アイスボックスクッキーの思い出【下】
異世界の暦で2月にあたる樹氷月の14日。
元の世界だったらバレンタインだな~と思って、アイスボックスクッキーを作ることにした。材料にはココアパウダーがあるから、義理チョコには最適だよね。
自慢じゃないけど、それ以外のレシピは知らない。
我が園芸部のマスコットである華ちゃんだったら色々知ってそうだけど、私にそれを求められても困る。
作り方を教えてくれた貝原は材料を計るところからさせたので私にも作れるはずだ。
異世界で使う材料を集めるのは少し大変だった。
なんといっても、ココアパウダーがない。チョコもない。
まだ魔王を倒しに行く最中だし、食材を探して寄り道なんか戦士や神官が許してくれない。許してもらうために交換条件を受け入れるなんて問題外だ。
これはあくまで義理チョコだ。
それも人間関係を少しでも良くしようという苦肉の策だ。
ココアパウダーがないのでいつも飲んでいるお茶の葉っぱで代用することにすることにして・・・。
「何、やっているんですか?」
材料を前に作ろうと燃えていた私に魔術師のトゥバンが声をかけてきた。
どうやら、今日は戦士と神官の二人は外出しているらしい。二人してどこに行ったのかはわからないが、不気味だ。きっと何か良くないことが起こるに違いない。
主に私に。
赤毛の魔術師は勇者の一行の中では一番、年上だが、気の弱さも一番で、戦士と神官にいいようにパシられている。
つまり、気弱ワンコをパシらせないということは、あの俺様鬼畜とセクハラ魔人が悪巧みをして結託していることを示しているのだ。
「アイスボックスクッキー作ってんの」
材料を計る前で良かった。
計っていたら、気が散って、分量を間違えるところだった。
「アイスボックスクッキー? アイスボックスと言うのは?」
女子としては背の高い私より少し背の高いだけの(この世界の男としては)標準的な身長の魔術師は首を傾げた。
私より女子力が高い? いや、あざとそうな仕草だ。
性格だけでなく、身長も勇者の仲間としては控え目な上に、女子力が高いってことは愛されキャラの立場なのだろうか?
「え?」
アイスボックスって、なんだろう?
言われてみるとわからない。
そもそも、この世界にアイスボックスって、あったっけ?
「二つの味があるクッキー?」
「二つの味があるクッキーですか」
「うん」
これに間違いはない、はず・・・。
プレーンとチョコ味じゃないといけないとなると、これから作ろうと思っているのはアイスボックスクッキーじゃないものってことになる。
トゥバンがアイスボックスを知らないってことは、この世界にアイスボックスがないってことだから、間違っていようがなんだろうが私が正しいってことになるのだろうか?
「できたら、トゥバンにもあげるから待ってて」
「わかりました、ナギサ」
見えない尻尾をパタパタさせて気弱ワンコは満面の笑みで返事をした。
思えば、これがすべての間違いだったのだと、後になって私は後悔することになる。
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「おや、良い匂いですね。何の匂いですか、ナギサ様」
腹黒神官が帰って来た第一声がこれだ。
完成したクッキーを皿に盛り、いざ、味見という大事な瞬間を邪魔された私が少しムッとした目つきになるのは許して欲しい。
神官が何気なく抱き締めようとしてくるので、アイスボックスクッキー作りの助手を務めていた魔術師を間に挟んで壁として利用する。
「みんなにあげようとアイスボックスクッキーを焼いたの」
「ナギサ様の手作りクッキーですか?」
今日も麗しいクールビューティーな神官。メガネかけて欲しい。
メガネがないのが唯一の欠点だと思う。
「100%、私が作ったクッキーだよ」
私は胸を張って言った。
魔術師ができあがったクッキーを盛っている皿を神官に差し出す。
「私も手伝いました」
クッキー生地を寝かせる時に冷却魔法を使ってくれたから、魔術師は確かに手伝っている。見えない尻尾がまたパタパタと振られているような気がした。
「ナギサ様が作ってくれた物なら、喜んで頂きます」
皿に手を伸ばす神官より先に、神官より大きな手がクッキーをつかんだ。
その手の持ち主は俺様鬼畜な戦士だった。
金髪イケメンはさっさとクッキーを口に放り込み、「マズッ!」と言った。
銀髪の神官の手が一瞬止まった。
「ひどい! レグルスなんかに二度とあげないから! それにあげると言ってないのに勝手に食べないでよ!」
私が魔術師の後ろから顔だけだして抗議すると俺様鬼畜は鼻で笑った。
「『みんなにあげよう』って言ってたじゃないか」
「その『みんな』はアルゲティとトゥバンのことだよ!」
「ありがとうございます、ナギサ様。俺様鬼畜のことなんか放っておいて、私たちだけで食べましょう」
神官は一瞬、魔術師に鋭い視線を向けて、それだけで押し退ける。
うん、魔術師は役に立たない盾だった。
気弱ワンコが盾として役立つはずもない。せいぜい、ギリギリ視界から隠してくれるくらいしか役に立たない。物理的な移動式の壁ぐらいでしかない。
「フンッ!」
俺様鬼畜は面白くなさそうに部屋を出て行った。
よし! 顔と戦力しか良いところのない奴がいなくなった。
私たちはようやく第一回アイスボックスクッキーの試食会が開けるようになった。
が
「・・・」
何とも言えない顔で食べている魔術師。
「・・・」
胡散臭い笑顔で食べている神官。
「・・・」
まずい。
俺様鬼畜の言った通りにまずい。
異世界の材料で無理矢理作ったのがいけなかった?
何か元の世界とは違うから、甘さや粉っぽさ、膨張率、バター(らしいもの)の風味が違う?
と、思っていたら、魔術師がいきなりアイスボックスクッキーを作っていた机に行き、材料の残りを集めてきて何かしている。
「何してんの?」
「作ってみます」
貝原は分量の比率と作り方が重要だと言っていたのを思い出した。
無茶しすぎだ、トゥバン。
見よう見真似は無理だって。
「・・・トゥバン。見よう見真似で作れるもんじゃないよ?」
セクハラ魔人が私の言葉に頷いてくれる。さり気なくボディタッチをしながら。
「やってみます」
駄目だ。気弱ワンコが何を言っても無駄な目をしている。
私はセクハラ魔人の手を引き剥がしながら、諦めた目でそれを見ていた。
トゥバンのアイスボックスクッキーは非常に美味しかった。俺様鬼畜がそれの載った皿を掻っ攫っていったぐらいだ。
そして、3年たっても私のアイスボックスクッキーの腕は変わらなかったらしい。
異世界の材料が悪かったわけではなかったのだ・・・。
『トラディショナル・レシピは基本のレシピですから、分量の比率と作り方さえ間違えなければ誰でも作れるものなんですよ』
貝原が言っていた言葉が異世界にいる私の頭をよぎる。
「貝原、天才ならそれは関係ないみたいだよ」
私の呟きは誰の耳にも届かなかった。




