#45 木漏れ日の場
シキ「あの、イストの皆さんはどこにいるんでしょうか?一向に見かけませんが…。」
キャロル&シェイラ・キャロル「「えっ?」」
キャロル「いるじゃないか、そこら中に。」
えっ…?えっ?あたりを見渡すが、見えるのは鳥、鳥、鳥、鳥…種類もバラバラな鳥たちが群れをなしている奇妙な光景しか見えないけど…
シェイラ「やべっ、言ってなかった…!」
シェイラ・キャロル「初めてここを訪れたのだったら知らなくてもおかしいことじゃないわ。ここに訪れるイストはね、みんな鳥の姿になるのがなぜか暗黙の了解になっているのよ。」
シキ「えっ!?ということは、この周りにいる鳥たちはみんなイストですか?」
シェイラ・キャロルさんが頷くと、すっと手を差し伸べた真っ白でふわふわとした小鳥が止まる。小鳥は目が合うとキョトンといった感じで小首を傾げた。わ、わからない…。
シェイラ・キャロル「こうやってそばにいたり、後をついてきたりはするけど、お話とかはしないのよ。たまにファンレターを口に咥えてきてくれるけど。こちらから話しかけようとすると臆病で逃げちゃうしね。」
なんだか生態まで鳥だ。鳥の姿になることで中身まで鳥になってしまったんじゃないだろうか?さっきのキャロルさんの寂しそうな表情を思い出す。確かに、これじゃあ、そばにいてもいないような一方的なやり取りだけで寂しくなるのも当然だ。ここであることに気がつく。この鳥たち、全部イストということは…
シキ「これまでの話は全部聞かれていたってことですか…!?」
思い返すと初めて鳥に遭遇したのはちょうど湖を抜けた時だ。つまり話はじめから…
キャロル「その心配は無用だよ。向こうにはこちらが何を話しているのか聞こえないようにしたからね。これもマスターの権限と言ったやつさ。」
そう言ってキャロルさんは手のひらを軽く顔の上まで上げた。そういえば、初めて綺麗な青い鳥に会った時もそうやってたな。あの時からこちらの話は漏れないようになっていたのか。
シキ「なるほど…。他のマスターはマスターだけのプライベートルームのようなものを持っていますが、キャロルマスターはないんですか?」
キャロル「うん、ないよ。一人でいたいならそもそもアイディアルには入らないからね。」
確かに…。現実の方がよほど静かだ。わざわざユーザーのたくさんいるアイディアルに入ってまで一人になるより、ダイブから出たり、ログアウトして物思いに耽った方が手っ取り早い。
キャロル「さ、ついたよ。」
ずっと一本道だった。小道が開ける。すると、そこには湖よりも更にひらけた中央の空間に大きく聳え立つ大樹の光景が広がった。光は大樹の真上から降り注ぐ。そこはよく見てみるとたくさんの枝に更に多くの様々な鳥が羽休めをしている。
キャロル「これが湖の他にマイディアルに明確に設けている空間だよ。名前は正式にはつけてないけど‘木漏れ日の場‘って呼ばれているかな。」
そう言ってキャロルマスターは大樹に近づきその下にある、逞しい根に腰をかけた。彼の肩に1羽の白くて尾の長い鳥が止まる。指を近づけるとすり寄るように羽毛を擦り付けるのが見える。
圧倒的な生命のエネルギーを感じる光景に立ちすくむ来訪者に対して、シェイラ・キャロルさんも前へ進んで行った。たくさんの鳥たちに囲まれて、光の反射かその姿は輝いて見えた。その瞬間はまるで妖精のような女神のような神聖さのある絵本の1ページの光景に思わず見惚れてしまう。
二人が振り向きこちらを見た。大樹と光を背に。あぁ、自分はなんて矮小で、堅苦しい世界に生きていたのか。全身がこの空間に溢れ出る生命力を吸収したがるのがわかる、うんと背伸びをして体を伸ばして大空に羽ばたきだしたいような。今になってなぜイストたちが鳥になっているのかその気持ちがわかった。エネルギッシュにそして自由に駆け回りたい飛び回りたいその自由がここにはあった。
しかし、ここはグッと堪えて足を一歩前に出す。せめてこの一歩一歩はしっかり地面を踏みしめよう。少しでも自然を感じられるように。この衝動を解放するのはまた次にイストとして訪れた時の楽しみとしようじゃないか。友達になった人が次に会ったら他のイストと同じように鳥の姿になっていたらキャロルさんはどう思うだろうか。もしかしたら気がつかないかもしれない。びっくりさせるのも楽しいかもしれない。そんなことを考えるとクスッと笑えてきた。
キャロル「いい顔だね。ここが気に入ったかい?」
シキ「はい。」
キャロル「そうか、それは嬉しいね。ふふ、今日は嬉しいことがたくさんだ。今日だけで一曲描けてしまえそうだよ。」
シキ「あの、曲はいつもどのように作られているんですか?」
キャロル「シェイラと一緒に作っているよ。」
シェイラ・キャロル「マスターが歌詞を書いて、それに合わせて一緒に歌っているんです。それから、インストなどの他の音も作っていくんですよ。」
シキ「なるほど、マスターとDollが一緒に歌われるんですね。歌詞はどのようにして出来上がるんですか?インスパイアーされるものとかはありますか?」
キャロル「どうもこうもただ、思っていること、伝えたいことをそのまま言葉にするだけだよ。強いていうなら、日々ささやかでもなんとなくでも思ったこと感じたことは大切にしているかな。飾り立てたり、変にまとめたりせずにそのままを出すんだよ。…そう思うと僕の中では音楽はブレインストームの一環なのかもしれないね。命とは、生きる意味とは、時とは、そういったものを考えている時に浮かんだ一つ一つを音にしているんだ。」
キャロルさんにとって音楽は作品じゃない。世界について考え続けた先で、自然と音になっていくものなんだろう。
シキ「その感性を忠実に音楽として出力した結果が自然のエネルギーに溢れるキャロルシリーズに繋がるんですね。」
クラウン「後学のためにもその“奇跡のDoll”の歌を一曲お聞かせ願えないだろうか?」
シェイラ「クラウンにしてはいいこと言うじゃん!あんね、マスター、キャロルシリーズは生に限るっつーくらい映像とライブじゃガチレベチなんよ。やっぱ、映像じゃ表現が劣るっつーか?イスト曰く心が震えるレベルが違うらしいから、マスターには一度聞いてみて欲しかったんだよね〜。」
キャロル「ふふっ、あぁ、いいよ。じゃあ、友と出会えたことを祝して一曲披露しようか。いいね?シェイラ。」
シェイラ・キャロル「えぇ。マスターたちの素敵な関係が末長く続くことを祈って歌いましょう。」
そう言って立ち上がるシェイラ・キャロルさんの元に集まっていた鳥たちは一斉に羽ばたいて、また大樹の幹に止まっていく。残された彼らの羽毛だけがゆらゆらと優しく舞い降りた。キャロルマスターが指をパチンとならすと大樹の向かいにちょうどステージにぴったりな石段が現れた。シェイラ・キャロルさんはそこまで登ると、簡易的だが大樹を観客席にステージが出来上がった。
木漏れ日が差し込む。それは天然のステージライトへと早変わりした。
シェイラ・キャロルさんが目を瞑る。手が胸に添えられた。大きく息を吸うのがわかった。




