アイスボックスクッキーの思い出【上】
中1の春休み。私が入試で最下位の成績の者から入学させてもらえる出主通学園から長期休みで家に戻る羽目になって、引き篭もり生活をおくろうとした時のこと。
引き篭もり生活をするのは両親も妹も、使用人だって草薙家の落ちこぼれで鼻つまみ者の私とは顔をあわせたくないからだ。
そこ、鼻つまみ者なんて言葉よく知っていたな、とか言わない! 私だってこれくらいは知ってるよ(怒)!
話を進めれば、引き篭もり生活を始めようとした時にドアを叩かれたわけ。
食事の差し入れの時だけ、使用人がこうして接触してくる。
食べた後の食器や洗濯物は部屋の外に置いておけば勝手に処理してくれるし、洗濯が終わった物は部屋の外の廊下に置かれている。一応、私の部屋にはトイレやお風呂、ミニキッチンなども付いているから、籠城はしたい放題。欲しい物は紙に書いて、洗濯物や食器と一緒に置いておけば、洗濯物同様、部屋の外の廊下に置かれている。
なんて素晴らしい引き篭もり生活!
部屋の中の掃除は自分でしないといけないけどね。
だけど、部屋の外が針のむしろのような私にとって自分の部屋で引き篭もり生活を出来るのは楽園だった。
学園の寮なんかは天国だよ。
あれ?
楽園と天国は同じものじゃないかって?
いいじゃん、そんなこまかいとこ。
実家じゃ、咲子さんや沼津さんも家族や他の使用人の手前、あまり優しく(友好的に)してくれないし、引き篭もり生活だけが私の心の休まるところ。
それに二人共、まとまった休みをこの時に取ることが多いから、姿を見ないことも多いんだよね。
早く、出主通学園に帰りたいと帰ってきた日から思ってしまう。
あ、ドアが叩かれたところまで話したよね。
まだだったら、使用人が何か用があってドアを叩いたってところだから。
誰だろうと思ったよ。
食事の差し入れにしては時間が早いし、妹かと思った。
妹はこうしてやって来ては、自慢か嫌味かよくわからないものを言っていく。
いいけどね、別に。
あんたと紫堂家の俺様が仲が良かろうが、付き合おうが、今じゃ俺様何様婚約者様もその当時は婚約者じゃなかったし。俺様がロリコンだろうが、私にはどうでもいいことだったし。
紫堂家の俺様と妹は二人共、頭が良いから話が合うわけよ。
私のようなポンコツは同い歳の俺様もそうだけど、6歳年下の妹とすら話が合わない。
趣味がどうとか、意見がどうとかじゃないくて、二人が何を言っているのか、話が飛びすぎて理解できない。
一を聞いて十を知る人間と十を聞いて十を知る人間は話が合わないわ・・・。
だから、無視しようと思ったのよ。
でも、聞こえてきたのは妹じゃない別の声。妹とは性別すら違う。
「渚お嬢様。私は今度、新しく働くことになった料理人助手の貝原と申します。今後とも宜しくお願いします」
これが私と貝原の出会いだった。
って、ドア越しの会話だけど。
貝原は変わり者らしく、実家での私の評判を知っていても、優しく(友好的に)してくれた。
可哀想に。
そんなお人好しだから、草薙家で働くことになったのかもしれない。
きっといいように使われて、胃痛を抱えて辞めていくんだろうな、と他人事ながら私は思ってしまった。
その頃、草むしり(スピード)1位であることに落ち込んでいた私は、お人好しな貝原なら簡単にできる料理を教えてくれるだろうから、別の称号を手にできるのではないかと考えた。
出主通学園では生徒が何かでNo.1になることを求めている。自力だろうか他力だろうかそこは問わない。
優秀な他人を使いこなしてこそ上に立つ者に必要な資質だと認識されているので、他力本願も奨励されているのだ。
しかーし。自慢じゃないが私にはカリスマも人を使いこなす能力も実力もなかった。
で、雑魚称号である草むしり(スピード)1位をお情けで貰っている。草むしりには(丁寧さ)の称号もあるので、私の実力はわかると思う。
貝原は歳は咲子さんと同じかそれより下の20代半ばぐらいで、特徴のない平凡な顔の男だ。以前はフランスに洋菓子作りを学びにええと・・・なんだっけ? とりあえずフランスの洋菓子店か料理店で働いていたらしい。
本当に変な経歴の人だ。
「貝原。何か簡単な料理を教えて」
「いいですよ。アイスボックスクッキーなんかどうですか?」
そうホイホイ返事して大丈夫かな、この人。本当に心配だよ。
この調子で頷いて、何か厄介事に巻き込まれるんじゃないかな?
と、お人好しな貝原の心配はしたが、今は自分の地位向上のほうが重要。
アイスボックスクッキーはデザートの(女)王に仕える称号の一つで、女子ならミス・アイスボックスクッキー、男子ならミスター・アイスボックスクッキーと呼ばれる称号がある。
だが、普通のクッキーの称号であるミス・プレーンクッキーやミスター・プレーンクッキーよりは難しそうだ。
「アイスボックスクッキー? 難しくない? それなら普通のクッキーでいいんだけど」
「普通のクッキーより難しそうですが、難易度は変わりませんよ」
「じゃあ、それにする。それを教えてよ」
結論から言えば、長期休みで実家に戻るたびに貝原に習っているのに、3年たった今でもミス・アイスボックスクッキーにはなっていない。
そして、これが私とアイスボックスクッキーとの仁義なき戦いの始まりだったと言ってもいい。




