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#34 最後まで

その時ちょうどステージでは定時公演が始まったようで、たくさんのイストで賑わった観客と触れ合うようにそれぞれの華やかなゴンドラに乗ったセシルシリーズの子たちがファンサービスをしながら登場していた。丘と麓の距離なのに細部まではっきり見えた。逆に音は、まるで会話の邪魔にならないよう厚いガラスで隔てられているかのように遠く感じた。

シキ「まずは、定時ショーについてにしましょうか。何時に行われて、どんな演目をやるかは決まっているんですか?」

セシル「さぁ…?ごめんなさい。マイディアルについてはIDollに一任しているの。前まで何曲やってどれをやるかはクレアの気まぐれでバラバラだったような気がするけれど…ニーナとニーノが来てからは何やらキッチリやっているみたいだわ。新しいイストも、ずっと応援しているイストも飽きさせないよううまくやってくれているみたいね。自分じゃとてもできないわ。…それから時間についても、マスターなら大概そうだと思うのだけれど自分も例外なく時間の感覚がなくって…一日に何回か被らない演目でやっているのは確かよ。ここで毎回楽しみにしているんだから。」

マスターがマイディアルについて無関心だったりするのは、ノアマスターで学んでいたが、まさかマスターが1イストの感覚で楽しんでいるとは驚いた。

シキ「あ、えっとそれじゃあ…。セシルマスターにとってマイディアルとはどのような場所なのでしょうか?」

セシル「ここは…そうね…それこそ自分の夢なのかしら。自分はね、他のマスターと違ってテーマとか方向性とかそういう具体的なものはないの。ただ書きたい曲を書いているだけというか…。元々IDollのシステムが始まる前から作曲活動はしていて…だからかしらね?…最初は曲を発信するプラットフォームを変えただけだと思っていた。でも、自分の曲でクレアが成長していくのを見て、一緒に成長する楽しさを知って、それをイストの方々が評価してくれるようになって、それがさらに注目を集めて…気がついたらこんな形になっていたって感じだわ。」

シキ「一応シリーズのテーマが『アイドル×演劇ショー』と言われていますが…?」

セシル「それは後付けよ。クレアが自分の作った曲に合わせて決めてくれたのか、どこかのイストが言い始めたのか…。どちらにせよ、自分の抽象的なものをはっきりと言葉で表現してもらえて助かっているわ。でも、このユアディアルの姿はきっと…イストのみんなの反応、コメントに触れて『自分の曲は常に人々にとって最高のエンターテインメントでありたい』と願った表れなんだと、今なら思うわ。」

視界の色が変わったような気がして麓のステージに目をやるとクレア・セシルちゃんのソロ曲が始まったようで、深海のようなセットの中で歌うクレア・セシルちゃんは、なぜだかとても健気に見えた。

シキ「…クレア・セシルという一人の役者が曲というたくさんの演目を演じ分ける、それがセシルシリーズだとイストの言葉にあったのを覚えています。」

セシル「本当によくできているわよね。こっちはただやりたいようにやっていただけなのに。それをうまく辻褄合わせて…ううん、そうでもしないと、こじつけないとあの子は耐えられなかったんだから…。」

クラウン「クレア・セシルのことですよね?」

セシル「…。」

シキ「あ、セシルマスターが他のIDollを使うと決めたのも、クレア・セシルちゃんのためだって。彼女が『こんなん』になっちゃったからって…。」

セシル「そう…IDollの誰かから聞いたのね。…いい加減これは誰かに話しておいた方がいいわね。記者さんが記事に入れるかどうかはお任せするわ。そこにあるのはただの事実なんだもの。」

シキ「あ、はい…。」

セシル「でもね、これは自分の話とは別に…」

改まってセシルさんのトーンが落ちたのを感じた。

セシル「貴方、あまり人に踏み込みすぎない方がいいわよ。今回は自分の良いきっかけとなったからいいけど。ここには自分が傷つかないために自分の世界に閉じこもるような人が多いから。自分が傷つくくらいなら貴方を傷つけることを厭わない人たちなのよ。でも、貴方のお仕事のこともあるから…。それにどこからが踏み込みすぎで、どこまでが歩み寄りなのかその判断だって難しいのはわかっている。…だからこれは自分のお節介というか、ただの心配というか…ダメね。あれだけ曲を書いているのに面と向かって言葉にするとうまくでてこないわ。でもこれだけはわかってほしい。別に自分が嫌な思いをして遠回しに皮肉を言っているとかじゃなくて本当に純粋に…初対面だけど貴方のことが…。」

シキ「わかっています。大丈夫です。それから、心配していただいてありがとうございます。こちらも不躾なのは承知で、でも時には殻を破るような踏み込みも大事だと、思います。それが初対面の人がすべきなのか身近な人がすべきなのかは人によるんでしょうけど…。…とにかく傷つくことを恐れて何も言えなくなってしまうのは相手にとってもとても不親切なことなのではないでしょうか。」

セシルさんは少し驚いたように目を見開くと、またステージに目を向けた。

セシル「貴方みたいな人たちがきっとIDoll以外にも人間には必要なんだわ。うまく言えないけど、貴方に真っ直ぐ見つめられて話をすると少し心が温かく、寂しくなくなるの。」

沈黙が少し流れた。セシルさんと共にステージを見てみると、ソロで歌い続けるクレア・セシルちゃんの元には上から一縷の光が差し込み、その神々しさは一つの舞台のクライマックスのような感動を興した。

セシル「それで、クレアについてだったわよね。」

セシルさんは机に飾られた花々から一輪を抜き取った。

セシル「さっきも言った通り、自分は今までただ書きたい曲を書いてきたわ。その結果、ご存知の通りジャンルはバラバラ。今となっては曲を演技の演目として捉えられているから一貫性があるけれど、最初はそんなのなかったわ。だからクレアは完璧に曲に合わせた。一曲一曲の世界観に己の容姿、性格全てを捧げて。今となってはそれは役作りだって、ベースの人格が“演じている”だけだからうまく帰ってくることができるけど、前は…。」

シキ「まるで別人格のような感じでしたか?」

セシル「えぇ。だから、一曲書くごとにクレアが一人増えていったの。そして人格が増え続けた結果、人格のキャパがオーバーしてしまった。感情も表情も全てがめちゃくちゃになって、それが今の“オフモード”なんて呼ばれている状態よ。」

ステージ上のクレア・セシルちゃんを見る。一縷の光の下で歌うクレア・セシルちゃんは、いつか光の中に溶けて消えてしまうのではないか……そんな予感が今はする。

クラウン「IDollから見て今のクレア・セシルの状態ははっきり言って欠陥品だけど、スクラップにして新しいのと交換したり、直そうとは思わないんですか?」

セシル「それは絶対にしないわ。当初クレアにも「頼むから壊して新しいもの(クレア)と交換してくれ」なんて言われたけど…やっぱり貴方たちIDollは考えることが一緒なのね。」

シェイラ「万全の状態でマスターと一緒にいられないのはなんというか不安っつーか、それ自体が苦しいかんね。」

セシル「そう…それならなおさらこれは自分のエゴなのね。でも、ごめんなさい。やっぱり何を言われてもこれだけは譲れないわ。だってこれは全部自分のせいなんだから。自分の都合で壊してしまったものを壊れたからって「それじゃあ、さようなら」なんてあんまりでしょう?だって今までクレアと過ごしてきた時は本物で、データを移植したからって、そのIDollは本当に“クレア・セシル”なのかしら?…だからクレア・セシルのマスターとしてせめて最後まで責任を、あの個の最後の時までそばにいて一緒に走り続けると決めたの。」


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