#14 電子の女神
リアム「あぁ〜!あそこか!言われてみれば確かに!!」
クレア「ライブ中のユーザーは半ミュートになります。ミュートを解除しない限りはこのように他ユーザーへの干渉はできず、その代わり好きな位置からライブを楽しむことができるんですよ。」
そう言いながら他ユーザーを避けることなくズカズカ進んだり、腕を伸ばす。すると、ぶつかるはずのユーザーは幽霊のように、見えるけれどもするりと抜けて干渉を与えたことにも気づかず過ぎ去っていった。
リアム「へぇ〜!こりゃいいな!」
シキ「人を気にすることなく好きな場所からライブを見ることができるんだね。」
シェイラ「ミュートにすればウチらのためだけのライブになるからそれもおすすめだよ!」
フィオ「しっ、もうすぐ始まる。」
ホログラムの観客たちが高揚感を抱えながら静かにし始める。視線が一点、ステージに降り注がれた。
アリア「みんな〜お待たせ〜!!!」
どこからともなくアリアちゃんの声が響いた。そして、光が降り注ぐ。みんなが一斉に天を仰ぎ見ると電子の羽をいっぱいに広げたアリアちゃんが舞い降りてきた。その神聖な姿に歓声が沸き立つ。
アリア「今日は来てくれてありがとうー!!楽しんでってねー!!」
割れんばかりの歓声。ライブが始まる。
圧巻のパフォーマンスだった。これがグランドマスターが生み出す魅力。インストール時にライブも見たけど、目で追う数が8人と分散してしまったのに対して今回は離れていてもアリアちゃん一人に刮目できる。元の歌唱力はさることながら、視線の動き、指先など随所をとっても見惚れてしまう。ステージ中の激しいライトを独り占めすると同時に全イストの視線も余すことなく掴んで離さない。この場はアリアちゃんによって統べられていることは確かだった。奇声に近い熱狂的な歓声が上げられるのはまだ余裕な方だ。呼吸も忘れて、ただただ視線を釘付けにして恍惚としているイストも少なくない。IDollのみんなは真剣な眼差しで余すところなくアリアちゃんを観察しているように見えた。同じパフォーマーとして一つ残らず吸収し成長の糧にしようという貪欲さに近いのか、その横顔にはそんな見覚えがあった。ステージ上のアリアちゃんは、IDollにこんなことを言うのもおかしいかもしれないけど、それは人間だったら天性の才で間違いないと思った。その場を支配しつつも自由に伸び伸びとハミングのように歌い、子供が楽しそうに無邪気に踊っているかのように舞う。ステージの演出も以前のライブとは比べ物にならず、ホログラムによる演出のバックダンス、四方八方に飛び交い幾何学的な模様を生み出すステージライト。想像が世界を生む自由なアイディアルの中ではもはやステージを正面にする既存の概念が存在しなかった。どこを見ても楽しめる、見ているだけでなく一緒にライブを作り上げているかのような体験的な楽しさが演出されていた。アリアちゃんが歌に合わせて電子の羽を今一度大きく広げる。自然な動きで脚に力を入れると羽ばたいた。前傾姿勢になり加速すると観客スレスレを羽ばたいていく。腕を上げたり指笛を鳴らしたり、大きく沸き立つ歓声にファンサービスをしながらステージを網羅すると、再び正面を高く舞い上がった、美しく舞い回ろうとしたその時―
―バツン!!
破裂音に近い音がしてアリアちゃんから一番近い大きなネオンが爆ぜた。
―バ!バ!バ!
困惑して動きが止まる観客と上空にアリアちゃんを取り残して、いくつかの大きなネオンが続けざまに激しいショート音を放って火花を散らし、切れた。
シキ「危ない!!!」
気がついた時には舞台装置のネオンのさらに奥から黒い靄のようなものがアリアちゃんへ向かって飛び込んだ。それが何なのか、ここからでは判別できなかった。僅かながらに靄からこぼれる残滓が電子の粒子であることだけが見える。それはアリアちゃんの背後に直撃し、彼女の美しい電子の羽を捥ぎ、地上に堕とした。ハウリングの音がステージに響く。目にも留まらぬ速さで地上にまで近づくアリアちゃんに対して、羽はふわふわと散らばって舞っている。誰かの悲鳴がステージに響く。
一瞬にして、混乱が会場に伝播した。
誰も、何が起こったのか理解できていない。
ただ、焦燥が全身を駆け巡り、冷静に考えようとする理性を削っていく。
アリアちゃんはスピードと高さに反して、特に大きな音も立てずベチャりと墜落した。その衝撃でユアディアル全体の照明に一瞬ノイズが走り、そのほんのひと時の、瞬きにも近い暗闇がさらに混乱を助長した。完全に硬直してしまう人。叫ぶことしかできない人。逃げ帰ろうと駆け出す人。誰かへ必死に指示を飛ばしている人——。人々がそれぞれ思い思い混沌に包まれる中、それらがすべて遠くのことのように感じた。アリアちゃんを襲った元を見ると、確かに見えた何かは跡形もなく消え去って一体何がどうなってこんなことになったのか全く見当もつかないが、宙に浮かぶ照明機材の先、そこで笑われているような気がした。そう、嘲笑。いや、ありえない。アリアちゃんを襲ったものすら見えない距離でそんな細かなこと判別のしようがないはずなのに・・・感じ取ったという表現が適切なような、背筋にスッと冷たい金属が一本通ったような感覚がした。次にアリアちゃんの様態を見ると、彼女の体にチュートリアル起動の際のクレアちゃんたちのように一瞬身体全体にノイズが走った。しかし、苦痛の表情はない。まっすぐ観客を見返している。自分を襲った原因を探るでもなく、ただ、楽しませるべき観客を第一に考え、状況を正確に読み取ろうと紅と金の瞳が場を見渡していた。人々の喧噪が耳を劈くはずなのに、音楽が途切れたことによる静寂だけが気になった。生き残った白い照明がピンスポットのように崩れ落ちているアリアちゃんをまっすぐと照らし、その顔は照明のせいなのか青白く見えた。
アリア「っ・・・。」
アリアちゃんのマイクが息を吸う音を拾う。立ち止まることしかできない者たちはその次にかけられる言葉に期待しただろう。それがきっと自分を緊縛から解き放つ合言葉になるはずだから。
アリア「~♪~♪」
しかし、期待と裏腹にアリアちゃんはその吸った息で歌を紡いだ。それは人を動かすのではなく反対に混沌の中闇雲に行動する人々の足を止め振り返らせた。全員が状況を正確に読み取れないまま息を吞んだ。本当の静寂がやってきた。アリアちゃんはゆっくりと立ち上がる。少しよろめく体を支えられるものは周りに無い。足に力を込め、観客をまっすぐ見つめた顔は驚くべきことにとても穏やかだった。まるで迷える者を導く女神のように、ここにいるすべてに安心感を与えて心を落ち着かせた。
誰も言葉を発せなかった。
―嗚呼、これが電子の女神。
アリア「~♪~♪」
アリアちゃんは歌いながら何かを召喚した。それは純白のスポットライトを乱反射してよく見えない。でも、光の反射具合から、ガラス製の何かかもしれない。それも緻密な作りの。アリアちゃんがそれを掲げるとガラスはさらに光を集め強く輝いた。集まった光が空へ打ち上げられ、それはドーム状に幾重にも分かれて散り、観客席に降り注いだ。粉雪のような、ガラスの粒のような粒子が照明に頼らずともキラキラと輝いて舞い降りてくる。これは・・・何かの加護?守護?そのようなものに受け取られた。そのことがより強い、絶対的に守られているという安心感を生む。そして、光の粒は完全に壊れてしまったライブ会場の至る所に散らばった傷跡に触れ、その力が壊れたライブを直してゆく。崩れた装置を復旧し、目が痛くなるほどの鮮やかなネオンが戻ってきた。しかし、その神聖な光景とは対照的にアリアちゃんの片翼はひどく損傷しノイズで乱れて正しく認識することができなかった。足元にはネオンに反射して輝く美しい羽が散らばっている。ふと気になって先ほどの何かがあった頭上を見渡すが、粒子が舞い散るばかりで何も見つけることはできなかった。アリアちゃんを襲ったものは確かとして、それ以外は本当に勘違いだったのかもしれない。わからないけれども。




