#11 マイディアル
リズ「“みたい”じゃないよ。幽体離脱だよ。——というわけで、シキくん、君の体はもう魂が抜けて死んでしまったから、此方に帰ってくることはできない。末長くそこで平穏な生活を送るといい。」
シキ「!?」
クレア「もうっ!リズマスター!お遊びが過ぎます!驚かせるならまだしもまだ安定していないシキマスターを怯えさせないであげてください!!」
リズさんの言葉にこわばった体を、誰かが優しく摩った。
フィノ「安心してください!ちゃんと帰れますから!」
さらに別の子に肩を叩かれる。
シェイラ「なんならいつでも帰れるしね。」
クレアちゃんがため息をつく。
クレア「きちんとご説明しますね。これが、アイディアルへ接続するもう一つの方法、“ダイブ”です。マスターにお届けした物を媒介にこうしてアイディアルの世界へ没入することができるんですよ。」
シエル「物はオレたちがマスターに合うものを選んで送ってるんだぁ、センスいいっショ?」
ニーナ「ダイブについて詳しくご説明しますと、ダイブは人間が睡眠時に起こすレム状態を応用した物です。つまり、簡単に言えば“夢”のようなものです。なので夢から覚めるように簡単に起きられて、いつでも体験できるんです。」
フィオ「だからマスターの体はちゃんと呼吸しているし、生きているよ。」
その言葉だけで、全身から力が抜けてどっと疲れがくるような気がした。
ニーノ「マスターが見るアイディアルの夢とインターネット世界のアイディアルを同期することでこうして“ダイブ”が可能になり、また、端末越しのユーザーの方とも交流ができるんです。」
リズ「アイディアルに入れば、絶対に悪夢を見ない、質の良い睡眠ができる、IDollに適切な時間に起こしてもらえることからアイディアルに入って寝たほうがいいという声も出ていたりするよ。」
シキ「そんな都合のいい話が…?」
リズ「まぁ、キミならそう疑うと思ってね。あんまり心配なようならこれでも読んだらいい。」
画面越しのリズさんから何やら書類のような物が渡されそれが目の前に張り出された。『アイディアルによる睡眠の質及びQOLの上昇についての研究結果』と書かれたタイトルにどうやら他所の国でのアイディアルに関する研究論文がまとめられていた。それに触れると、画面は書類へと変わり、茶封筒に一枚一枚収められて手元へと降りてきた。
クレア「後で確認されますか?」
クレアちゃんの言葉に頷くと、クレアちゃんが手元の茶封筒を軽く持ち上げるようにして手を離すとそれは意志を持ったように飛び上がり、画面前のフォルダへと向かい、電子となって散り、収まった。
クレア「このようにダイブでは画面越しで行われていた全てを体感することができるんです。」
リアム「へぇー!面白そうだな!」
クレア「はい、なのでダイブはゲーム感覚としても、観光、娯楽感覚としても人気があります。」
リズ「全てを画面越しで行うのは君たちにとって退屈で厳しいものだろう。だから体感型なんて君たちにピッタリじゃないか。」
リアム「なぁ、でもそれって俺たちがアイディアルの中で対面をやっても向こうが画面越しなら結局画面越しなんだろ?今のシキみたいにさ。」
リズ「いや、そうでもないよ。アイディアルが完全普及した今、人々は元の世界を捨て、それぞれのマイディアルへ閉じこもるようになっている。捉えようによっては、人類の生活そのものが徐々に電子上へ移り変わり始めているのさ。」
シキ「これで、やっとみんなに追いつくわけなんですね。…なんだかなぁ。」
リアム「なぁ、IDollたちには悪いんだけど、結局ネット上で対面?リアル?体感?すんならさ、なんで実際の世界じゃだめなんだよ。生まれた世界否定してまで電子ですることか?そんなのって生きてるって言えるかよ。」
シキ「!…それはずっと、ずっとみんなに、周りの人たちに対して思ってました…。」
どうして彼らはこの温度を、肌に触れる生の質感を捨ててしまったのか。なぜ、我々は外れ者になんてされてしまったのか。
リズ「…彼らにも色々理由はあるよ。」
そう言うリズさんの声音はいつもより少しだけ柔らかかった。
リズ「例えば、物理法則がない電子世界の方が弊害がない。言語も距離も一切が阻むことのない自由だ。実際の世界では不可能だと言われることも電子世界ではプログラムが組めるだけで実現可能になる。他には、…IDollサービスに限った話で言えば、現実には、彼女たちはいない。——存在できない。」
すぐ隣にいる、みんなを見る。みんなは当然のように笑い返してくれた。当たり前の話のはずなのに、胸の奥が少しだけざわついた。そこに絶望を感じる人も確かにいるのかもしれない。そこについて語る資格は、まだあまり知らないこちらにはないんだと思う。
ニーナ「ですが、人間には夢を実現させる力があります。そこで立ち上がったのが、IDollアンドロイド化計画。IDollに物理的な肉体、人間に限りなく近づけた精巧なアンドロイド体を与えることで現実でもIDollによる手厚いサポートが行える、というものです。」
シキ「それは…。」
——それは、少し怖いと思った。人間は果たしてどこまで進んでしまうんだろうか。
リズ「その話は最近正式に公表されて話題になってきているね。直に全メディアが取り上げてその話で持ちきりになるだろう。それを見通してさらなる浸透、イメージアップを図るために今回の大型イベントが開催されることになったのだよ。」
なるほど、そういう経緯でこの会社に話が舞い込んできたのか。会社総出でこのイベントに力を入れているようだけれど、それは単にIDoll人気に乗っかった企画というわけじゃない。この社会そのものが、大きく変わろうとしている流れの上にあるイベントなんだ。
クレア「今でもできる限りのお手伝いは現実世界でもできるようになっているんですよ。マスターたちの所持している端末に接続を許可していただければ、アイディアルを起動しなくても、アイディアルの範囲に限らず、私たちがお側に居られるんです!」
シェイラ「ネットワークに関してはウチらの右に出る物はいないって!じゃんじゃん頼ってね!」
リアム「昔の携帯にそういう執事系のサービスがデフォルトで入ってたやつあったよな?」
シキ「あんまりにもくどいから最終的にはウザがられちゃったやつですよね。」
シエル「ハァ〜??旧式と一緒にすんなし!!」
フィオ「そうだよ、ボクたちはちゃんとマスターの心を理解して空気が読める。」
フィノ「あ、あのぉ〜…。」
IDollたちからの反撃が白熱してきたところでフィノちゃんからの静止が入った。
フィノ「そろそろ、ここ(マイディアル)の説明をしたほうがいいんじゃ…?」
クレア「そうだね。僭越ながら話を戻させていただいて…。マイディアルの説明をさせていただきますね。」
フィノちゃんがここを指していたことからこのバーチャルオフィスについての話なんだろう。
クレア「マイディアルとはもうお察しの通り、ここのこと。ここはマスターだけのスペースとなっておりますので、マスターの世界観に合わせたカスタマイズを私たちがご用意します。もちろん、マスターが手動で変更することも可能ですよ。とにかく、マスターにとって好きな場所、落ち着く場所になるようになっています。今は代表者としてシキマスターに合わせた内装にしているんですよ。」
リズ「へぇ〜、つまりシキ、君はここが一番好きで落ち着く場所だと思っているのかい?」
シキ「っ!」
リズさんのニマニマ顔が画面いっぱいに映し出される。後ろのリアムさんも何かを言いたそうにとても嬉しそうにしている。別に隠していたわけでもなんでもないけれども、伝えていなかった思いを暴かれるととても恥ずかしく感じてしまう。そっと画面から顔が見えないように背けた。その背後でフィノちゃんが耳打ちでクラウンくんに相談する。
フィノ「…ねぇ、クラウン。マスター3人とも同じ想いだったから代表してシキマスターに合わせたって…今、言った方がいいかな?」




