雰囲気がどことなくアーサーマスターと似てる…?」

このユアディアルはアイディアルと時間設定を同じくしているのか、景色は夜だった。アーサーマスターのネオン煌めく近未来都市、ではないがネオンがパチパチと爆ぜる音を鳴らす、錆びれたストリートだった。時折コンクリートがむき出しにされているレンガ塀のいたるところにスプレーで落書きされており、閉ざされたシャッターは何かの後でへこんでいる。張られた金網の大概は破られており、退廃的な町並みが広がっていた。

シェイラ「おっ!それに気が付くとはやるねぇ~!アレンマスターはアーサーマスターと楽曲の相性が良くて、イストによって作成されたアーサー×アレンのマッシュアップ曲がバズってアリアとコラボしたの。それがきっかけでグランドマスターの仲間入りしたんよ。アレンシリーズはズバリ‘ストリート系‘!ラップや外国語を巧みに歌詞に取り入れてて、特にダンスがめちゃ上手いの!非公式だけどリリース当初から続く一大イベントのダンス杯で初代王者だし、今一番アツいシェレアユニット間違いなし!!そのクオリティは…まぁ、これから向かうし見た方が早いか。」


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