#12 電子の夏
クラウン「う〜ん…リズマスターの様子を見た感じ今はまだいいんじゃないか?」
クレア「マスターそれぞれにマイディアルがあり、他人のマイディアルをユアディアルと呼びます。サーバーに接続することで他のユアディアルにも訪れることができるんですよ。」
シキ「それを利用してグランドマスターと接触すればいいってことですか?」
リズ「そうだね、それしか方法はないかな。」
クレア「ただ…グランドマスターのユアディアルに訪れてもグランドマスターに会えるかどうかはわからないですね…。」
シェイラ「ユアディアル自体は誰でも行けるんだけどさ、イストが来てもマスター本人は基本放置なんだよね。大体みんなIDoll任せだし。」
シエル「まぁ、マスターの仕事は基本的に作曲だからなー。」
シキ「これはまた一筋縄では…」
リズ「いかないだろうね。でも、君たちの仕事が一筋縄だった試しがあったかい?」
シキ「…ないですね。」
リズ「当たって砕けろが君達の本分だろう?トライアンドエラーで頑張りたまえ。…さて、僕はここから別行動をさせてもらうよ。」
クレア「あ、最後に!」
フィノ「お手紙をもらってるんです。どのマスターに確認すればいいのかわからないので皆さんが揃っているうちに確認してもらってもいいですか。」
そう言ってフィノちゃんは下げているポシェットから一通手紙を取り出して渡してくれた。それは本来ならメール的データ文書であるはずだがアイディアルの世界に潜っている今ではこうした手紙になるのか。リズさんにもリアムさんにも見える位置で開封する。
瞬間。
シキ「!!」
目の前いっぱいにデフォルメチックな爆弾が溢れてきた。数字が減っていく。
3、2、1。
―ポン!
コミカルな音と共に爆弾は破裂して星屑が紙吹雪のようにハラハラと舞った。
クレア「善性のサイバーウィルス…!!」
クレアちゃんたちIDollが胸を撫で下ろすのが視界の端で見えた。それから、吹雪に混ざって一枚の紙が降りてくるのを掴んだ。
『せいぜい頑張れ。自分達の愚行に反省し、許しを乞うなら協力してやらなくもない。——ヴィンセント』
リズ「はーん。彼もやられっぱなしじゃ済まない性質か。そういうのは嫌いじゃないよ。じゃ、改めて僕は行ってくるよ。アイディアルの運営に取材をね、まぁ君達のことだからうまくやるとは思うけれども、一応中央サーバーにいると言っておこう。」
シキ「はぁ…わかりました。」
クレア「…あ!アイディアルをご利用されるのであればマスターのデータ保護のためにも最低一人はIDollを連れてください。お役に立つことをお約束します。」
リズ「わかった。郷に入っては郷に従え、だね。それじゃあ…ニーナ、頼めるかい?」
ニーナ「わかりました。」
リズさんが画面から離れると同時にニーナちゃんが電子となって姿を消した。
クレア「今のうちにリアムマスターも最低一人はお供するIDollを決めていただきましょうか。そうすれば別行動をした時も安心です。」
リアム「わーった。…でも、誰でもいんだよなぁ…。…じゃ、フィノ行くか?」
フィノ「!は、はい!頑張ります!」
リアム「おう!一緒に頑張ろーぜ!…それで、これからはどうするんだ。」
シキ「いきなりリズさんが離脱しちゃいましたもんね…。」
リアム「あの人本当は結構忙しいはずだもんなー。」
クレア「いつでもニーナとは連絡取れますよ?」
シキ「いや、なんでもかんでもリズさんに頼るのは…。何か小言を言われかねないし、あの人の信頼には応えたい、かな。」
クレア「わかりました。それではマスターたちの目標はグランドマスターたちへの取材、ですよね。…では、本日はアイディアルの散策として中央サーバーに向かわれるのはいかがですか?」
シキ「中央?リズさんのいる?」
クレア「はい、中央サーバーには運営の他に唯一マスターとして開発者のアーサーシリーズのユアディアルがあります。」
クレアちゃんがカレンダーを表示する。それはアイディアル全体に共有されているカレンダーのようで緻密にスケジュールが記録されていた。
クレア「今日はちょうどアーサーマスターのディアルでアリア・アーサー単独ライブが行われることになっているので、アイディアルの移動のチュートリアルと同時にアイディアル内でのライブを体感するのはいかがでしょうか?」
シエル「運が良けりゃそのままアリア・アーサーかアーサーマスターと接触できるかもしれないしな〜。」
フィオ「開発者のアーサーマスターへの取材実績があることは他のグランドマスターに取材する時、大きな足がかりになることは間違いないよ。」
リアム「確かにな。手がかりなんてねぇし、今はそうすっか。俺もダイブするよ。そっちで落ち合おう。」
シキ「わかりました。」
程なくして、電子が集まりそれがやがて人の形をとってリアムさんへと変わった。
リアム「お〜本当に来た…のか?見映えが変わんねぇからいまいち実感ねぇな。」
パチっと目を開けたリアムさんは周りをキョロキョロと見渡している。
フィオ「ボクたちがいることが証明だよ。」
リアム「お〜!マジだ!!ヨッ!」
フィオ「わっ。」
リアムさんはいつもどおりというか相も変わらずというか、両手でフィオくんの頭を掴むとわしゃわしゃと撫でた。いきなりの出来事でフィオくんは硬直してしまっている。撫で終わったフィオくんの頭は盛大にボサボサになり、フィオくんは満更でもないような、でも不機嫌で複雑な顔をして困惑していた。
クレア「では、全員揃ったようなので向かいましょうか。」
クレアちゃんがオフィスの入り口に立っている。
クレア「サーバーへの移動はウィンドウを開き、サーバーを選択の上、空間を隔てるものをくぐってください。次の瞬間には移動が完了しますよ。」
リアム「空間を…なんだって??」
クレア「わかりやすいのはドアとかなんですけど、ユアディアルによってはドアのない空間とかもありますので…入り口?と表現するのがいいんでしょうか…?そんな感じのものが必ずどこかにはあるので…。」
リアム「あー、なんとなくわかったわ。」
クラウン「こう、腕を横にシュッとやるとオプションのウィンドウが開けるよ。そこから選ぶんだ。」
シキ「こう?」
クラウンくんの動きを真似て視界を遮るように横にスワイプすると、何もない視界の端からウィンドウが引っ張られてきた。クレアちゃんの説明通りに移動のオプションを選択すると春夏秋冬、中央サーバーの全景が表示された。
クレア「そうです!そこを選択するのがショートカットですね。ですが今回ははじめてアイディアルを歩くのでお散歩がてらゆっくり行きましょうか。」
そう言うとクレアちゃんはオフィスの扉を開いた。いつもならその先はオフィスの廊下に出るはずなのにそこには見慣れない景色が広がっていた。
リアム「は〜!!」
オフィスの先は真夏の世界だった。おそらく太陽光ではないのだろうが、燦々と照りつける陽射しに若々とした緑が生い茂り、葉は光を受けて鮮やかに輝いていた。ネオンと夏の共存は、歪なようにも思えた。しかし、誰が作ったのかは知らないが、違和感があるのに不思議と気持ち悪くはなかった。自然におしゃれさが溶け込んだ夏。どこからでも見渡せる青々とした美しい海は生命力に溢れ、ゆっくりとした夏の時の流れをよく表現していた。不思議と暑さを感じないことに、妙な違和感を覚えた。体感できると言われたものの、どうやら現実と全く同じというわけではないらしい。それが少しだけ残念だった。夏の湿度の高い、じっとりと汗と服がまとわりつくあの感覚は今となっては珍しいことで個人的に好きではあるが、多くの人が不快感を感じて排除されたものであったし、これが最後の現実世界との差なのかもしれない。
暑くはないが眩しすぎる上からの光を和らげるためなのだろう。ここら一面天井には通常より気持ち大きめでさまざまな色と形の風鈴が敷き詰められ、それが影を落としていた。人工的な風が吹くたびに不規則な鈴の音が響く。少し向こうには、道沿いに風車がカラフルに並んでおり、柄が判別できないほどクルクルと回っていた。




