#20 恋を歌う街
その相関図の恋愛を指す矢印がお互いを向いているものは誰一人としていなかった。
シェイラ「そりゃ、まぁ、マスターたちも片思いが一番楽しいって言うじゃん?そんなすぐ、なんでもかんでもくっついちゃうのはご都合的、現実味に欠けるってもんじゃないの?」
リアム「そういうもんか?」
そう、人の心はそう簡単なものではない。確かにシェイラちゃんの言う通り、恋は両思いがゴールと基本的に捉えられている。その先の発展は緩やかなものが多く、作品にするには面白みに欠けてしまうのかもしれない。それに、ノア・シリーズはまだまだ続いているのだからこれからどんなゴールを迎えるのかといった点では先が見えるものよりかは見えないものの方が目を離させないというものだ。
でも、それが“当たり前”として続いていくのだとしたら、どこか残酷に思えた。
フィノ「それから、ノアシリーズの他シリーズと一線引いてるところは、リスナー没入型と言いますか、リスナーもこの世界の一員として曲の中で扱われてることですかね。自分がまるでシリーズのIDoll達と友達のように接せられているところが、唯の提供者、享受者って枠組みを超えててスゴいなぁって思います!」
確かにフィノちゃんの言っていた通り、いくつかの曲を聞いてみると、聞いているこちら側は、みんなと仲の良いクラスメイトであり、クラウン・ノアと親友であり、クレア・ノアの想い人として歌われていた。これは確かに音楽の新しい形だった。聞いていてドキドキするし楽しい。当事者意識が芽生えることでよりノアシリーズのIDollたちに愛着が湧いてくる。そのみんなが、あの世界観でノアマスターのユアディアルにいるというのなら、たくさんのイストが毎日訪れるのも納得がいった。
でも——
よく聞いてみると、クレア・ノアちゃんの曲って……
気のせいかな。
シキ「それにしても膨大な量だね。」
これまでの楽曲やデータの量に思わず言葉が漏れてしまう。
シェイラ「あー、ノアシリーズはアイディアルのサービス開始から続いている古参マスターだから、マスターの中でも歴史が長い的な、だからしゃーないよねぇ。」
フィノ「サービス開始当初からだと、アーサーシリーズ、ノアシリーズ、セシルシリーズがグランドマスターの中でも該当しますね。」
リアム「なんだ、グランドマスターって言っても最初からやってるのはちょっとだけなのか。」
フィノ「わずか数ヶ月でグランドの座に到達したマスターもいますから。」
シェイラ「でも、古参は古参でイストを掴んで離さない、他の追随を許さない絶対的な魅力とカリスマを持っているから、グランドマスター同士を比べてもずっとトップ独走中。イスト登録200万越えがザラだから、グランドの中でも格上って感じ。」
シキ「これは纏めるの大変そうですね。」
リアム「…だな。取材以前にこっちの作業で骨が折れそうだ。」
シェイラ「ウチらがやろーか?」
シキ「ううん、これが仕事だから。情報を集めてくれただけでも大助かりだよ。ありがとう。」
感謝を述べるとシェイラちゃんとフィノちゃんは照れくさそうに笑った。
シキ「…とりあえず手分けします?」
リアム「仕事量的にはいつもならそうだな、だけど、俺纏めるのさぁ…。」
それはよくわかっている。リアムさんは長時間じっと座っていられないタイプの人だ。
シキ「いいですよ、行ってきて。これ、なんとなく聞きたい内容を昨日のうちにまとめておいたのでうまく活用していただけると助かります。」
リアム「え〜俺一人で行くのぉ?マジィ?」
シキ「一人って…フィノちゃんいるじゃないですか。」
リアム「いるけどさぁ。先輩は後輩に頼られることによって輝くっつぅうか、みんなで行ったほうが楽しいじゃ〜ん。シキぃ〜。」
シキ「話が合ってないですよ。忙しいから後輩がこうして先輩を頼ってるんじゃないですか。うだうだ言ってないで早く行ってきてください。」
リアム「シキ冷たぁ〜い!そんな冷たくすると先輩泣いちゃうぞぉ!俺知ってるんだからなぁ、これは頼ってるんじゃなくてパシってるんだって…!」
…出た、この人の悪い癖。こうなるととことんダルいんだよなこの人は。抱きつこうとするリアムさんを引き剥がす。
シキ「…わかりました。じゃあ、せめて話だけでもつけてきてください。そしたら合流しますので。」
リアム「いや、真面目な話、今日はいつものメンツと違ぇんだから、手分けして分散させるのはどーよ?」
最もなことを言われてリアムさんの背を押し退けるのを止めた。
リアム「そこまで言うなら俺だけで行ってもいいけど、アイディアルのマスターが俺の説得で応じてくれるかは正直五分を切ると思うぞ?俺は口説き落とすタイプだからシキやリズと違って理詰めはできない。」
そう、おそらくリアムさんとリズさんとの共通認識が「アイディアルマスターは人嫌い」だ。
もちろん純粋な音楽活動のため利用しているマスターだっているのだろうが、科学が発達した今、人は他人に頼らなくても生きていけるようになった。だからこそ、わざわざ他人と関わろうとしない人間も増えている。そういう相手に対しては、問答無用で拒絶されることも珍しくない。それに対して、リアムさんの長所は人とすぐに仲良くなれること。すぐと言っても時間は要するので、リアムさんの言葉を借りるなら口説き落としているような、相手の防御を溶かしていくような感じだ。でも、相手が全てを拒否するのならまさしく取り付く島もない。そうなったら、やっぱり理論的に相手にメリットを提示して信頼してもらうしかないだろう。それがリアムさんにもわかっているのだ。
リアム「俺も真面目に手伝うしよぉ、一緒に順番に片付けて行ったほうが今回はいいんじゃね?」
今のこの説得みたいなやり方がリアムさん流だ。
シキ「…わかりました。その言葉忘れないでくださいよ?一人で仕事やらせたらパワハラとして訴えますから。」
リアム「おう!漢に二言はねぇぜ!さっすが俺の後輩ちゃん♪」
シキ「リアムさんがただ面倒なだけです。」
リアム「ショック!?」
というわけで、結局一緒にノアマスターのユアディアルを訪れることになった。が
シキ「……………。」
そこはもはや街と形容するにふさわしい規模だった。一昔前の住宅街を思わせる、小綺麗で統一感のあるニュータウンだった。まだ何もかもが高層化する前、人々が機械に頼りきっていなかった頃の面影が残っている。適度に公園や溜まり場になれそうな遊び場、カフェ、娯楽施設があり、訪れたイストは自由に街をぶらつき、観光し、遊んでいた。よくよく考えてみたらこれが初めて正式にユアディアルを訪れることになる。アーサーマスターの時はライブを見ることが目的で会場までまっすぐ行き、帰りも安全のため見て回る余裕もなく撤退してしまったので、もしかしたら彼は開発者だからもっと比にならない近未来都市を形成していたのかもしれないが、今はまだ何も知らない。マイディアルが一部屋だったことを思い出して、驚きはひとしおだった。
リアム「おいおい!こん中からたった一人のマスターを見つけ出せっていうのかよ!?」
シェイラ「ま〜初見じゃそういう反応になるよね〜。」
フィノ「あ、安心してください!何も直にマスターに会う必要もないのですから、ノアシリーズの誰かに出会って取り次いでもらえればきっと大丈夫です!」




