87 ゲームとこの世界の魔道具は基本コンセプトが違う
薬品や化粧品のサンプルを眺めること30分ほど。
コンコンコン
「はい。開いてますよ」
軽快なノックの音が聞こえたのでそう返すと、ガチャリとドアが開いてクラリッサさんが入って来た。
「待たせちゃったみたいでごめんなさいね、アイリスさん」
「仕事の来客だったんでしょ。仕方がないよ」
そんなことを言い合いながら、私たちはソファーに腰を下ろす。
「それで、今日は砂糖が作れる目途が付いたから来てくれたのよね」
「最初がその話題か! いや、一応進展はあったけど」
そもそもウォルトン商会から来て欲しいと使いを送って来たのに、何を言ってるんだこの人は。
そう思いながらジト目でクラリッサさんを見たんだけど、
「えっ、本当に進展があったの!?」
彼女からしたらほんの冗談だったらしく、逆に驚かれてしまった。
「それじゃあ、アイリスさんの国にあるものと似たようなものが本当にこの国にもあったのね?」
「うん。この間見せたものと違って少し茶色いけど、砂糖が精製できることは確認したわ。ただ本来はもう少し寒くなってから収穫する根菜らしくて、本当にこの地で栽培できるかどうかは春に種を植えてみないと解らないけど」
見つけたビタービートは気温が落ちることで根に糖分を蓄えること。それ故に本来はまだ収穫時期じゃないし、種が採れるのももう少し先だと伝えたんだ。
「でも、自生しているのは確認できたのよね?」
「それは間違いないんだけど、自生しているものはガイゼルより魔素が濃い場所で見つかったのよ。だから森に近い私の家の近くで栽培実験をやってみようと思ってるわ」
「魔素?」
あれ? ここでは言い方が違うのかな?
クラリッサさんが首を傾げたので、もう少し解りやすく説明することに。
「この周辺で言うと、薬草は森の奥へ行くほどよく見つかるわよね。あれは森の奥の方が魔素が濃いからなの。魔物も魔素が濃い場所を好むから、濃い場所ほど強い魔物が住んでいる傾向にあるわ」
龍峰山脈なんてその最たるものよと話すと、クラリッサさんはそうなんだと感心したような顔をする。
「強い魔物が住む場所には、そんな要素が絡んでいたのね」
「よくよく考えたら普通は魔素を計るものなんて持ってないだろうから、知らないのも当たり前か」
「えっ、アイリスさんは持ってるの?」
これまた驚いたような顔で聞いてきたものだから、私はちょっと苦笑い。
「持っているというか、家についているのよ。魔素の量によって使える魔道具の量や質が変わるから」
「待って。それじゃあ魔素って、私たちの周りにある自然魔力のことなの?」
「ああ、そうか。魔力と言った方が伝わりやすかったんだね」
この世界の魔道具は基本、魔石を燃料にして動いているそうな。
でも弱い魔力でも動く街灯のようなものは、周りの魔力を吸収する仕組みを導入することで数時間光らせることができるんだって。
だからクラリッサさんは魔道具の話から、私の言う魔素が魔力のことだと理解したみたいね。
「ん? ちょっと待って。もしかしてアイリスさんの国の魔道具って、燃料である魔石を必要としないの?」
「うん。というか、魔石を燃料にして動く魔道具なんてあるんだってここに来て初めて知ったわ。私の認識では、魔石はあくまで魔道具を作る素材の一つだもん」
私が使っている家も魔道具も、元々はゲーム由来のものだ。
そこでは当然燃料を補給するなんてことはなかったから、動いている理由付けとして魔素を必要としているんじゃないかな?
おかげでぺスパの家ではちょっと不自由してるけど、それでもこの世界の人たちからしたらとんでもなく便利な状況のようね。
「一度アイリスさんの国の魔道具を、この世界の魔道具職人に見せてみたいわね」
「う~ん、それはやめといた方がいいと思うよ。多分理解できないだろうし、混乱させるだけだから」
私がそう言うと、クラリスさんはちょっとむっとした表情で言い返してきた。
「それは、この国の魔道具職人のレベルが劣っているということ?」
「ううん。どっちかって言うと技術コンセプトの根幹がまるで違うというのが理由かな。多分この国の技術をよく理解している人ほど、違いがありすぎて訳が解らないと感じると思う」
何を言われているのか解らないのか、また首を傾げるクラリッサさん。
「根幹というと?」
「この国は魔石という燃料が手に入りやすかったから、それを効率よく使えるように技術進化してるわよね。それに対して私の国は魔素が豊富だったから、それを効率よく使えるように技術進化が起こったのよ」
蒸気機関しか知らない人に、こちらの方が便利だからとバッテリーを渡しても使い方が解るはずがないでしょ。
逆に蒸気機関をまるで勉強したことがない現代人なら、石炭を渡されてもそれをエネルギーに変換することは多分できないと思う。
実際、私自身が石炭を渡されてもまず間違いなく途方に暮れるからね。
「そもそもの成り立ちや発展した経緯が違うもの。同じ事象を起こすのに魔石を使うか魔素を使うか。一見するとただそれだけしか違わないように見えるけど、どちらも何十年何百年という積み重ねで進化してきた技術なんだから、そう簡単に理解できるものじゃないと思うわよ」
「なるほどねぇ」
私の話を聞いて、納得顔のクラリッサさん。
よかったわ。あの様子からすると、ちゃんとけむに巻くことができたみたいね。
正直この話はあまり深堀するととんでもないことになりそうだから、いいタイミングだからと私は話題を別のものに切り替えることにしたんだ。
「そう言えばあそこにあるポーションサンプルだけど」
私は先ほどまで見ていたサンプルが置かれた場所を指さしながら新たな話題を振る。
「ああ、あれを見たのね。アイリスさんのポーションに比べたらかなり落ちるでしょうけど、あれでもうちの主力商品なのよ」
「へぇ、そうなんだ。それで、あれを見た時に思ったんだけどMP、魔力を回復するポーションが無かったみたいだけどなんで?」
白粉の話にしようかとも思ったけど、さっきまで魔素の話をしていたでしょ。
だからそこから思い出したかのようにMP回復ポーションが無かったという話をすると、クラリッサさんはあっけらかんとその理由を教えてくれた。
「ああ、それは置いても仕方がないからよ」
「仕方がない?」
「ええ。だって冒険者は使わないから小売店の人たちは仕入れてくれないもの」
これを聞いて、私はびっくりしたんだ。
「なんで? 冒険者だって魔法を使う人くらいいるでしょ?」
「いないわよ。だって魔法はアカデミーで勉強しないと使えるようにならないんだから」
曰く、冒険者というものは農家の三男以降や働き口がなくて仕方なくなる人たちがほとんどらしい。
それに対して魔法というものは学問だから、当然ちゃんとした教育機関で学ばなければ使えるようにはならないでしょ。
そんなお金が払えるような人たちは危険な冒険者なんかにならないから、魔法が使える人は冒険者の街であるこのガイゼルにはほとんどいないそうな。
「神殿では使われているから、当然うちの商会でも扱っているわよ。でもそう言う所は毎回一定数を納品する契約になっているから、この場所にサンプルを置く必要はないってわけ」
「なるほどねぇ」
そう納得しかけた私に、クラリッサさんはとんでもない爆弾を落としてきたのよ。
「それに、魔力を回復するポーションに使う薬草はとても希少だもの。ポーションは時間とともに劣化するんだから、こんなところに並べておくなんてできないわよ」
えっと……その希少とか言ってる薬草、ぺスパの家の近くにたくさん生えてるんですけど。




