幕間
――アウグスト領、領主館。
「父上!大変です、フレアの奴が!」
朝の執務室に激しい足音が響いた。
飛び込んできたのは我がアウグスト家の長男ルーカスった。握られているのは見慣れた、フレアの乱暴な筆跡の手紙。
「朝から騒々しいぞ。落ち着きなさい。」
万年筆を動かす手を止めず、ルーカスを静かに諭した。動じる様子のない私に、ルーカスが焦燥をむき出しにして机に詰め寄る。
「落ち着いていられるわけがないでしょう!フレアの奴、リチャードとの婚約を勝手に破棄して、王都で冒険者になるなどと…!そんな無茶苦茶なこと、今すぐ追手をーー」
「追手は不要だ。婚約の破棄は私が許可を出した。」
「…なっ!」
ルーカスは目を見開き、唖然としている。耳を疑うように息を呑む。私はようやく万年筆をインクスタンドに戻す。
「ローゼンベルク家ともすでに、話はつけてある。リチャード君にも昨日フレアが直接話したそうだ。」
「長年の親交に傷がついてもいいのですか!?冒険者になりたかったなど嘘に決まっている…!」
混乱する息子を前に、私は背もたれに体を預け、窓の外へと視線を向けた。無理もない、あの子はリチャード君の隣に立つためだけに生きてきたようなものだった。
本当なら、 あの子を引き留めるべきだったのかもしれない。
だが――。
私はあの子たちの関係をずっと見てきた。三人のいびつで尊い絆を。
エルセ君には悪いが……あの二人が気っかなければきっとうまくいくと、私はそう思っていたのだ。リチャード君は鈍いが純粋で優しい男だ。結婚すれば、いずれフレアを愛するはず、気が強く不器用なあの子を支えてくれる。そう信じていた。
だが、私の娘は想像以上に優しくて強すぎた。自分の幸せではなく三人の幸せを何よりも望んだ。
…まったく
ばかな子だ。
「フレアが自ら決めたことだ。親として尊重してやるしかない。それに、お前もあいつが一度決めたら絶対に引かないことは知っているだろう?」
「...っ、本当に頑固なやつだ...!リチャードのこと、あんなに好きなくせに」
ルーカスも全貌までは知らずとも、妹の強がりな優しさは身をもって知っている。何かを察してはいるのだろう。息子の顔には心配と呆れが混じったような表情が浮かんでいて、つい苦笑してしまった。
(どうか、幸せになれよフレア)




