#10 鍵
あぁ、ルベンさん本当にお疲れ様です…。ギルバートさんと面識があるというのはこういうことで、何を隠そうギルバートさんはルベンさんの上司で、意味もわからないタイミングでちょくちょく顔を出してくる人だ。
だから自然と面識がある——というわけだ。
ギルバート「リズ班はいつも通り取材担当だろう?アイディアルの取材なんて、なんてfascinating なんだ!もちろんとなればグランドマスターへも取材するんだろう?」
リズ「そのつもりだよ。」
ギルバート「Oh!それは楽しみダ!イチ読者としてネ。」
リズ「何かアドバイスでもくれるのかい?君もアイディアルじゃ相当有名なんだろ?」
ギルバート「私は作曲せず、愛を育んでいるだけだがネ。Humm…攻める手立ては幾つもあるダロウ、身近なところからでもヨシ、手の出しやすいところからでもヨシ。まぁ、とにかく、頑張ってくれ!」
そう言ってギルバートさんは抵抗するルベンさんをずるずると引きずって回収してしまった。何やら物凄く必死にルベンさんが叫んでいたけれどもその全てをギルバートさんは適当に流していた。全く話が噛み合っていない。
ところで、ギルバートさんが言っていた、“グランドマスターに身近なところ”とは、どういう意味なのか見当もつかず、妙に引っかかった。もしかしたら接しやすいという意味なだけかも知れないが。
リズ「本当にそれだけを言いに来たんだろうな、アイツは。変わってる奴だからなぁ。」
リズさんに変わってると言われてしまっては、もう終わりだと思う。けれども、ヴィンセントさんやギルバートさんを見てると自分はリズ班が一番合っていて、リズさんの元にいられてよかったと思う。
リズ「さ、僕たちももう帰ろう。今日一番の大仕事は終えたからね。」
シキ「はい。」
*
次の日、いつも通り会社を訪れると自分の机の上に小包が置いてあった。
シキ「これは…。」
リズ「やぁ、おはよう。」
あまりの珍しさに困惑していると、すでに出社していたリズさんが後ろから声をかけてきた。
リアム「アイディアルドールからだってよ。」
シキ「アイディアルドール…?」
飲み物を持ってきたリアムさんが状況を察し言葉を足すが説明になっていなくてますます困惑する。
リズ「まぁ、とりあえず開けて見たまえ。」
リズさんに言われるがままに開けてみる。中には首にかけられるようにネックレスの革紐がついた装飾品用の豪華な鍵が入っていた。
シキ「これは…?」
リアム「お、シキ“は”鍵だったか〜!」
リアムさんが手元を覗き込んでくる。
シキ「「は」ってことはリアムさんもIDollから何かもらったんですか?」
リアム「あぁ、俺はこれ。」
そう言ってリアムさんはシャツの中に下げていたものを取り出して見せてくれた。この人、もう身につけてたんだな。それは、木製の鳥のような…。
シキ「…?」
リアム「鳥笛だよ。尻尾の先に息を吹き込むと鳥みてーなキレーな音がすんだ。」
リズ「僕ももらったよ。どうやらマスター登録すると貰えるみたいだね。」
リズさんの指差す先には彼の整理された机の上にガラス製の綺麗な置物が二つ並んでいた。
シキ「えっと、これは…特典、みたいな?」
リズ「いいや、ちゃんと意味があるよ。前にIDollたちが話していたアイディアルへのもう一つの接続方法だ。」
シキ「え…?えっと…。」
話がいまだに飲み込めない。何かの冗談やドッキリではないかと、困惑しながら周囲を見渡しているとリズさんがこちらのパソコンを起動した。
リズ「それ、強く握ってごらんよ。」
リズさんが手元にある鍵を指差して言ってくる。
シキ「…お二人はもうその接続ってやつをやられたんですか?」
リズ「いいや。」
キッパリと言い捨てられる。
リズ「君が第一号、もとい実験体だ。」
笑顔でサラリと不吉なことは言わないでほしい。リズさんの言葉のチョイスに嫌な予感がした。自分の椅子を膝下まで転がして座るように仕向けられる。
シキ「…。」
リズ「…。」
訴えるように見つめてもこの人のニコニコ顔は崩れない。…だめだ、この人には敵わない。
リアム「本当にビビっているようでありゃ、この先輩が代わってやるからな!」
リズ「大丈夫。シキはそんなタマじゃない。そうだろう?」
見透かされているように視線を送られる。本当に敵わないなこの人には。
シキ「まぁ、やりますけど…。」
リアム「おー!偉いぞ!」
リアムさんに頭を鷲掴みにされるようにわしゃわしゃと撫でられる、その乱暴さに首がぐらりと揺れ、視界がぶれた。
シキ「じゃあ、行きますよ…。」
一呼吸置く。二人に見つめられていることへの気恥ずかしさと、これから起こる未知への緊張を少しだけ落ち着けて、胸元に上げた鍵を両手で包んで、ぎゅっと力を入れた。
鍵を握る。
——
「生体認証クリア、マスターシキ」
途端、鍵から眩い光が溢れ出し、視界を埋め尽くした。
——現実の重力が、ふっと消える。
*
「―!…スター…!マスター!!」
次に目が覚めると視界いっぱいに黄金が煌めいていた。
シキ「…?」
エメラルドの瞳が安堵によって揺らぐ。
シキ「クレアちゃん…?」
そこには昨日画面越しで出会ったクレアちゃんが逆さまに顔を覗き込んでいた。誰かの手に支えられたまま体を起こすと、どうやら、クレアちゃんに膝枕をしてもらっていた状態のようであった。意識を視界に戻すと、クレアちゃんが二人、まるで鏡写しのように覗き込んでいた。
クラウン「まだ、少しだけ混乱が見られるな。」
シェイラ「は〜!よかったぁ!あんまり心配させないでよねマスター?電子の海での意識混濁とか洒落にならんて。」
フィノ「多分、緊張しすぎて意識が動転しちゃったんだと思う。」
フィオ「別にダイブ初めてにはよくある事例だよ。」
いろんな人が口々に何かを言っているのがぼんやりと聞こえる。
ここは…。
いつも通りのデスク、部屋いっぱいに飾られた多種多様な観葉植物、居心地の良いソファー、おしゃれなむき出しのコンクリと煉瓦の壁。
クレア「マスター、おかえりなさい。どこか具合の悪いところとかありませんか?」
シキ「あぁ、うん。平気…まだちょっとだけ頭がぼーっとするけど。」
いつもの仕事部屋…とは言えない決定的な異物が視界を占める。部屋いっぱいに広がるホログラムのスクリーン、そこには…。
リズ「やぁ、無事接続できたみたいだね。」
鏡越しに同じ仕事部屋にいるリズさんとリアムさんが写っていた。
シキ「???…?」
改めて頭を落ち着けるように周りを見渡す。いつも通りの仕事部屋、そこにはいつもいるはずのリアムさんやリズさんが生身でいなくて、その代わりいないはずの、昨日まで画面越しで会ったクレアちゃんたちがそこにはいた。そして、反対にデカデカとしたスクリーンの向こうにリズさんたちがいる。
シキ「えっと…?つまり…??」
リズ「君は晴れて画面の世界の中に入り込んだというわけさ。あの鍵を使ってね。」
シキ「…。」
驚きのあまり、声が出ない。置いていかれそうな思考を、なんとか引き戻す。平面の向こう側だと思っていた世界に、立体のこちら側から入り込んでいる——ついにそんなことが可能な世の中になっていたのか…。
シキ「か、体はどうなっちゃったんですか…?」
リズ「安心したまえ、そこのソファに寝かしているよ。」
シキ「…リズさん、このこと知っていましたね?」
リズ「当然だよ。事前情報もなしになんでもホイホイやらないよ。君じゃあるまいし♪」
実験体、その言葉を思い出した。こういう意味だったのか…。にしても、なんでこんなに楽しそうなんだこの人は。
リアム「はぁ〜、なんか幽体離脱みたいだな。」




