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#16 事実と相棒

どれくらいの時間が経ち、どれだけの敵を防いだのだろうか。体感としてはかなりの時間が経ったようにも思ったけど、もしかしたら、瞬く間であったのかもしれない。クラウンくんは『ノイズ』をこれ以上後ろにやらないために、ある時はわざと攻撃を喰らって防いでいた。後ろ姿からでも、傷の増加と疲労の濃さが見て取れた。『ノイズ』が完全に去り切った路地は前に感じたほど薄気味悪さも不気味さもなく、ただ当たり前に光の刺さらない影が全体を占めていた。人の波はいつの間にか完全に引いていたようで、静かな見慣れない街の中で乱れたクラウンくんの荒い呼吸だけが響いていた。勝手な判断だけれど、もう安全だと思い、クラウンくんを労おうと前に出る。その際チラリと路地を見たが、そこに少女はいなかった。先の襲撃でどうなってしまったのか、ただ、あの子の無事を願うしかなかった。

シキ「クラウンくん…。」

クラウン「…。」

クラウンくんは肩で息をしながら前を見据えている。声をかけるこちらには気がつきもしない、視線は定まらず、焦点も合っていないように見える。

シキ「クラウンくん、大丈夫…?」

クラウン「…。あぁ、大丈夫だ。いきなりで驚いただろ?マスターの方こそ怪我とか、不具合とかないか?」

しばらく気が抜けたようにボーッとしていたクラウンくんは、返答してくれる頃にはいつも通り優しく笑っていた。

シキ「ううん、おかげさまで。守ってくれてありがとう。」

クラウン「どういたしまして。IDollとしては当然のことをしたまでなんだけどな。」

シキ「でも、クラウンくんが怪我をしたのは後ろを庇ってくれてたからで…。」

クラウン「そんなのマスターが気にすることじゃないよ。IDollにとって外傷はどうってことないんだ。データの集合体だからな。データさえ復元すればすぐに元に戻る。要は核に影響を及ぼすような大きな損傷を喰らわなければ無傷に等しいんだ。そこら辺、人間よりもずっと頑丈に便利にできている。だからそんな顔する必要はないよ。そういうものだと思ってうまく使って欲しい。マスターってのはそういうものだから。…まぁ、俺がもっと強ければそもそも完璧にマスターを守り切れた。だから、これは俺の落ち度なんだよ。」

シキ「でも、IDollの強さはマスターに依存するんだよね…?だから…」

『ごめん』とかそういう言葉はかえって彼のプライドを傷つけると思う。だから納得してくれる言葉を。

シキ「一緒に成長していこうね。」

クラウン「!…ははっ!その言葉をマスターに言われるとはな!こりゃ一本取られた!…うん、誠心誠意マスターに尽くすよ。…さ!みんなの元に戻ろう。マスターが急にいなくなったからみんな大騒ぎで慌てて探してるんだからな?」

シキ「それは…みんなに謝らなきゃね?」

クラウン「あぁ、そうしてやってくれ。それと、歩きながら説明するよ、今の。IDollの防衛システムについて。」

約束通り、クラウンくんはみんなの元へ合流する道中、さっきの事態について説明してくれた。もちろん、クラウンくんには少女は見えていなかったし、さっき戦った『ノイズ』については不明瞭なことが多くて語られてはいなかったけれども。そう、さっきの戦闘はクラウンくんにとってもイレギュラーだった。IDollの防衛システム、それは主にデータを守るために備え付けられている。0と1でできたこの世界では、殺人なんて起こらないらしい。その代わりに、ハッキングや情報漏洩が命取りになるのだと、クラウンくんは言った。

それに対抗する仕組みが、防衛システムらしい。

クラウンくんは少し考えるように視線を逸らした。

とりわけ、「ダイブ」でアイディアルを利用しているマスターは精神をアイディアルに送っているため、アイディアル内のデータ損傷が精神に多大なる影響を与えるという。

例え話もしてくれた。

もしアイディアル内で死亡ロストしても、現実では「ダイブ」が強制終了されて目が覚めるだけらしい。アカウントが復旧するまではアイディアルにアクセスすることができないというのが物理的な損害だけど、精神には、死んだという生々しい記憶や感触が焼き付く可能性があるという。そうでなくても、マスターの損傷は精神を摩耗する恐れがあるらしい。「可能性がある」「恐れがある」——そんな曖昧な言い方に留まっているのは、実際にはアイディアルではそれの発生の防止策として徹底的なセキュリティが築かれており、万一他マスターによる悪質ウィルスの攻撃があったとしてもそばにいるIDollがそれを撃退する防衛システムがあるため、一度も実例が発生していないためとか。そしてこのシステムはグランドマスターの時にも説明があったが狙われやすいマスターのIDollにはより強くなるよう、IDollの成長に合わせて強化されるようにプログラムされているということや、今日の初めに送り付けられたヴィンセントさんからの嫌がらせもあれが悪性のサイバーウィルスだったら相当まずかったことなども教えてくれた。

それから程なくしてみんなと合流した。勝手に逸れたことを謝ると、みんなは優しく迎えてくれた。リアムさんに至っては、完全に小さい子が迷子になった時と同じ扱いを受けてしまった。まぁ、目を離したうちに勝手にどこかに行ってしまった点ではあながち間違っていないのかもしれないが、この歳になって迷子と言われるのは流石に恥ずかしさを覚えた。きっとこの場にリズさんがいたらお小言で済むかわからなかっただろう。クレアちゃんから最低でも行動するときは一人はIDollを連れていくように注意されてしまったが、それだけで済んだことには少し救われた。別に人よりもずっとメンタルは強く鈍い方だと自負はしているが、小言も皮肉もノーダメージという訳ではない。それなりに積もるとちょっと凹む。だからないに越したことはない。



−夜。

会社から帰って自宅のパソコンでアイディアルを開いていた。

アーサーマスターのユアディアルから出た後は、みんなで今後の作戦会議をした。アーサーマスターは先の事故の対応があるため、安全も考慮し、数日間ユアディアルを封鎖することになって、取材は残念ながら後回しになってしまった。そしてその次の狙いは、クレアちゃんたちからユアディアルへのイストの訪問者が多いところはどうかと提案された。その理由としては、第一に立ち寄りやすく、活発な活動ゆえにマスターと接触できる可能性が比較的見込めるのではないかというものであった。それを条件に浮かんだ名前はノアシリーズとテオシリーズとセシルシリーズだった。他にいい案も浮かばないし、どうせ手当たり次第であることには変わりないため、その案に乗ることにしたというのがことの顛末だ。

そして今は、件の事件について調べている。情報の入手先は基本的にIDollから伝えられるということでアイディアルではどうやらあまりメディア類は発達していないようだ。それ以外で何かないかと聞いてみたところ、マスター同士の情報共有はマイディアルもしくはユアディアルで主に行われているらしいがそれ以外にも、匿名で交流をする掲示板スレッドがあると教えてくれて現在はそれを閲覧している。正直彼女たちを疑っているわけではない。ただ、IDollは“事実”しか伝えない。それに、アイディアルに不利な情報は、あえてマスターに届かないようにされている可能性もある。今回の事件だってどのくらいのマスターが知ることになるかわかったものではない。どこのマスターがいつどんなイベントをしているのかなどの情報だけならIDollからで十分だが、世の中それだけではうまく回っていかない。そう、彼女たちはマスターにとって相棒であると同時に、アイディアルそのものでもある。

それに対して、人々の考察や推察は、時としてフェイクニュースを生み、人を混乱させることもある。それでも、他者の意見を取り入れることで公平な判断に繋がることもある。もちろん取捨選択する力は己の力量になってしまうのが難しいところだが。考えることは人の特権で、それは時として重要な真実を見出したり、はたまた娯楽にもなると思う。


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