86 道が悪くても自転車の方が乗り合い馬車よりもはるかに早くて快適
フローラちゃんとリーファちゃんから質問攻めされた次の日。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「はい、お気を付けて」
私は作ったばかりの自転車に乗って、ガイゼルにあるウォルトン商会に向かったの。
「流石に、ゴムタイヤでも舗装していない道は走るのが大変だなぁ」
地面むき出しの上に、馬車が通るからとんでもなくがたがたなのよね。
でも木の車輪で、おまけに椅子までただの板張りの馬車に乗るのに比べたらまさに天と地ほどの違い。
サドルも柔らかい素材を使っているから、快調とまではいかないけど私は比較的気分よくペダルを踏んでたんだ。
すると、前方に乗り合いなのかな? ゆっくり走る馬車を発見。ってことで少し端によって追い抜いたんだけど、
「わっ、なんだ!?」
御者のおじさんに驚かれてしまった。
比較的ゆっくり走っているとはいえ、そこは自転車。時速12~3キロは出てるのよね。
それに対して乗合馬車は馬が疲れないよう6キロほどで走っているから、およそ二倍の速さで得体のしれないものがいきなり追い抜いて行ったってことだもん。
驚くのも当たり前か。
「やっぱりベルとか付けた方がいいかなぁ」
チリンチリンなるやつは構造が解らないから、付けるとしたらゴングタイプかなぁ。
でもあれ、カンって大きな音がするからあんまり好きじゃないのよねぇ。
そんなたわいもないことを考えながら走ること30分ほど。やっとガイゼルの街の入口に無事到着!
とは言っても別に城門や関所がある訳じゃないから、そのまま走り続けるんだけどね。
変わったところと言えば、少し道が走りやすくなったくらいかな?
まだ石畳エリアには入っていないんだけど、それでもガイゼルの外に比べると道がいいのよ。
「日本みたいに予算が下りて、年に数回大規模工事とかしてるのかしらん?」
どんな理由だとしてもやはりデコボコしていない道は走りやすいから、さっきまでよりも快調に自転車は進む。
そうなると自然と歌なんか口ずさんじゃう訳で。
「ひびけふぁん○ぁあれぇ~、とどけご~○までぇ♪」
いや、それは自転車じゃなくてウマだから。
自分で自分にツッコミながら、でもペダルを踏む力はさらに増して加速。調子に乗って歌いながら自転車を走らせていたら、ガイゼルの人たちから注目を浴びてしまった。
見知らぬ子がよく解らないものに乗って、これまたよく解らない歌を歌っているのだから注目されるのも仕方ないけどね。
でも、そんな視線もなんのその。歌いながらノリノリで走ったおかげで、予想以上に早くウォルトン商会ガイゼル支部に到着した。
「たのもぉ! じゃなかった、こんにちは」
門番の人にこれこれこういう者ですと話すと、一人が走って建物の方へ。すぐに戻って来てくれて、確認が取れましたと無事門を開けてもらうことができた。
ってことで、私は自転車を引きながら中へ。と、そこであることに気が付いたのよ。
「これって、建物の前に置いておけばいいですか?」
そう言って自転車を指さすと、門番の人はにこやかにこう返してくれた。
「その乗り物ですか? 心配でしたら、ここでお預かりすることもできますが?」
「お願いできます? 特注品で、今のところこれ一台しかないので」
門の中だから流石に盗まれるなんてことはないだろうけど、下手なところに置いておくと外から丸見えで変に注目を浴びてしまうかもしれないでしょ。
そんな訳で、門番さんたちが休む小屋の隅に置いてもらうことに。そこなら外からは見えないからね。
自転車から離れた私は、そのまま商会の建物の中へと移動。
すると、門番さんから来た連絡を聞いて待っていてくれたのかな? 従業員らしき男の人が話しかけてきたんだ。
「錬金術師のアイリス様ですね。申し訳ありません。クラリッサ支部長は現在来客中でして、しばしお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「何の連絡もせずに来たのはこっちだもの。問題ないわよ」
「ありがとうございます」
男の人はお礼を言うと、来客用の応接間のようなところに連れて行ってくれた。
そこにはソファーセットの他に、ウォルトン商会で扱っている製品なのかな? 部屋の隅に試供品らしく物が並んでいたのよ。
「せっかくだし、ここで扱っているものを見ながら待つことにするわ」
男の人にはソファーをすすめられたけど、私はそう言って試供品らしく物が並んでいる一角へ。
すると男の人は一礼して退室したので、目の前に並んでいる商品を順番に見ていったんだ。
「ここにあるポーション、傷を治すものや毒を抜くものはあるけど、MPを回復させるものはないのね。ここでは扱ってないのかしら?」
ぺスパの家の近くでも、MPを回復させるポーションを作れる薬草は生えてたからなぁ。
流石にこの世界にMPを回復させるポーションが無いとは思えないから、そういうのはまた別の商会が扱っているのだろう。
そう思いながらポーション類を順番に眺めていると、ある所から全く別の品物に変わったのよ。
「あら。ウォルトン商会ってポーションだけじゃなくって化粧品も扱ってるのね」
そう言えば日本のドラックストアも化粧品を扱ってたっけ。そう思いながら並んでいる化粧品に目を向ける。
「色からして、これは口紅かな? それと……ああ、やっぱりこの世界にも肌を白く見せる化粧品があるのね。でもちょっと白すぎない? これ」
クリームファンデーションのようなものなのかな? 蓋つきの器に入った白いクリーム状のものがいくつかあったから、それに向けてしらべるコマンドを発動。
するとちょっと驚くというか、この世界らしいなぁと苦笑してしまうような結果が出てしまったのよね。
「こっちは水銀、こっちは鉛入りかぁ。ほんとこの世界、室町時代の日本みたいよね」
はっきり言って、そのふたつはどちらも毒物。でも、室町時代では白粉に使われる代表的な成分だったのよ。
「確か明からの輸入品には水銀が入っていて、国産のものは鉛由来だったっけ。今では禁止されている成分だけど、どっちも肌が白く見えるからと長く使われてたのよねぇ」
ただ、この二つは肌からも吸収するから、使い続ければ間違いなく寿命を縮める成分でもあったりする。
「ここに並んでるってことは、クラリッサさんはそのことを知らないのよね? やっぱり教えてあげた方がいいのかなぁ」
大きなお世話なのかもしれない。でも気付いてしまったものは仕方がない。
私は危険薬物を見下ろしながら、クラリッサさんが来たら話さないとねと独り言ちるのだった。




