#41 境界は緩やかに
二人が屋上から降りる階段へと去って行く様子を見送る。
シキ「うまく乗せてくれましたね。」
リアム「ん?なんの話だ?」
シキ「・・・。」
リズさんなら、間違いなくとぼけているのだろうが、この人の場合どっちだろう・・・?ああいうまだあどけない少年たちには同じテンションで盛り上げてあげるのが一番効果的なのかも知れない。それをやってのけた本人は自覚しているのか知らないけど。
リアム「さ、俺たちも行くかー!」
そういってリアムさんは立ち上がる。
リアム「この後の動きは、俺はリゲルマスターとコンタクトをとる、でいいな?」
シキ「はい、そちらはよろしくお願いします。頼りにしていますから。」
リアム「それで、そっちはどうするんだ?もし、このままロイドマスターたちの言ったことを頼りにノアマスターに凸りに行くなら、送ってくぜ?」
それは確かにありだ。得られた情報の裏をすぐにでも取りたくなってしまうのは記者の職業病というか、性だ。でも、
シキ「いえ、大丈夫です。まだ他に確かめたいことがありますので。ノアマスターに関してはお家に伺うことになればまた別に作戦を練る必要があるので、それを考えるのも含めて一旦アイディアルに潜ろうかと思います。」
リアム「おー、じゃあ行き先は会社だなー。俺はそのまま家の端末じゃねぇとゲームいじれねぇから直帰するってリズに伝えといてくれ。」
シキ「あはは、ゲームのために会社早退直帰って言ったらリズさん怒りそうですね。」
*
目を開くと、そこは見慣れた桜吹雪が舞う、春サーバーだった。続いて、セシルマスターの言葉を頼りにキャロルマスターのユアディアルを訪れにやってきた。隣を見ると、シェイラちゃんと目が合った。さっきまでずっと画面越しの交流だったため、まだ少し違和感がある。さらに隣には、クラウンくんがいる。少ししか同じ時を過ごしていないけど、帰ってきたなという思いになった。
シェイラ「で、宛があるっつってもさ〜、具体的にどこにいるのかは知らないから、在ってないようなもんよな〜。サーバーふらふら歩いてたらユアディアルにたどり着くってなんだし。」
クラウン「入場できるイストを向こうが選んでるってことじゃないか?まぁ、地道に探そうよ。」
シキ「そうだね、それに春サーバーはまだちゃんと回ったことないから。」
花々が咲き乱れる、極楽と言われたらそう見紛うほどの美しい景色が広がっていた。花壇には色彩豊かな小花たちが咲き誇る。小高い丘にはそよ風が吹いて、少し歩くと小川のせせらぎが聞こえた。遠くの空は夏サーバーに対して朝焼けでピンクがかった淡い色をしていた。たまに小鳥の囀りが聞こえ、蝶々が視界をよぎった。穏やかでとても心地が良くサーバーにいるだけで、まるで日向ぼっこしているような気分だ。
シェイラ「〜♪〜♪」
シェイラちゃんも機嫌が良さそうに鼻歌を歌い歩いている。
広がる草原ではきっとお昼寝なんてしたら最高に気持ちいいんだろうな。
しかし、この呑気な光景に流されて思わず、忘れてしまいそうになるが、これからどうやってキャロルマスターに会うか、不安がジワリと広がる。
いや、散歩するだけでも楽しいんだけれども。各サーバーごとに雰囲気が打って変わって、それを体感することも大切なことではある。
シェイラ「ねぇ、マスター。キャロルマスターがどんな人なのか気にならん?」
シキ「え、うん。気になるけど・・・。」
シェイラ「しょーがないなー。んじゃ、シェイラちゃんのアイディアル講座その⑤ね!」
これがやりたかったのか。満足そうな顔をするシェイラちゃんにパチパチと拍手をしてあげた。目の前にキャロルシリーズの楽曲が並べられる。
シェイラ「キャロルマスターはちょっと特殊なマスターなんよ。曲も独特で・・・形容される言葉は『幾何学』。音に対して言葉の並びが多いことからもそう言われてるんじゃん?人の生とは自然界とは的な壮大なスケールで曲を作ってるのがクセになるんさ。そんなキャロルマスターのシンパサイザーはシェイラ。シェイラ・キャロルは有名でね〜。他のウチとは一線を画しているんよね。」
シキ「というと?」
シェイラ「まず、性格しょー。イストには「見た目に則した大聖女降臨」って言われててー。あと、歌声。ウチらtypeシェイラは基本的にポップな曲が得意なんだけど、シェイラ・キャロルは幽玄で優美な壮大さをもつ楽曲たちにあった魂を震わす奇跡の歌声なんて言われてんの。だから通称“奇跡のIDoll“って。」
シキ「魂を震わす・・・?」
シェイラ「IDollはマスターの求めに忠実に再現し歌うように努めているんだけど、やっぱりデータでできているウチらにはなかなか超えられない壁があって、その結果アイディアルの曲は曲に感動することはあっても歌に感動することはない。あ、この場合の曲はインストとか歌詞含めてね。でも、その壁を超えた第一例がシェイラ・キャロルなの。それだけあってシェイラ・キャロルの個体としての成長はマジでパナいんだよ。」
シキ「あれ、でもそういう大きな変化への成長は基本オプションでつけているんじゃ・・・?」
シェイラ「それは時間をお金で買っているんだよ。ま、自然にそうなることを祈っているだけだと必ずお望み通りのIDollになるとも限らないしね。でも、それとは別。シェイラ・キャロルは自力でそこまでの成長を遂げた。だから、ある意味本当に奇蹟のIDollなんだよ。ま、そこら辺は実際に会ったほうが早いか。」
シキ「そっか・・・“奇跡のIDoll”楽しみだな・・・。」
IDollが超えることの難しい壁を乗り越えた新たなIDoll、それは一体どんな姿でどんな子なんだろう。きっとアイディアルのさらなる可能性を見せてくれることだろう。とても取材しがいがあって楽しみだ。
クラウン「なぁ、マスター。」
そんなことを考えているとクラウンくんに呼び止められた。クラウンくんが周りを見渡している。それに合わせて辺りを見るとそこは今までいた背の低い花々や草原が広がる青々としたところではなく少し霧の立ち込める森だった。別に変じゃない、雰囲気だってそんなに変わっていないと思う。背の高い木に囲まれてはいるものの依然として花が色鮮やかに彩りを与えているし、霧があるからって鬱蒼とした印象ではない。どちらかというと、まるで夢の中みたいな幻想さすら感じた。ただ、気がつけばその森は一本道で森というよりどこかに導かれるような感じがした。
シキ「もしかして、ここがキャロルマスターの…?」
シェイラ「えっ、マジ!?既にユアディアル内なの!?いつから!?」
確かに、考え事をしていたとはいえ、こちらには3人いるんだ誰も入口に気が付かないなんて…。
クラウン「人間の脳は緩やかな変化には気が付きにくい。これはそうしたやり方なのかも知れないな。」
シェイラ「ってことは、ウチらは適当に歩いててたまたまキャロルマスターのユアディアルへの入り口を見つけたってこと?」
クラウン「俺たちが見つけたか、入り口が繋げられたか、だな。」
入口を繋げる…?それができるのかどうかは想像力がものをいう世界アイディアル、おまけにそこのグランドマスターであれば造作もないのかも知れない。それでも、わざわざ、ここに繋げた理由って…。そうか、セシルマスターが何やら手紙を送ってくれていた。それで話を通してくれたのかもしれない。
シキ「とりあえず、進んでみよう。」




