#36 記憶より少し小さな校舎
—夜。
自室で再びアイディアルを開く。この時間は自分の興味の範疇として例の都市伝説の動きをチェックする。今は一スレッドの流行り話程度だけど、これがさらに発展したらコラムの記事としてもいいな、とぼんやりそんな目星をつけていた程度だった。
しかし、その予想は思いもよらない方向に裏切られた。と言うのも人々の熱は落ち着くどころか白熱していったのだ。名前がついたことで形容することができるようになった都市伝説たちは一個人のキャラクターとして親しまれるかのように扱われ、ある人はその姿を描き、ある人はその存在を歌にし、またある人はその存在のこれまでを壮大な物語として綴り始めた。ここまでくると都市伝説の存在が掲示板だけの話ではなくなるのも時間の問題だろう。それ自体はネットミームが流行語になるような、特段変わった出来事でもないが、これがたったの一晩でここまで達成してしまった異様な影響力と拡散力に、不気味さを覚えずにはいられなかった。
*
次の日はまず出社するでもなく、アイディアルに入るでもなく、リアムさんに車を出してもらった。リアムさんはやはり昨日、書類作業を一人に任せたのがよほど寂しかったらしく最初は不機嫌だったが、ガラガラの道路を何に憚られることなく、好きに走れる爽快感にそのうち車内はリアム不機嫌ムードから鼻歌ムードへと変わっていった。今となっては車なんてほぼ通らない。中流階級以下の住宅地ならまだしも、オフィスを構えるようなちょっと栄えたところなんてもってのほかだった。そもそも人が外に出ないことは置いておいて、百歩譲って出たとしてもそこまで外出の頻度が多くないから移動手段は公共交通手段が関の山だ。一昔前に流行ったなんでもシェアする時代も過ぎ去り、かつてカーシェアとしてかつては前線にでていた自動運転機能付き最先端自動車はすっかり時代に置いていかれ、ほとんどのそれらは埃をかぶったまま忘れ去られようとしていた。そんな中、『自分たちの脚で、直に体感する』をモットーのうちのチームはリズさんのノリでそんな元最先端を引き取ったのだ。これが結構重宝している。元々公共交通機関の方が好きだが今ではこっちの方が圧倒的に空いているし、楽だ。でも、なんでだか、リアムさんは手動運転を好み「車買うならヴィンテージもんのクラッチつぅのがついているやつが欲しかった」なんてよくわからない文句を垂れていた。ちなみに、自動車をチームで購入する際、もちろんリアムさんは同じようにリズさんに交渉したが、リアムさん以外に今どき免許を持っている人がいないため、「お前以外に誰がそれを扱えるんだ」と却下されていた。それにしても本当に今どき免許なんてどこで取ってきたのだろうか。失効になっていないことにも、まだ更新ができることにも驚きだった。そんなこんなでリアムさんの若干荒い運転に揺られて、目的地に着いた。
シキ「ここです。」
自動運転機能付きであえての手動運転、カーナビゲーション付きであえての人による道案内、なんて、我々らしいか。
リアム「ここって…学校?学校なんかに何しに来たんだよ。」
シキ「取材の続きですよ。リアムさん、この学校に見覚えはありませんか?」
リアム「ん…?むむむ…そう言われると見たことあるような、ないような…?」
シキ「シェイラちゃん。」
カバンから携帯端末を取りそれに呼びかけると「あいよ!」と言う彼女の元気な応答と共に端末に画像が映し出された。それをリアムさんに見せる。
シキ「これはノアシリーズにあった学校の画像です。」
リアム「あ〜!これか!!どうりで見覚えがあるはずだ!ところどころ違うけど雰囲気はそのままだな!」
シキ「はい。ノアマスターは現役の学生なので、そうしたら舞台にしている学校は実際に通っている校舎をベースとした理想の学校なんじゃないかと思って。」
リアム「でかしたぞシキ〜!さすが俺の後輩だ!!」
運転席から助手席へハンドルレバーを超えて両手でワシワシと顔を掴まれるように撫でられた。気持ちとしてはむず痒いけど、危うく首が持っていかれかけた。
-ピピッ
車に暴れるなという旨の警告を出される。自動運転の賢い車でよかった。
リアム「でもよ、どうやって特定したんだ?IDollに聞いても個人情報に関することは何も教えてくれないだろ。」
シキ「IDollに聞かなくても知っていたんですよ。なんせ、ここの卒業生なので。」
リアム「えぇーーーーー!?マジか!!」
シキ「マジです。」
『夢を見つけ、そして実現させる学校』をポリシーに掲げた、多彩な専攻があり、“夢”についての専門的な知識が身につくマンモス校。ここでジャーナリズムを知り、学んだことは人生の中でも転機だったが、結局内情は例に漏れず時代に飲まれていたのを思い出す。休み時間は端末をいじり、少し離れたところにもなると会話は全てチャット、放課後はメタバースの世界で、なんてついていけるはずがなかった。世の中の学校は半分が時代に合わせて通信となったがもう半分は『真の人間性を育めるのはコミュニケーションのみ』と信じてとどまった。しかし、親世代から既に“反対面主義(非対面主義)”が当たり前なのにましてやその子にコミュニケーションを強要するのは無理があった。結果、学校は大義に対する皮肉の巣窟となっていた。でも、ここなら普通科のほかに音楽系の専攻もあったはずだし、ノアマスターが所属している可能性は大いにあるだろう。
リアム「でもよ、学校みたいなガキんちょだらけのところって、モンスターペアレンツ?の意向でセキリティ厳しくないのか?こんなのこのこやってきて大丈夫なのかよ。」
シキ「そこは大丈夫ですよ。卒業生なので。ここは部外者に対するセキュリティは国家レベルに匹敵しますが身内にはとても緩いんです。もうすぐ休み時間のはずなのでそこを狙って探しましょう。」
自分たちが育てた子供に対する絶対的信頼なのか、それなりになった卒業生が大層なことを話によく学校を訪れていたのを思いだす。学校を卒業した時、それに関する全てを捨ててやろうかとも思ったけど、学生証だけは残しておいてよかった。
車から出る。改めて見上げた校舎は、記憶より少しだけ小さく見えた。ノアマスターのユアディアルを見た後だからだろうか。
リアム「にしても見つかるかな〜?あんなことがあったし、引きこもって学校に来てないんじゃないのか?最近のガキんちょは軟弱だからな。」
シキ「その時は担任からでもなんでも何かしらの情報は得てから帰るつもりです。うまくいけば自宅も教えてもらえるかもしれませんよ。」
リアム「うぇっ。家まで凸るの?おいおい、シキちゃんマジで嫌われちゃうよ。」
シキ「それは最終手段ですよ。それまでに再び接触をしたいところです。あれから一度もアイディアルには顔を出していないようですから、こっち(現実世界)でコンタクト取らないと。」
リアム「で、行くあてはあるの?俺たちクラスも知らねぇし。休み時間なんて先生も誰もどこにいるかわかんねぇぞ?」
シキ「あてはおそらくあります。彼が学校に来ているのであれば、ですが。」
校門に学生証をかざすとロックが解除される音がした。それから門を蹴って衝撃を与える。その隙に学生証を忘れたときのパスコードで学生ナンバーを打つと…若干の処理落ちで開閉が緩んでいる隙にリアムさんを学内に押し込んだ。
機能が旧式なのかなんなのか、たくさんの人の同時入場確認などの同系統の情報の処理はすぐにできるのに、全く別系統の情報を同時に送ると、処理落ちによるバグとまでは言えないまでも、甘さが露呈する。それを誰かは「かわいい」と評していた。その声はエバ先輩だったのを覚えている。




