106 それぞれのベッド事情
未だ目の前にいきなり現れた家に混乱中の赤い閃光の面々。
見た感じとても私の話を聞いてくれそうなメンタルではなさそうなので、先にクラリッサさんやカレンさん、メイドのマリオンさんにこの家の説明をすることにしたんだ。
「クラリッサさんはぺスパの家を見ているから想像がついているだろうけど、各自が泊まる部屋にはベッドなんかの家具があらかじめ設置してあるから自由に使って」
扉を開けながらそう言うと、3人はゲルの家の中へ。
そこで残った御者さんはどうしようかと思ったんだけど、
「棒立ちの冒険者たちや御者への説明は私がしておくので、アイリス様は皆さんと一緒にお入りください」
シャルロットがそう言うものだから、私も後に続いてゲルの家に入った。
「中の造りは、アイリスさんの家とはかなり違うのね」
「そりゃそうよ。だってこの家は生活するためのものじゃなく、旅行中に快適に過ごせるように部屋や家具を配置してあるんだから」
クラリッサさんにそんな返事を返しながら、軽く家の中を案内する私。すると三者三葉、興味を持つところが違って面白いのよ。
大き目なお風呂に関心するクラリッサさん。食堂横のキッチンを見てその設備に興味を持つマリオンさん。宿泊用の部屋にあるベッドがとても柔らかいと驚くカレンさん。
中でもカレンさんが一番興味を持ったベッドの柔らかさについて、ちょっと気になったから質問しようと思ったんだよ。だけど、そのタイミングでやっと正気を取り戻したのかな?
シャルロットに連れられて、赤い閃光の面々が家の中に入って来たの。
「外見は布製のようだったのに、中は普通の家なのね」
周りをキョロキョロと見渡しながら、恐る恐る私たちの方へと歩いてくる4人とシャルロット。
それを見た私は、ちょうどいいからさっき思った質問をみんなにぶつけることにしたんだ。
「カレンさんがベッドを見て驚いていたみたいだけど、普段はどんなものを使ってるの?」
なぜそんなことが気になったのかというと、カレンさんが泊まる予定の部屋のベッドが前にお隣のフローラちゃんたちにあげた簡易マットレスだったから。
カレンさんはクラリッサさんの商会で錬金術師の主任をしているくらいだもん。それ相応の暮らしをしているはずなのに驚いてたから、ちょっと興味がわいたのよね。
「私の使っているベッドですか? 普通ですよ」
「いや、その普通が解らないから聞いてるんだけど」
「えっと、動物の皮と麻布を何枚か重ねたマットレスを使った、ごく普通のものですよ」
これを聞いた私はちょっとびっくり。なぜかというと、フローラちゃんの家ではおがくずを入れた薄いマットを使っていると言っていたから。
おがくずの方が柔らかそうなのになぁなどと考えていると、赤い閃光のリーダーであるセシリアさんが感心したような顔でこう言ったの。
「流石ウォルトン商会の人は違うね。そんな高そうなベッドで寝ているなんて」
「冒険者は違うの?」
「私たちは木製の下板の上に少し厚めのなめし皮が敷いてあるだけのベッドですよ」
これはちょっと意外。クラリッサさんの護衛をするくらいだからそこそこ高ランクの冒険者のはずなのに、フローラちゃんちより硬いベッドで寝てるなんて。
「そんな硬い所で寝ていて、体が痛くならないの?」
「土の上でマントにくるまって寝るのに比べたら、天と地の差ですよ」
そう言って笑うセシリアさんにちょっと驚きながら、今度はマリオンさんに視線を移す。
するとこちらから質問する前に、カレンさんと同じようなものを使っていますよと言われてしまった。
「布と皮を重ねただけだと、おがくずベッドより硬いんじゃないの?」
「おがくず? ああ、そう言えばアイリス様はぺスパにお住まいでしたね。あちらでは乾燥したよいおがくずや干し草が簡単に手に入りますが、ガイゼルでは取り寄せないといけないので使っているものは少ないのです」
曰く、おがくずや干し草のベッドは湿気を吸ってカビたり虫がわいたりするから、定期的に中身を取り替えないといけないそうな。
だから手に入れやすいぺスパでは一般的でも、ガイゼルの街中で使っている人はほとんどいないらしい。
「その点布と皮で作ったマットレスは定期的に日に干すだけで済みますから、広く使われているのです」
「なるほど、所変わればってやつなのね」
と、ここまで聞いたのだから、クラリッサさんだけ仲間外れという訳にはいかないよね。
ってことでそちらにも話を振ったのだけど、そこはお嬢様。
「何を使っているのかなんて、知らないわよ」
とのご返事が。
そんな訳で、代わりにマリオンさんが答えてくれたんだ。
「お嬢様がお使いなのは、魔物の革の上に綿の層を重ね、それを麻布でくるんだものに絹のシーツをかぶせて使用されております」
因みに掛布団は絹布に水鳥の羽毛を詰めたものを使っているそうな。
「おお、流石お嬢様。豪華だわ」
「アイリスさんにそう言われると、何か複雑ね」
私が感心していると、何故かジト目でこちらを見てくるクラリッサさん。
はて、なぜにそのような目で見られているのかしらん? と思っていると、額に右手の人さし指と中指を当てたクラリッサさんが首を振りながら大きなため息をついた。
「先ほど見せてもらった、私の部屋に行きましょう」
そう言うと、連行するかのように私の手を引いて連れて行くクラリッサさん。
あてがった部屋のドアを開けると、他の人たちが部屋の設備を見て驚いているのを放っておいて、そのまま寝室へと連れて行かれてしまった。
それを見て、遅ればせながらついてくる他の面々。それを確認したところで、クラリッサさんはベッドの横に行きパンパンと叩いたのよ。
「アイリスさん。これはどのようなベッドなのかしら?」
「えっと、クラリッサさんのために用意した厚手のマットを使ったベッドだけど?」
私がそう答えると、質問の相手を私の後ろに控えていたシャルロットへと変更。
「あなたは知っているわよね?」
「はい。鋼をリング状に加工したスプリングをメインにブレイヴシープの羊毛を使用した羊毛フェルトや海綿生物と呼ばれる特殊な生き物の体組織など、緩衝材を複数使用した厚さ40センチの多段層マットレスに絹のシーツをかけたベッドとなっております」
これを聞いて、声も出ないほどの驚きを見せたのが赤い閃光の面々。
それでもなんとか声を絞り出したのが、リーダーのセシリアさんだ。
「ぶ、ブレイヴシープって聞こえたけど……」
「ああ、アイリスさんの家の近くにはいっぱいいるそうよ」
ギギギという音が聞こえそうなほどぎこちない動きで私の顔を見るセシリアさん。
羊毛とだけ伝えればいいのに、シャルロットったら余計な一言を。
でも、言ってしまったものは仕方がない。ここはあきらめて説明をすべきだろうね。
「よく獲れるから重宝してるのよ。ブレイヴシープの毛で作った服は夏は涼しいし、冬は暖かいから」
苦笑しながらそう言うと、セシリアさんは何かを悟ったかのような顔に。
「なるほど。そんな所で育ったらから、シルバーウルフを蹴り一撃で倒せるなんて規格外の錬金術師が生まれたのか」
そしてそのまますべての力が体から抜けたかのように、その場にへたり込むのだった。
因みに御者さんは普段から馬用の飼い葉の上に革をかけて寝ているらしい。曰く、柔らかくて意外と快適なんだそうな。
これってもしかして、カレンさんやマリオンさんより快適な寝床なのではないかしらん?




