#28 箒星
シキ「でも、わざわざマスターが秘匿していることを暴くなんて…。」
テオ「個人で知っている分には問題ないでしょう?」
シキ「そうですか…。」
テオ「他に何か?」
シキ「いえ、ただ、テオマスターにも知らないことがあるんだな…と。クレア・テオちゃんもテオマスターはなんでも知っていると言っていたので。」
テオ「…!…とにかくこちらからの条件は以上です。譲歩の余地はありません。」
…テオマスターの言う通りだ。これ以上有利に持っていくのは力量不足だ。交渉材料も全くないため、ただ駄々をこねることしかできない。そんなことしたら合理主義そうな彼の癪に障るだろう。初めに挑む相手じゃなかった。そう、言うなれば始まりの村を出て、いきなり中ボスに遭遇したような。とりあえず、出直して活路を開こう。うまくいけば、条件通りに星月夜シリーズと接触できるかもしれないし。…うまくいけば、だけど。
シキ「わかりました。では、その内容でいきましょう。」
彼は心なしか満足そうに再び微笑を浮かべた。
テオ「クレア。」
クレア・テオ・オリジン「はい。万が一に備え、書類を用意いたしました。こちら、今まで話された内容をまとめたものにございます。下の項目にサインを。それから、念のため相違がないようこれまでの全てを録音録画させていただいておりますことご留意ください。」
テオ「やはり、さすが僕のIDollですね。」
クレア・テオ・オリジン「これくらい、過分なお言葉にございます。ですが、お褒めに預かり光栄です。」
テオ「僕は素晴らしきもの、価値のあるものは愛でずにいられない性分ですから。」
クレア・テオ・オリジン「はい、存じております。ですから、ご主人様のご期待を裏切らぬよう日々精進してまいりますわ。」
もしかしたら、テオマスターに伺うのはもっと先で、まず星月夜のマスターに行き詰まってからテオマスターに助けてもらうのが道理だったのかもしれない。それも彼が星月夜についてこちらと同程度しか知らないことを確認した今となっては全部が泡沫の夢であるけど。などと、軽く現実逃避なことを考えつつ、渡された万年筆を握った。なんだか、これにサインをしてしまったら全てがおしまいな気もするけれど…。悪徳商法に引っ掛かっているかのような感覚が拭えない。助けもといアドバイスをもらおうと振り返るとシェイラちゃんもクラウンくんも打つ手なし、と苦しそうな顔をして、おまけにクラウンくんには首を振られてしまった。諦めて、書類にサインする。ええい、ままよ。なんとかなれ!
クレア・テオ・オリジン「はい、確認が取れました。」
テオ「良い契約でした。それでは健闘をお祈りしますね。」
クレア・テオ・オリジン「おかえりもご案内いたします。またのお越しを心よりお待ちしていますね。」
*
シキ「は〜!」
シェイラ「ふぅぅぅ〜〜〜!!めっっっちゃ緊張した!!息が詰まるかと思った!!!」
クレア・テオちゃんにラウンジの出口まで見送られてテオマスターのユアディアルを後にした。そして現在は彼のユアディアルがあった冬サーバーにいる。目の前の景色は一度見た夏サーバーとは打って変わって雪景色で、別に寒さを感じるわけではないが吐く息が白くなる。目の前にはらはらと舞い散る雪には目もくれず、今はとにかく緊張と諸々でただただため息が漏れてしまう。なんだか、どっと疲れたな。隣に並ぶシェイラちゃんとクラウンくんもだいぶ疲弊しているように見える。
シェイラ「完全敗北〜って感じぃ?」
クラウン「打つ手がなかったな。初手で挑む相手じゃなかった。」
シェイラ「う…。ごめんって〜ウチが言ったから…。」
シキ「ううん!とりあえず切り替えていこう!…それで肝心の星月夜シリーズについてなんだけど…。」
クラウン「これもまた打つ手なしだな。」
シキ「や、やっぱり…?」
シェイラ「はっきり言って無理ゲー。だって場所もわかんないもん。」
シキ「前に言われた時も思ったんだけどさ、サーバー不明ってどういうこと?どこかのサーバーにはいるんじゃないの?」
シェイラ「ま、そりゃそうなんだけど。誰も星月夜シリーズのユアディアルに入ったことがあるイストがいないんだよ。誰も知らないから所在不明。」
クラウン「挙句には、ユアディアルごとサーバー間を移動してる、なんて噂もある。」
シェイラ「それこそ星になぞって箒星ってね。」
シキ「そっか、じゃあ当面は無理だね。でも、もしかしたらグランドマスターの中に何か知っている人がいるかもしれないし、希望は捨てず引き続きいこう。」
シェイラ「りょ〜!最悪ウチらにはアーサーマスターってチートがいるからね!」
クラウン「じゃあ、この調子で行くと今日の最後はセシルシリーズか?」
シキ「そうだね…。」
これからまたレクチャーを受けて新しいユアディアルに入ってマスターとIDollを探して…やることはまだまだたくさんある。気合を入れるため、疲れや落ち込みを引き摺らないためにも頬を叩いて気分を一新させた。
……うん、ヒリヒリはしなかった。電脳世界だもんね。——当たり前だけど。
*
花びらが舞い散るテーマパーク、それがセシルシリーズだった。ユアディアル中を駆け巡るジェットコースター、花びらの他に風船がどこかに飛ばされるわけでもなく宙を漂っていて、楽しそうな笑顔と幸せそうな笑い声が飛び交い、夢のようなファンシーなテーマパークが目の前に広がっていた。もしかしたら、気分を励ますために先にこのような景色を見せてくれたのかもしれない、なんてこの光景を見て思った。そう、シェイラちゃんたちには何か考えがあるのか、今回はセシルシリーズの詳しい説明より前にユアディアルに訪れていたのだった。
シェイラ「ここがセシルマスターのユアディアル!セシルマスターのユアディアルはテオマスターがリピーターNo. 1だったのに対して、1日に訪れるイストの数がNo. 1なの。」
これは確かに、セシルシリーズのイストでなくてもレジャースポットとして訪れたくなるため、入場者数No. 1ということにも納得がいった。
はしゃぐイストに風船を手渡すファンシーだけどなんの生き物だかよくわからない生物が園内の至る所にいる。うさぎ…なのか…?手書きでめちゃくちゃに描かれたようなよくわからない、着ぐるみ…きっと、着ぐるみ…サイズが人間と変わらないほどの大きさであるため、つなぎ目は見当たらなかったが、逆に着ぐるみでなかったら怖い。
シキ「あぁいうのって中身はIDollたちだったりするってこと…?テオシリーズみたいに分身がいっぱいやってるみたいな…?」
シェイラ「んいや?あれはふつーにNPCなんじゃね?」
シキ「NPC…?」
シェイラ「えーっとぉ…。ただのモブ的な。なんでもない、プログラミングに組み込まれたものだよ。IDollというより、マイディアルの一部。ふつーに考えてテオシリーズみたいにたくさん分身させることができたらわざわざ着ぐるみなんて着せないでセシルシリーズのIDollのまま表に出したほうが人気できるでしょ?」
それもそうだ。ということはいよいよあれは着ぐるみっぽい“何か”なんだな。それはそれで怖かったけど、特に意志があるわけでもなく、プログラムされた仕事を忠実にこなすそれらは慣れてくると逆に可愛く思えるようにも、なったかなぁ?
シェイラ「あっ、でも、セシルシリーズのIDollにも会えるよぉ!セシルシリーズは毎日決まった時間にユアディアルでライブやパレードをすんのがルーティーン!他にも運が良ければグリーティングができて、一緒に写真撮ったり、ダベれるからそこを通せばいけるかも!」




