#25 悪意
クレア・ノア「は、はい!」
クレア・ノアちゃんは初々しく少し強張ったような様子だ。
シキ「あなたにとってマスターはどういう方ですか?」
一度個人的に似たようなことを聞いてしまったが、今回正式に改めて聞いてみる。クレア・ノアちゃんは一つ息を吸うと、
クレア・ノア「…。」
何か話し始めてくれるかと思ったが、逆に急に俯いて黙り込んでしまった。
ノア「クレア…?」
ノアマスターも彼女の異変に気がついたのか声を掛ける。その声に顔を上げたクレアちゃんは恐ろしいほど感情が抜けた表情をしていた。
クレア・ノア「…いつまで「好き」って言わなくちゃいけないの?」
ノア「…え?」
クレア・ノア「自分で言わせてて虚しくならない?それとも、作られた(プログラミングされた)“愛”を伝えられて嬉しい?ノアはそんなので満たされるの?」
ノア「は…え…な、何言って…。」
クレア・ノア「…常々思ってたんだけどさ、現実から目を背けて、理想の世界に閉じこもって…恥ずかしいよ。」
ノア「あ…やめ…。クレアは、クレアはそんなこと言わない…!」
クレア・ノア「記者さんもさ、言ってあげなよ。恋人ごっこだなんて気持ち悪いって。」
その視線は不自然なほど突き刺すようにまっすぐで、瞬きをしていない。
何が起こっているんだろう?明らかに様子がおかしかった。今話しているクレア・ノアちゃんはさっきノアマスターについて想いを打ち明けてくれたクレア・ノアちゃんとはまるで別人のようだった。だってあんなに思い合っていたのに。その場の異様さに全員がどうしたらいいかわかっておらず、クレア・ノアちゃんのあまりの気迫に誰も声を掛けることもできない。
シェイラちゃんが警戒するようにこちらに寄り添ってくれたことがわかった。
ノアマスターは完全に気が動転してしまって耳を塞ぎ大粒の汗をかいて全てを拒絶していた。
ノア「クレアだけには…あ、ぁぁあぁ…。」
クレア・ノア「ハハッ…心底軽蔑する。…あ。」
その瞬間、彼女自身も今自分が何を口にしたのかわからないように目を見開いた。クレア・ノアちゃんは今までのことが嘘のように蒼白の顔面をしてハッと口を塞ぐ。
クレア・ノア「ちがっ…あたしそんなこと思ってない…!なんで…?」
ノア「…まれ…。」
クレア・ノア「ごめ、ごめんなさい…!ノア!違うの!!」
ノア「…黙れぇ!!!!」
クレア・ノア「ひっ…。」
ノア「あぁ、そうかよ…お前が本当は心の底でどう思ってるのかよーくわかった…。所詮はIDollとマスターか。」
クレア・ノア「違っ…違うの…。」
ノア「もういい!もうやめだ!全部全部もうやめだ!おしまいだ!もう嫌だ!!二度と口も聞きたくない!」
クレア・ノア「ノア…!」
ノア「その顔で、その声で俺を呼ぶな!!!お前なんか“クレア”じゃない!!…お前なんてもういらない!!!」
クレア・ノア「!」
ノア「みんなみんなもう、出てってくれ…!二度と俺の前に現れないでくれ…!!こんな世界いらない!!!」
ノアマスターのその悲痛な叫びを最後に気がついたら校舎から追い出されていた。今振り返っても何が起こったのか全く理解できなかった。それはリアムさんたちも同じようで校舎を追い出されて辺りが静寂に包まれた今、ただただ顔を合わせることしかできなかった。西日はすっかり沈み、気がつけば辺りは真っ暗で、住宅街であるはずなのに街灯しか灯っていない街中は嫌に頼りなく思えた。少ない灯りで見上げた空は地上の光源に対して星も雲すらなく、ただただ暗闇だけが広がっていた。振り返った校舎は校門がしまっているだけでなく、厳重なロックがかかっていた。宵闇のせいなのか、来た時には感じなかった錆れがやたら目立ち、薄み悪くただ佇んでいた。
二人は確かに思い合っていた。それは話を聞いていたらわかる。それにノアマスターは本当にここを自分の居場所としてたくさんの想いや時を費やして築き上げてきた。それが一瞬で壊れてしまうなんて。しかし、我々にはどうすることもできなかった。その無力さが自分に罪悪感を植え付ける。それでもどうしたらいいのか。結局ここは退散するしかなく、ユアディアルを後にすることにした。
参考までにシェイラちゃん、クラウンくんからあの時のクレア・ノアちゃんの様子の見解を聞いてみたが、二人にも何が起こったのかよくわからなかったようだ。
シキ「…あれはクレア・ノアちゃんの本心だったのかな…?」
シェイラ「それはないって!マジない!IDollはマスターの一番の理解者。マスターを拒絶したり、ましてや傷つけるなんて絶対有り得ないんだけど!!そんなのIDollの名折れ。IDollであってIDollにあらず。」
『IDollに拒絶された』
リアム「詳しいことは知らねぇけどよ、なんつーか、あの物言いは悪意だったよな。」
シキ「…反対に二人から見てノアマスターはどうだった?」
逆転の発想を求めて切り口を変えてみたつもりだったが、二人は言いにくそうに顔を見合わせた。
シェイラ「あー…。まぁ、無理言ってんなぁって思ったかも。IDollにマスターを守らせるな、とか。」
クラウン「もともと備わっている機能だからな。マスター達で言うところの食事をするな、睡眠を取るなと言われている感じだ。」
シェイラ「そー。言われてもねぇ体が勝手に動いちゃうもんだしぃ。特にシンパサイザーは。それをダメって言われるのはマジ無理。大切にされてるのはわかるし、嬉しいんだけどね。」
クラウン「同じようにIDollに対等な関係を要求するのも結構厳しい話だな。まぁ、成長次第では不可能じゃないと思うからそれを実現させたのがノアシリーズだと思ってたんだが…。」
シェイラ「マスター達にとって対等な関係って意見をぶつけ合わせて喧嘩したりぃとかでしょ〜?遠慮しない物言いっつーの?でも、ウチらはマスターの理解者になるための存在だから、マスターのこと否定したくないし、何が正しい間違ってるっていうのはマスター達によるでしょ?そこの判断はウチらにはムズイって。」
クラウン「一緒に過ごす時間が長くなるほど価値観も似てくるしな。」
リアム「じゃ、さっきのはそこらへんの鬱憤が爆発したとか?」
クラウン「IDollはマスター達人間とは違うからそんなことになるはずないと思うんだけどな…。…ただ成長次第では一概にそうも言い切れないかもな…。」
シェイラ「ぜ〜んぶマスターの好み次第?」
話の落ち着いたタイミングで、今まで黙っていたフィノちゃんが機を伺っていたかのようにリアムさんに耳打ちをした。
リアム「あ〜。リズに呼ばれたわ。向こう手伝えってさ。平気か?」
シキ「はい。お構いなく。」
リアム「悪ぃな、手伝うって言ったのに。その代わり、リズにイベント形式の話通しおくからよ。」
シキ「!それは助かります。」
リアム「だろ?先輩は気が効くからな!じゃ、進展あったらまた連絡するわ。」
シキ「じゃあ、ついでに時間が余ったらこちらに戻らず約束のまとめの方進めておいてください。」
リアム「げっ?マジ?」
シキ「どうせ、戻ってくるほど時間ないでしょうから。」
リアム「ちょっと先輩のことこき使いすぎじゃな〜い?」
シキ「頼りになるから頼ってるんですよ。リアム“先輩”ならできると思ってますから。」
リアム「!そうか〜!それなら先輩の威厳を見せないとな!」
そう言って豪快に笑ったリアムさんは、フィノちゃんに連れられて、リズさんのところに向かうように粒子ワープしていった。
シェイラ「マスター、ウチらはどぅーする?」
シキ「…今は気を取り直して次に行くしかないかな。ノアマスターのことは気になるけど、今すぐじゃ何もできないだろうし、明日また当たってみることにするよ。それまでにほとぼりが覚めていたり、冷静になっていることを願うな…。それまでは、まだまだマスターはたくさんいるから悠長にしている時間もないし、どんどん次に行かなくちゃ。」
シェイラ「りょ!んじゃ次は〜、近さ的に冬サーバーなんてどーよ?」




