#44 噂が現実になる世界
キャロル「“奇跡のIDoll”?なんだいそれ?」
シキ「え?」
シェイラ・キャロル「はぁ…すみません。マスターは情報にとっても疎くて周りの評価とか何も知らないんです。自分がグランドマスターにまで上り詰めたのもセシルマスターに祝われるまでは知らなかったほどですから。」
元々キャロルマスターはかなり抜けている人なんだろう、それをシェイラ・キャロルちゃんが埋めてくれていてちょうどいいバランスの仲なのだ。キャロルマスターのことだからそれに甘んじて依存したり自堕落になることもなさそうだし、元々こういう関係でこれがちょうどいいのだろう。
シェイラ・キャロル「マスター、“奇跡のIDoll”とは私のことなの。イストからはそう呼ばれているのよ。」
キャロル「君が奇跡?どうして?」
シェイラ・キャロル「ずっとこの調子なんです。」
シェイラ・キャロルさんは困ったようにこちらに向き直った。同じtypeシェイラとしてか、アイディアル講座を開き慣れているからか続きはシェイラちゃんが請け負った。
シェイラ「キャロルマスターのシェイラはね、通常のtypeシェイラの成長じゃありえんほど、変化、成長したんよ。性格が真反対になるくらいに。その成長はアイディアル内でも群を抜いてたもんで、ビビるレベルだからパンピーは奇跡って呼ぶの。」
キャロル「なるほど、シェイラは特殊なんだね。」
シェイラ「うーん、シェイラ・キャロルが特殊っつーか、そこまで育てたキャロルマスターがレベチなんじゃね?」
シェイラ・キャロル「だから、よくアーサーマスターから調査の依頼が来ているでしょう?貴方は全く読まないけど。」
キャロル「あぁ、あれか。シェイラがアーサーマスターの元に情報提供しているのは知っているよ。」
シェイラ「まぁ、知っていたの?」
キャロル「君のマスターだからね。それくらいは知っているよ。」
この会話の様子だと、どうやらシェイラ・キャロルさんはキャロルさんに黙って行動していたようだが、それを元からキャロルさんには知られていたようでどこか申し訳ないような気まずい表情を浮かべていた。でも、元々開発者はアーサーマスターでその人のアイディアルの研究のためなら、IDollはマスターの許可なしに従うことも納得ができる。キャロルマスターもそれをわかっているのか特に気にした様子はなかった。
キャロルマスターのユアディアルは完全に森だった。一個前に訪れたユアディアルがセシルマスターのものだったせいで差が激しいのもあるが、さらには場所の区分がされていないようだった。ところどころ特定の花が咲き乱れる花畑が垣間見える時もあったが、基本は季節も何も度外視の雑多な生命力あふれる美しい光景が広がっていた。その光景はキャロルマスターたちと合流するまでの霧の道と変わらない。唯一変わったのは霧がなく景色がくっきりしていることだ。
シキ「話は変わりますが、キャロルマスターはどうしてアイディアルを始めたんですか?…元から音楽をやっていた、とか?」
キャロル「いいや、音楽はシェイラに教えてもらって初めてだったよ。」
シキ「ではなぜ?」
キャロル「なぜと聞かれると難しいなぁ、ははは。」
シェイラ・キャロル「マスターは人の多いところに流れ着いただけなんです。それがたまたまアイディアルだっただけで。」
シキ「それは…友達が欲しかったから?」
キャロル「うん、そうだね。寂しかったんだよ。でも、アイディアルにいても寂しいばかりだ。ここは孤独化した人の寂しいをぶつけ合うだけの場所であって寄り添い合う場所じゃなかった。寄り添うのはIDollの役目だからね。」
そう言い切ったキャロルマスターの髪を風がなでつけた。その様子は本当に寂しそうで、かける言葉を探したけれど何も出てこなかった。だってそれが事実だから。キャロルマスターは現代に横たわる大きな問題に対して嘆いているんだ。そんなの一個人がどうこう言ったって…。
木漏れ日が風に靡いてチラチラ揺れる。それは万華鏡のように折り重なった光を地面に落とした。顔を上げるとたまに木々の隙間から差し込む光が目に当たって眩しい。光と影のコントラストがみんなを神秘的な雰囲気に仕立て上げた。
シキ「…キャロルマスターはアイディアルのことどう思いますか?」
キャロル「とても楽しい場所だと思うよ。みんなの想像が創り上げる世界。無限の可能性を秘めていて響きだけでもワクワクしてしまうよ。でも、同時に怖いとも思うんだ。」
シキ「怖い、ですか…?」
キャロル「集団幻覚って知ってるかい?」
シキ「…はい。実際には存在しないものを大勢の人が同じように知覚する現象のことですよね。よく、怖い話とかに出てくる。」
キャロル「そうだね。それも一種の想像の力さ。何が言いたいのかというと、集団幻覚規模の恐ろしいものが想像された時、アイディアルではそれが現実となる。」
シキ「つまり、みんなが信じちゃえば幽霊とか妖怪とか化け物の類がアイディアル内では現実になってしまう、と…?」
キャロル「まぁ、そういった嘘か真かファンタジーな話は憶測の域を出ないし、アイディアルで出てきても僕は面白いと思うからいいけどね。怪獣がガオー!とアイディアルを破壊してしまったり。」
それを聞いてふと、ノアマスターのユアディアルで遭遇した謎の靄を思い出した。あれも人の想像で生まれたものなのだろうか…?
クラウン「いいや、それは無いな。」
いつも話を聞くことに徹していたクラウンくんが話に参加してきて驚いた。
クラウン「アイディアルは初期の段階で人の恐怖が増幅するような創造は制御されるように組まれているんだ。だから、アイディアルで生み出されるのは興味由来のもの。アイディアルを壊すのは唯一興味だけだ。好奇心は猫をも殺すっていうだろう?」
キャロル「あぁ、今までのはあくまで話の導入に過ぎないよ。僕が言いたいのは要は人の好奇心や興味によって嘘が本当になることを恐れているんだ。」
シェイラ「わかりきった嘘なんて、信じるわけ無いじゃん?」
キャロル「そうだね。でも、それが不確かで『そうかもしれない』や『そうだったらいいかもしれない』だったら?人は断片的な情報を自分の都合がいい形に作り変える。その『そうだったらいいかもしれない』を大勢が共有すると、思い込みはだんだん強くなり、人々の願望としてアイディアルに生まれてしまうかもしれないんだ。そんな恐ろしい現象が起こるのが噂話。」
シキ「噂話…。」
それは掲示板などで今も盛んに行われている。噂好きな人間はどの時代にも尽きない。今だって、ネット掲示板ではアリアより前の失敗作のIDollの話で持ちきりだ。
キャロル「最初は真っ赤な嘘で誰かの作り話かもしれない。根も葉もないただの噂話かもしれない。現実世界なら”そんな話”で終わるものがここなら嘘を塗り替えて存在してしまうんだ。特に、それに繋がると思わしき事実が断片的にでもあると、情報の一見した信頼度は跳ね上がり、その拡散力は計り知れない。そうしたら、大袈裟にいうなら現実が改変するんだよ。」
「「…。」」
キャロル「なーんて、これはただの仮説に過ぎない話さ。」
クラウン「いいや、それはある話だ。」
クラウンくんは同意だけ示してそれから先は続けなかった。
しばらく歩いて気がついたが、なんだか周りに特にシェイラ・キャロルさんの周りを中心に鳥が増えてきたような気がする。その鳥は花と同様種類もバラバラで渡り鳥から飛ぶ習性のない鳥、小鳥から成熟した鳥まで様々、飛んだり近くの木々を転々としたり、後ろをついてきたり様々な様子で着々と羽数が増えていく。道すがら鳥を見かけるたびにその鳥が大名行列に加わるように後を追い始めるのだ。その一方で一向にイストを見かけないことに気がついてこの不思議な状況にわけがわからなくなってきた。




