91 錬金釜と錬金台の違いは見た目だけじゃなかった模様
白粉に毒が入っていると聞かされて動揺しているクラリッサさん。だからそれが落ち着くまで少し待とうと思ったんだけど……。
「アイリスさん。その毒というのはどういう物でしょう? 私もこれの制作にかかわっているので聞かせてはもらえませんか?」
なんと錬金術師であるカレンさんが、化粧品の生産にもかかわっているとは。
それなら毒と聞いて黙っていられないよねと思った私は、クラリッサさんをほったらかしにしてカレンさんと話をすることにした。
「この二つの白粉、どちらをここで作っているか解らないけど片方には鉛が、もう片方には水銀が入っているわよね?」
「はい。鉛は私たちが作ったものに使っていますし、水銀は隣国から輸入したものに入っています」
あら、ここも室町時代の日本と同じなのね。確か国産が鉛入りで、明から輸入したものには水銀が入っていたはずだ。
「そのどちらかが、体に害を与えるのですか?」
「どちらかじゃなくって、どっちもだよ。少なくとも私の国では100年程前から使用が禁止されてるわね」
この返事は予想外だったようで、カレンさんはうろたえてしまった。
でも、横で他の人がその状況になると冷静さを取り戻すのかなぁ。今度はクラリッサさんが聞いてきたのよ。
「でも、そのどちらかを使わないと肌に光沢が出ないわよ」
「うん。それにのびが良くなるから、使いやすいそうね。だから私の国でも昔は使われていたみたい」
腕を組みながら、うんうんと頷く私。
「それでも、その二つを肌に塗るのはやっぱりお勧めしないよ。その毒は口からはもちろん、肌からも吸収するそうだし」
「そうなのですか?」
鉛も水銀も金属だからなのか、肌からも吸収すると聞いて驚くクラリッサさん。
「それに一度体に入ると排出されにくいからどんどん蓄積していくの。そしてそれが一定量になると手足がしびれだして、最悪の場合思考力が低下したり目や耳が利かなくなってしまたりするなんてこともあるそうよ」
「まさか、そんな!」
これにはクラリッサさんもカレンさんも、かなりショックを受けているみたい。
そりゃそうよね。自分たちが作ったり売ったりしていたものが、そんな危ないものだと聞かされたのだから。
「どうしましょう。私、いま当商会の化粧品を使ってしまっています」
「私もよ。だって自分の店の製品だもの」
違った。自分たちが毒を肌に塗っていると聞いて慌ててたのか。
でもそのままだとすぐにでも顔を洗いに行きそうだったので、いったん落ち着いてもらうことに。
「そんなに慌てなくても大丈夫。さっきも言ったでしょ。体に蓄積するとそんな症状が出るって言うだけだから」
「そっ、そう言えばそうでしたね」
私の言葉に、ひとまずほっとした表情になる二人。
「でも、さっきも言った通り使い続けるのはお勧めしないかな」
「そうですね」
クラリッサさんは頷いてくれたんだけど、カレンさんはちょっと浮かない顔に。
「どうかした?」
「はい。鉛を使ってはいけないとなると、これからどのようなものを使用すればいいのかと思いまして」
ああ、そうか。代替え案も無しに使っちゃダメと言われたら、製造している側からすると困ってしまうよね。
ってことで、代わりになるものを教えてあげることにした。
「あまり高価なものは使えないだろうから、酸化亜鉛なんかどうかな?」
「それはどんなものなのでしょう?」
「文字通り、亜鉛を酸化させた物質のことよ」
これって科学的に作ろうと思うとかなりの設備が必要みたいだから、本来なら軽い気持ちで進められるものじゃなかったりする。
でも、私たち錬金術師ならそんなに難しいことじゃないのよね。
「錬金術で生鉄に炭素を加えて鋼にしたりするでしょ。あれと同じで、亜鉛に酸素を加えれば酸化亜鉛ができあがるのよ」
「錬金術で鋼を作る、ですか?」
ちょっと何を言ってるか解らないという顔のカレンさん。
そしてそれを見たクラリッサさんが、はぁ~と大きなため息をつきながら私の肩を叩いたのよ。
「アイリスさん。さっき私が驚いたのを忘れたの? この国の錬金術師は、金属の合成なんてやらないの」
「あっ、そうだった!」
間抜けなことに、自分ができるから錬金術師なら簡単にできると頭から決めつけてしまっていたのよね。
でもカレンさんからすれば今まで想像もしていなかった錬金術での金属錬成を、さも簡単なことのように語られたら困ってしまうのは当たり前か。
「えっと……でも、錬金台と錬金釜の構造はほとんど同じなんだし、カレンさんでもきっとできるわよ」
「ほとんど同じでも、まったく同じという訳じゃないのよね? 本当に錬金釜で金属の錬成はできるの?」
ジト目でそう言うクラリッサさんに、ウッと一瞬たじろいでしまう私。
確かに素材を置く場所が決まっている錬金台と、すべて釜の中に入れてしまう錬金釜では同じように金属の錬成ができるとは限らないわよね。
「それなら一度やってみようかな」
「アイリスさんが、錬金釜で金属の錬成をするの?」
「うん」
金属の錬成をしたことがないカレンさんに錬金台を使わせるより、私が錬金釜を使ってやった方が本当にできるかできないかがはっきりするでしょ。
ってことで、さっきと同じように銅と亜鉛を錬金釜に入れて真鍮を作ることに挑戦!
その結果はというと……。
「ダメかぁ。どうやら錬金釜じゃ、金属の錬成はできないみたい」
どうやら錬金釜は液体の錬成に特化した魔道具みたいで、力場こそ発生するんだけど金属同士を合成させることはできなかったんだ。
「そもそも配合割合を指定するところまでも行けなかったから、もし合金が錬成できたとしても使い物にならなかったかも」
「ということは、金属の錬成はアイリスさんが使っている錬金台を使わないとダメなのね?」
「うん。そうみたい」
ってことで、今度はカレンさんに錬金台を使っての錬金術に挑戦してもらうことに。
「いきなり金属は難しいだろうから、まずは魔力回復薬から行ってみたよう!」
ここには私の持ってきたものだけじゃなく、いつもカレンさんが使っているという薬草もあるでしょ。
だから使い慣れた薬草と私の持ってきた蒸留水を使っての錬金だ。
「どう? 使い方は解りそう?」
「はい。魔力を通す場所を教えてもらったので何とかなりそうです」
カレンさんはそう言うと、錬金台に魔力を通して起動させた。すると私が使った時と同じように錬金台の上に力場が生まれて、素材がその中へと吸い込まれて行く。
「あっ、ここからはいつもと変わらないかも?」
カレンさんの言う通りさっき錬金釜で作った時と同じような反応が力場の中で起こって、MP回復薬が無事完成した。
「どうやらカレンでも錬金台を使えるみたいね。それで、金属の錬成はできそう?」
「いや、それは流石にやってみないことには」
苦笑いするカレンさんに、それならやってみましょうよとけしかけるクラリッサさん。
私も早く結果が知りたかったから、すぐさまさっき錬金釜での錬成に失敗した銅と亜鉛を所定の位置に置いたのよ。
「金属錬成の中でもこれは一番簡単な部類に入るから、きっと大丈夫。やり方は教えるから、とりあえずやってみよう!」
ゴーゴーとこぶしを突き上げながらそう言うと、カレンさんはまたも苦笑しながら錬金台に向き合ってくれた。
「それでは行きます」
私に教えられながらの、初めてやる金属錬成。でも、そこはウォルトン商会ガイゼル支部の主任を務めているほどの錬金術師ですもの。
特に何の問題も無く、カレンさんは無事真鍮の錬成に成功したんだ。




