#42 友達になりたい
先に進むと夢をぼかすような霞は徐々に濃くなっていった。これで本当にいいのか?霧の先が見えず不安になってくる。手元まで良く見えなくなって、怖くて戻りたくなる思いが駆け巡ったその時
「〜♫〜♪〜♬」
どこからか導く様に歌声が聞こえてきた。
その声に導かれるまま進んでいくと、清らかな湖のそばに1人の女性が立っていた。湖畔を見渡せるほど霧は薄くなっており、また幻想的なボカシを演出している。
シェイラ「マスター!!」
シェイラちゃんとクラウンくんが慌てた様子で駆け寄ってくる。
シェイラ「霧やばたにえんで何も見えんくてちょー焦った〜!」
クラウン「そんなに離れていないようで何よりだったな。」
ふと気がつけば、歌声が止んでいた。歌声の主を振り返ると、はたりと目が合う。
シキ「っ・・・。」
その女性は言葉を失うほど美しかった。シルクのような艶やかな純白の髪は地面に垂れるほど美しく流れ、きめ細やかな真雪の肌は輝いて見えた。碧と金の瞳は長いまつ毛からこちらをのぞいており、天の羽衣を思わせる召物には春サーバーそのものを彷彿とする、淡い花々で彩られていた。背中には透き通る羽根が生えており、天から舞い降りてきたと言われても信じられる、天女の様なIDollだった。
シェイラ・キャロル「あら、お客さんね。」
そう優しく微笑みかけられると、途端に緊張が走り、何を口にしたらいいのかわからなくなる。決して威圧的なわけではない、とても柔和そうなIDollだけど、こんなに美人に話しかけられたことなんて今までないから一瞬で頭が真っ白になってしまった。
シェイラ・キャロル「?」
シェイラ・キャロルさんがこちらの様子を見て不思議そうに小首を傾げる。まずい、何か言わなければ無視だと思われてしまうかもしれない、でも一体何を言えば・・・?本日はお日柄も良く?ごきげんよう?途端に今までどうやって会話をしてきたのかわかんなくなってしまった。それを見かねたシェイラちゃんが何か言おうと口を開いた時
ーガサガサ!
シェイラ・キャロルさんの後方にある茂みが大きく揺れた。そして
??「おや、みんなここに集まっていたんだね。」
男の人が葉っぱまみれの状態で出てきた。
シキ「・・・。」
元々ショートしていた頭は、もう回復することを諦めたような気がした。
シェイラ・キャロル「マスター、そんなことされては、お客さんが驚いてしまってるわ。どうしてまた、そんなところから出てきたの?」
キャロル「はは、いやなに、ちょっと近道をしようと思ってね。」
シェイラ・キャロル「お客様をお待たせして急く気持ちは分かるけど、地形くらい変えたら良かったのに。」
キャロル「あぁ、そういえばここは僕の思い通りに変えられるんだったね。忘れていたよ。」
シェイラ・キャロルさんが、マスターと呼ぶ男性、つまりキャロルさんに手をかざすと彼の身体に絡まってた小枝や葉は風に流され飛んでいった。
シェイラ・キャロル「もう少し、アイディアルのマスターであることの自覚をお持ちになって。」
キャロル「ははは、これは耳が痛い。」
キャロルさんはポリポリと頬をかいて、苦笑いを浮かべた。
キャロル「それで君たちがセシルが言っていた、アイディアルを取材している記者さんたちかい?」
シキ「はい。今度行われる大型イベントの先行情報や広告のために今、グランドマスターの元を回らさせていただいてます。」
キャロル「それはなかなかに大変そうだね。どうにもマスターはみんな気難しい人が多いから。話しかけるとみんな蜘蛛の子のように散ってしまうよ。」
シキ「あまり良い顔はされませんね…。」
キャロル「でもそうか…イベント…グランドマスターを一挙に集めようとは、なかなか良いことを思いついたね。彼らは自分の音楽が、IDollが、一番だと信じているから、他に引けを取るようなことはしたくないと思っている。だから、競わせるような形にすれば誰も逃げないだろうね。うん、実に賢い。」
この人…初対面の印象でかなり抜けている人だと勝手に思っていたけど、実はとってもキレるのかもしれない。この企画は元は説得のためのでまかせだったが本格的に詳細を詰めたのはリズさんだ。だからこのことは計算済み…?あの人の手の内が計り知れない…。
シキ「それで、キャロルマスターのお話も伺いたくて、お邪魔させていただきました。」
キャロル「うん、いいよ。なんでも聞いておくれ。それに邪魔だなんて思わずいつでも遊びに顔を出してくれると嬉しいよ。」
シキ「え、あれ…?」
いつも開口一番では良い顔はされないから、二つ返事で了承が来るとはなんだか拍子抜けしてしまう。先ほどのキャロルマスターの発言といい、彼は他のマスターとはだいぶ違うのかもしれない。
シェイラ「良かったじゃん、マスター!無駄に交渉とか読み合いとかしなくてラッキーじゃんね!キャロルマスターってば、ちょろい!」
シキ「ちょ…!?」
シェイラちゃんの口が滑ったのに対し、静止するように前に出て、繕おうと慌ててキャロルマスターを見ると彼は一切気にしていないかのような穏やかな表情をしていた。
キャロル「あはは!なんならその“マスター”という敬称もやめておくれよ。もっと気楽にいこうじゃないか。僕は君たちと仲良くなりたいんだ。」
シキ「え…?」
驚きの対応に戸惑いが隠せない。
シェイラ・キャロル「こら、マスター。また、初対面から距離を詰めすぎよ。この方達は貴方を取材しにきたのであって友達になりにきたのではないのだから、そのような対応をされては戸惑わせてしまうでしょう?」
シェイラ「えー、ウチは全然友達でもいいけどぉー?その方が話しやすいし。ね、マスター、クラウン?」
クラウン「俺は一向に構わないよ。」
シキ「まぁ、キャロルさんが良いのであれば…こちらこそよろしくお願いします…?」
その言葉を聞くとキャロルさんは顔を輝かせてこちらの手を強く握りしめた。
キャロル「本当かい!?嬉しいよ、これからどうぞよろしく!やっぱり、君たちは違うね、自分の足で見聞きしている者たちだ。メッセージで一方的に伝えた気になっている者たちとは違う。君たちとなら分かり合える気がしたんだ!」
勢いよくブンブン振られる手になんて返したらわからず、思わずシェイラ・キャロルさんに視線を送ってしまった。彼女は仕方なさそうにキャロルさんの手を沈めると申し訳なさそうに説明してくれた。
シェイラ・キャロル「すみません。マスターは少し、いえ、かなり変わっていて…。初めて友達ができたことに舞い上がってしまっているんです。」
キャロル「初めてじゃないだろう?セシルがいる。」
シェイラ・キャロル「彼は貴方と友達になることを了承していないわ。」
キャロル「でも、何かと気にかけてくれるじゃないか。」
シェイラ・キャロル「それはマスターがあまりにもダメダメだから、お世話を焼いてくださっているの。」
シェイラ・キャロルさんの反論に対してキャロルさんの続く言葉は尻すぼみとなってゴニョゴニョと消えてしまった。
友達…そうか、友達か…。言葉としては馴染みがあるけど、自分に当てはめてみると、確かに。だってリアムさんやリズさんは友達というか仕事仲間で上司や先輩であるし、他に出会ってきた数々の顔が思い浮かぶけど、友達ってカテゴライズされた中からだと誰も浮かんでこなかった。そう思い返してみるとシェイラちゃんやクラウンくんと気兼ねなく話して行動している、この今がなんだか不思議なように感じた。いや、シェイラちゃんやクラウンくんはアイディアルのこと何も知らないのをサポートしてくれてるので、友達というよりかは良きサポーターなんだけど。そういえば、ノアマスターもクラウン・ノアくんを親友として置いていたな。




