104 あまり揺れなくても酔う人は酔う
シャルロットのお胸問題を語り合った後、さあ出発しましょうという流れになったんだけど……。
「ところでアイリスさん。荷物はどこに? 馬車に積み込まないと出発できないんだけど」
あっ、そっか。何日間か旅をすることになるんだから、それ相応の荷物を用意しなくちゃいけなかったんだ。
ストレージを持っているうえに、今回は家まで用意しているでしょ。
だから大きな荷物を持って行く必要を感じてなかったから、そんなものは用意していないのよね。
「えっと、すべてここに入ってるから問題ないよ」
しかたなく、肩から下げたカバンを指さす私。
「えっ!? イヤイヤ、いくらなんでもそんな鞄に入るはずがないでしょ」
と、そこまで言ったところでクラリッサさんの表情が変わった。
なんと言うかなぁ、とんでもないことに気が付いたというような物になってるのよね。
だからどうしたのかと聞こうとしたんだけど、
「まさかそれ、マジックバッグなの?」
おお、出ました異世界名物マジックバッグ。やっぱりこの世界にもあったのか。
確かにマジックバッグなら小さくてもかなりの量の荷物が入ることだろう。
でも、これはただのカバンな訳で。
「違うよ。これ、普通の肩掛けカバンだし」
「えっ、それじゃあ本当にそれだけしか荷物を持って行かないっていうの!?」
ほらと言ってかばんを開いて中を見せると、さっき以上に驚愕の表情に。
「アイリスさん。ふらっとご近所まで行くわけじゃないのよ。何事もなく進んでも片道だけで3日はかかるほど遠くに行くの。それなのに、着替えさえ入っていないじゃない」
「あー、カバンに着替えは入ってないけど、代わりにこれが入ってるから」
「これって、小箱?」
何を言ってるの、この子? って顔をしながら私と指輪を入れるくらいの小さな箱を見るクラリッサさん。
うん、その気持ちは解る。こんなものを見せられて荷物の代わりと言われたら、私だって事情を知らなかったらそんな顔をすると思うもの。
だから早々にネタ晴らし。
「これはね、あれの小さいのが入ってる箱なのよ」
そう言って、右手の親指で後ろを指さす私。そこにあるのは当然、ぺスパの家な訳で。
その意味が一瞬解らなかったのか、クラリッサさんの目が私と後ろにある家の間を何度か往復した後、
「まさか、家を持って行くつもりなの!?」
言葉の意味がやっと呑み込めたのだろう。今日一番の大きさで、クラリッサさんは驚きの声をあげたんだ。
「しかし、驚いたわ。小旅行のために家を用意するなんて聞いたことないもの」
馬車に揺られながら、いまだに信じられないといった表情のクラリッサさん。
まぁ、気持ちは解らないでもないけど。
「だって、しょうがないじゃない。野宿や馬車の中で寝るのはいやだったし、お風呂だって毎日入りたいし」
「どこの世界に馬車移動中に毎日お風呂に入る人がいるのよ」
「ここ」
キメ顔を作って右手の親指で自分を指すと、クラリッサさんに呆れられてしまった。
因みに馬車に乗っているのは私とクラリッサさん、それにシャルロットとマリオンさんのメイドコンビに錬金術師のカレンさんの5人だ。
馬車は大型でまだまだ余裕はあるけど、冒険者の4人は護衛ということで外を歩いている。
だから馬車だけならもう少し早く走れるんだろうけど、大体時速5キロ弱位の速さで移動してるんだよね。
おかげで舗装もされていない道なのに揺れは大したことないし、座っている椅子もクッションが利いているからお尻も痛くならない。
これなら快適に旅を楽しめるわねと思っていたんだけど、そうでもない人が1人居たんだ。
「支部長、馬車というのはこれほど揺れるものなのですか?」
クラリッサさんにそう質問したのは、錬金術師のカレンさん。
その表情はすぐれないというか、それを通り越して少し青いというか。
「大体どこの馬車でもこんなものだと思うのだけど……カレン、もしかして馬車に乗ったことがないの?」
「はい。錬金術の研究はもっぱらガイゼルの街の中で行っていたので」
ウォルトン商会は街の中心部にあるでしょ。旅行とかをするのならともかく、生活するだけならその周辺の施設を利用するだけで何をするにも困らないの。
だからなのかカレンさんは馬車に乗ったことがなかったらしく、この程度の揺れでも少し気分が悪くなってしまったみたいなのよ。
「困ったわね。まだ出発したばかりだから休むという訳にはいかないし」
「大丈夫です、何とかがまんでき……うっぷっ」
イヤイヤ、とても無理でしょ。
そう思ったのはクラリッサさんも同じだったらしく、そんなことを言っている場合じゃなさそうねと馬車前方の小窓を開けて御者さんに停まるように指示したんだ。
「申し訳ありません」
「そんなは後でいいから、とりあえず一度外に出なさい」
御者さんがステップを置いて扉を開けてくれたところで、カレンさんを外へ。
まだ気分が悪くなったばかりだったのか、それだけでカレンさんの症状はある程度回復したみたいね。
「でも、困ったわ。この程度乗っただけで気分が悪くなるんじゃ、馬車での旅なんて無理だもの」
「私、馬車に乗らずに歩きます。支部長やアイリスさんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
確かに馬車に乗らなければ気分が悪くなることは無いと思う。
でも、馬車に乗らずに長距離歩くのは流石に無理なんじゃないかなぁ?
「無理だと思いますよ。ここからは丘を越えることになるし、何より町で暮らしている人がこの速さで馬車と一緒に歩くことはできないだろうから」
案の定、護衛のリーダーであるセシリアさんからダメ出しが入った。
そっか。ただでさえ長距離を歩くのは大変なのに、丘を越えるとなるとカレンさんにはとても耐えられないだろう。
そうなると馬車酔いを何とかする方法を考えないとダメよね。
「確か体が感じる速さや揺れと三半規管のずれが車酔いの原因だったよね」
脳がそのずれを処理しきれなくなって起こるのが車酔いだと聞いたことがある。
この場合、馬車はゆっくり走っているのだから、揺れさえしなければ何とかなるということだよなぁ。
「ミルフィーユから渡された時はそんなのいらないよって笑ったけど、まさか本当に必要になるとは思わかなったわ」
そう言いながら私は、カバンに手を突っ込んで四角くて薄い座布団のようなものを取り出した。
それを近くにあった座れるくらいの大きさの石の上に敷き、座ったところで起動すると少しだけど座布団が浮かぶ。
「体を動かしても……うん、大丈夫みたいね。これを使えば少しはましになるんじゃないかな」
この座布団は馬車が大きく揺れる場合でも快適に過ごせるようにと、ミルフィーユが持たしてくれたマジックアイテム。
少し浮くことで上下の揺れを吸収するけど、位置は置いた座面に固定されるから動いた時に横滑りなどは起こさないという優れものだ。
流石にすべての振動を吸収してくれるほどの物ではないけど、これがあると無いとでは大きく違うだろう。
そんな訳で、それをカレンさんに使ってもらって馬車を走らせたところ効果覿面。
「これなら大丈夫そうです」
30分ほど走っても気分が悪くなることは無かったので、馬を休ませる休憩時間を考えるとこれさえ使えば馬車酔いの心配はしなくてもいいだろう。
てなわけで、よかったよかったと思っていたんだけど……。
「アイリスさん、この座布団」
「あっ、これはうちの者が馬車酔いをするといけないからと家を出る時に持たせてくれたものだから、作り方なんて当然解らないし入所方法も私は知らないわよ」
「そう……」
危ない危ない。危うくまたクラリッサさんに詰められるところだった。
私は背中に冷たい汗を感じながら、これからはなるべく自重をしようと心に誓うのだった。




