89 へぇ、錬金釜ってこうなってるんだ
クラリッサさんが部屋の外で控えていた人に声をかけてから数分後。
コンコンコン
部屋にノックの音が響き、失礼しますと言って一人の女性が入って来た。
「支部長、何か錬金術のことで御用があるとのことですが?」
「ええ。前に話したでしょ、アイリスさんという外部の錬金術師を雇ったって。今日来てもらえたから、顔合わせをしようと思ったのよ」
クラリッサさんはそう言うと、私の方に向き直ってその女性を紹介してくれた。
「うちの錬金術部門の主任をしているカレンさんよ」
「カレンです。よろしく」
そう言って頭を下げているのは黒に近い藍色の長い髪を結いあげている大人の女性で、きりっとした表情の美人さん。
瞳の色も黒っぽい茶色なので、もし肌の色がモンゴロイドに近かったら日本人の転移者かと疑ってしまうような見た目なの。
ただ身長がこの世界の女性らしく170センチくらいの長身だし、肌も地球で言うと白人に近い感じだから流石にそんなことはないだろうけどね。
「アイリス・フェアリーガーデンです。こちらこそよろしく」
私がそう言って頭を下げると、カレンさんは少し戸惑うような表情をした。
これはあれだな。私の見た目から小さな子供の錬金術師だと思ったのに、対応が大人のそれだったから驚いたのだろう。
クラリッサさん曰く、この世界基準でいうと私の見た目は8歳くらいらしいから無理もないけどね。
「アイリス・フェアリーガーデン様、ですか? ファミリーネームがあるということはもしかして、貴族に連なる方なのでしょうか?」
あっ、違った。そう言えばこの世界って、苗字があるのは貴族か一部のお金持ちだけだっけ。
「他国の人とは聞いていたからファーストネームがある文化圏なんだろうなぁと思ってたけど……違うわよね?」
「えっと、貴族ではないかな。立場的には近いものがあるけど」
設定上は女王ですとは流石に言えないから、苦笑しながら言葉を濁しておく。
「まぁ一人でふらふらと他国に来て、そこに住みつける程度の存在と思ってもらえばいいかな」
「訳アリってこと?」
「うんにゃ。ご存じの通り、連絡したらお付きのメイドを送ってくれる程度には大事にされてるわよ」
本当は国の運営を部下に丸投げしている無責任女王ですなどと、これまた言えるはずもないのでまたも苦笑いでごまかす。
「まぁ、いいわ。そう言う立場の人もいるだろうし、アイリスさんはアイリスさんということで」
「そう対応してもらえると、私もうれしいかな」
そう言って笑い合った後、話を元に戻す。
「ところで、このカレンさんが錬金釜を見せてくれるのよね? でも、持ってきていないように見えるんだけど……もしかして小型化できる魔道具だったりするの?」
「いえ、流石に応接室に運び込むわけにはいかないので、隣の部屋に置いてあります」
ここは本来商談なんかに使う所だから、調度品なんかもいいものが置いてあるのよね。
そんな所に錬金窯を持ち込んで、もし間違ってテーブルにぶつけて傷をつけたりしたら大変だからとこの部屋には持ち込まなかったらしい。
「すぐにご覧になりますか?」
「うん。早く見てみたい」
私が前のめりにそう答えると、カレンさんはクスっと笑いながら扉へと移動。
「では参りましょう」
そのまま扉を開いて、私とクラリッサさんを隣りの部屋へと案内してくれたんだ。
「こちらが、私たちが使っている錬金釜です」
「へぇ、思ったより大きくないのね」
錬金釜というくらいだから、物語に出てくる魔女の大釜を想像していたのよね。
でもそこにあったのはこじんまりとした、茶道のお茶会に使う鉄釜くらいの大きさだったものだからちょっとびっくり。
「よく調べてみてもいい?」
「どうぞ、ご自由に」
カレンさんの許可が出たということで、近くによって観察開始。
「へぇ、魔石や魔法陣が使われてるのね」
なんとなく私の使ってる錬金台に似ているなぁと思いながら、さらにしらべるコマンドを使ってみる。
「へぇ、意外。見た目は全然違うのに、基本構造は私の使ってる錬金台とほとんど同じなのかぁ」
「見ただけで、そんなことが解るのですか?」
「うん。私もクラリッサさんと同じように、物を調べる魔法が使えるからね」
私がそう言うと、クラリッサさんは少し驚いた顔に。
「気付いてたの?」
「そりゃあそうだよ。だってあんなに何度も使っている所を目の前で見せられたんだから」
私は笑いながらそう答えると、続けてカレンさんに質問する。
「私の考えが正しいか知りたいから、実際にこれを使ってみてもいいかな?」
「はい。私も他国の錬金術師がどのようにポーションを作るのかを見てみたいですから」
カレンさんの許可が取れたということで、早速錬金開始。作るのは先ほど話題になったMP回復薬だ。
私は鞄に手を突っ込むと、ストレージからぺスパ近くで採れた薬草と蒸留水の入った小瓶を取り出した。
「あっ、それって」
「うん。クラリッサさんも、本当にこの薬草で魔力回復役が作れるのか知りたいでしょ」
私はいたずらっぽく微笑みながらそう言うと、そのまま材料を錬金釜の中へ。
これが錬金台だと置く場所が決められているんだけど、こちらは釜の中に入れればそれでいいみたいだからそのまま魔力を通して錬金術を発動したの。
「当り前と言えば当たり前なんだろうけど、窯の中に力場ができるのね」
錬金台だと空中に球体が浮かび上がるけど、こちらは鍋の中全体が力場になるみたい。
錬金術を発動することで釜の中に入れた素材どうしが反応して、あっと言う間にMP回復ポーションが完成したんだ。
「はい、クラリッサさん。さっきの薬草で作った魔力回復薬だよ」
「ちょっと貸してみて。……ほんとに魔力回復薬だ。でも、なんで?」
そう言って首を傾げるクラリッサさん。
その様子を見て疑問に思ったのか、カレンさんが聞いてきたんだ。
「えっと、どうされたのですか? アイリスさんが私の錬金釜を使って錬金術を使えるかを調べていたのですよね?」
「アイリスさんが使った薬草なんだけど、実はさっき私が調べた所、魔力を回復させる成分がまるで入っていなかったのよ。それなのに、なぜかこれができちゃったのよね」
そう言って、私の作ったMP回復薬を掲げるクラリッサさん。
これにはカレンさんもものすごく驚いたようで、どういうことなのかと私に詰め寄ってきたんだ。
「支部長の言っていることは本当ですか?」
「ええ、そうよ。でも私からすると、成分が入っていないと言われたことの方が不思議なのよ。だって現に、回復薬が作れるんだもん」
でも、本当になぜこんなことになってるんだろう?
「ここで作っているっていう魔力回復薬に使う薬草、いま在庫ある?」
「ええ、ありますけど」
「なら、それを見せてもらえないかな? そしたら理由が解るかもしれないし」
ここで話し合っていても答えが見つかるはずもないでしょ。だから私は実際に二つの薬草を見比べてみて、その理由を知りたいと思ったんだ。




