#35 金継ぎ
シキ「それでメンバーを増やす決意をされたんですね。」
セシル「後手後手の愚策だってことはわかっているわ。それでもこれしか浮かばなかった。あの子のためには…。都合がいいわよね。こんなになるまでまともに見向きもせず、自分勝手にやり続けた結果、一番そばにいたものを苦しめて壊しちゃって、そこで初めて気がつくんだから。本当、グランドマスターなんて呼ばれて笑っちゃう。実際は世界で一番マスター失格なのに…。」
シキ「…そんなことないと思います。さっきの別れ際、セシルさんの「頑張って」の一言でクレア・セシルはとても嬉しそうな顔をしていました。オフモードでもはっきりわかるくらい。IDollにそこまで愛されているマスターはとても立派なマスターなんじゃないかと。」
シェイラ「うんうん、それな!欠陥になったのはIDollの力不足でマスターのせいじゃないって!」
セシル「でも、マスターの管理がIDollの仕事なら、Dollの管理はマスターの仕事でしょう?」
シェイラ「それは…まぁ…?」
セシル「責めるような言い方してごめんなさいね。でもありがとう。貴方のIDollは貴方に似て優しいのね。」
シェイラ「へへっ…!」
シェイラちゃんが嬉しそうに頬をかいた。自分のIDollが他人に褒められると一緒に褒められたような気持ちになってむず痒くも感じたが、状況が状況だったので手放しに喜べるような単純ではなかった。
ステージに目をやると次の演目で男の子たちが踊っていた。黄色い声援がここまで届いてくる。生まれて間もないと聞いていたが、その人気は絶大だった。一人で圧倒的なクレア・セシルちゃんのパフォーマンスもいいが、息の合った団体のパフォーマンスもまた違った魅力と素晴らしさがある。
シキ「話が変わりますが、アイディアル史上最大のイベントに参加するにあたっての想いなどはありますか?」
セシル「不純な理由だけど、今の自分達にはイストがもっとたくさん必要なの。」
シキ「イストが…ですか…?」
セシル「そう。貴方も知っての通りイストの数がそのままIDollの力になるわ。だから、アーサーシリーズのような強大さがあればクレアの傷もきっともっと良くなる。別に完全に直ることを夢見ているわけじゃないわ。自分、金継ぎが好きなの。金継ぎ、知ってるかしら?割れてしまった食器を完全に直すのではなく、あえて割れ目を模様のように金で目立たせて接着する技法よ。そうして割れてしまったものは唯一のものとして生まれ変わる。それと一緒よ。唯一の思い出たちと一緒にいけるところまで…。そのために自分はこれからも曲を書き続ける。イベントに向けてみんなと調整している最中だしね。楽しみにしててちょうだい。」
そう言ってセシルさんはパチンとウィンクした。
シキ「はい!今からとても楽しみです。セシルさんはどのように曲を書かれるのですか?」
セシル「基本的にはここで書いているわ。ここはマスターのプライベートルーム。自分の許可なしでは自分と自分のIDoll以外立ち入りが許されない場所よ。実際書くときはここにこうして机と椅子をおいて草花の香りとそよ風を楽しみながら作曲に没頭しているかしらね。それは今も昔も変わらないわ。でも、インスパイアの方法は変わったかしら。前まで、たくさん曲を書きたい気持ちが先行して手当たり次第に曲を書き続けていたわ。それこそ、たまに行き詰まったら、映画とか他のコンテンツにちょっと逃げてみたり散歩してみたり。無理にインスパイアさせようと彷徨ってたりしたわね。でも、今はIDollのみんなと話をしているだけで、この子にはこんな曲を歌ってほしい、みんなとこんなことしたいって思えてアイディアが止まらないわ!」
シキ「なるほど。ますますセシルシリーズの皆さんの今後が楽しみになって、目が離せないところですね。」
セシル「こんなところで大丈夫かしら?」
シキ「はい!この度はお忙しい中、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。」
セシル「こちらこそ。なんだか“話をしてあげた”と言うより“話を聞いてもらった”って感じだったわ。また何かあったら連絡してちょうだい。」
シキ「はい!」
視界の横が鮮やかになるのを感じて再び視線がステージに引きつけられる。見ると、セシルシリーズの全員が共通衣装を着てステージを歌って踊っていた。
セシル「あの個たちもちょうど終わりのようね。今日は終わりが早いからこの後にグリーティングがあるわねきっと。」
シキ「じゃあ、セシルシリーズの皆さんにもご挨拶できますね。」
セシル「えぇ、そうしてあげてちょうだい。あの個たちもう貴方のこと気に入っているみたいだから。またお仕事が落ち着いたら顔を出しにきてね。…そうだ。貴方、これからもこうしてグランドマスターを巡るんでしょう?次の当てはあるの?」
シキ「えっと…それがまだ…。」
セシル「そうよね、グランドマスターは一筋縄ではいかないもの。だから自分からヒントだけ。申し訳ないけれど、アポが取れるほど密な関係の人はほとんどいないの。でも、キャロルマスターなら。」
シキ「キャロルマスターですか…?」
セシル「彼、ユアディアルをどこに構えているのかよくわからないから故意に会おうとすると大変なんだけど、春サーバーにいるわ。」
シェイラ「?…そりゃそうっしょ?だって、春サーバー所属のマスターなんし。」
セシル「そうじゃなくてね。“春サーバーで会えるのよ”フラフラ〜ってサーバー歩くだけで。」
シキ&シェイラ「「えぇ!?」」
セシル「どういうタネなのか自分にもわからないんだけど、春サーバーからふとした瞬間、もしくは条件でキャロルマスターのユアディアルに繋がるの。」
シキ「な、なるほど…。」
シェイラ「どーりで神秘のシリーズって呼ばれるわけだ…。」
セシル「自分の方からも彼を訪ねる者が来ると伝えておくわ。…まぁ、あんまり彼をあてにしないで。でも、そうね…貴方達なら彼、気に入りそうだし、もしかしたら、ね…。」
シキ「ご友人なんですか?」
セシル「ちょっとした知人よ。それこそ、お互いまだグランドマスターなんて呼ばれる前からの。」
そう言いながらセシルマスターはどこからか小洒落た便箋と封筒を出し、サラサラと何かを書き込んだ。それは魔法のように折り畳まれ、次に溶けた蝋封がたらし込まれ、最後にスタンプがググッと押されたことで閉じられた。
シキ「…!本当にありがとうございます!!」
セシル「いいのよ、これくらい。これからも頑張ってね。」
それを最後にセシルマスターの元を去った。感謝の意を表し何度もお辞儀をする姿にセシルマスターは最後まで優しくヒラヒラと手を振ってくれた。
シェイラ「セシルマスター、優しい人でよかったね!次のマスターの手がかりまでくれちゃったし。」
シキ「うん!よし、これからも頑張ろう。」
胸の奥に、小さくても確かな前進の実感が残っていた。
それから、クレア・セシルちゃんたちに挨拶をしようとメインエントランスへと向かった。セシルシリーズのみんなはもうお別れなのかと寂しそうにしてくれたが、セシルマスターと一緒のステージを見ていたこと、自分も含めてセシルマスターもステージを非常に楽しんでいたこと、またユアディアルに訪れる約束をするとみんなとても嬉しそうにしてくれた。最後にクレア・セシルちゃんに別れを告げた時、オンモードのキラキラ笑顔の状態で固く手を握られ後、「気をつけてね」といつもからは想像できないほど真剣に囁かれたことが妙にひっかかった。
*




