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「……す、すまなかったッ!!」

静寂を破ったのは、大剣を背負った男――さっきまで私を嘲笑っていたガルドの仲間の一人だった。

彼は地面に拳を突き絞り出すように声を上げている。

「俺たちが完全に間違ってた……! あんたの身なりだけを見て、ただのお遊びの令嬢だと完全に舐め腐ってた。戦士としての礼を失した真似をして、本当に申し訳ねえ!」

「……俺からも謝らせてくれ。怪我一つ負わずにガルドの奴を完封するなんて、とんでもねえ実力者だ。見くびるような口を利いて、本当にすまなかった!」

さっきまでニヤニヤと私を見下していた男たちが、今や私の圧倒的な力を認め、自らの言動を恥じるように次々と頭を下げていく。王都の過酷な環境を生き抜いてきたベテランだからこそ、相応の実力を示した私に誠意を見せている。

壁際では、気絶したバルトが他の冒険者たちに丁重に担ぎ上げられ、救護室へと運ばれていくところだった。その背中を見送る彼らの目には、もう侮りなど微塵もなかった。あるのは、純粋な驚愕と敗北感だけ。

私は腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。

「別にいいわよ、気にしてないわ。……それよりセリア、登録の続きをお願いできるかしら?」

振り返ると、受付嬢のセリアが、鍛錬場の隅で立ち尽くしていた。

私の言葉にハッと我に返った彼女は、信じられないものを見る目で私を見つめ、それから深く、深く頭を下げた。

「……フレア様。申し訳ありませんでした。私もまた、あなたの身なりだけを見て、心のどこかで『無茶な家出令嬢』だと侮っていた部分があったことを白状します。プロとして、本当に恥ずべき失態でした」

凛とした彼女に、そんなふうに嘘偽りのない誠実な態度で頭を下げられると、こちらとしては少し調子が狂ってしまう。

「ちょ、ちょっと、顔を上げなさいよ。べ、別に怒ってないって言ってるでしょう? ……その、私の身なりに気品がありすぎるのが悪いのよ。令嬢オーラが隠しきれなかったんだから、あんたたちが勘違いするのも仕方がないわ」

あえて傲然と、ふんぞり返るように胸を張ってみせる。

「世界一格好いい私」が、他人の謝罪にいちいち殊勝になってやる必要はない。これはあくまで、私の気品が高すぎたゆえの事故――そう自分に言い聞かせるようにごまかした。

私の「強がり」混じりの言葉に、セリアは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにクスッと、今までで一番柔らかく温かい笑みをこぼした。張り詰めていた鍛錬場の空気が、一気になごやかなものへと変わっていくのがわかる。

「おい、何があった!!」

そこへ、ドタドタと荒々しい足音を響かせて、一人の男が息を切らせて駆け込んできた。

ギルド長のグスタフだ。

その体躯は日々の鍛錬を物語るように引き締まっていて、凄みのある厳ついオーラを放っている。深夜に私の書類を受け取った男だけど、ロビーでの騒ぎを聞きつけて大急ぎでやってきたのね。

グスタフは、クレーター状に派手に弾け飛んだ石畳と、粉々に砕け散った練習用大剣の残骸を目にし、それから無傷で佇む私を見て、すべてを察したように額を押さえた。

「……お嬢さん。深夜にあれだけ『配慮してやる』と言ったそばから、こんな揉め事に巻き込んじまって、本当にすまない。ギルド長として、お前さんの覚悟を軽んじるような真似を許したことを謝罪する」

その厳つい強面の男が、私に向かって本気で頭を下げてくる。

その不器用な誠実さは少し嬉しかったけれど、私には私のプライドがあるのよ。

「勘違いしないで、グスタフ。私は巻き込まれたわけじゃないわ。いちいち騒がれるのが鬱陶しかったから、私から進んで試合を持ちかけたのよ。あんたが謝る必要なんてどこにもないわ」

腰に手を当てて言い放つ私に、グスタフは一瞬呆気にとられたけれど、やがて「ははっ……」と降参するように両手を上げて苦笑した。見た目によらず、なかなか話のわかるオッサンのようね。

「なるほどな。こりゃ、俺の心配が完全に的外れだったわけだ。お前さんはとんでもねえじゃじゃ馬だ」

グスタフは笑みを引っ込めると、まだ神妙な顔で立っている冒険者たちに向き直った。その背中から、一瞬にしてギルド長としての威厳あるオーラが放たれる。

「お前ら! 規約違反の脅迫に加えて、新規登録者への対応の不手際、王都の冒険者の面汚しもいいところだ! ……全員、連帯責任だ。今日から一週間、ギルド全館のトイレ掃除とドブさらいを命じる! 一つでも汚い場所が残ってたら、今期の報酬はさらに没収だからな!!」

「えええええっ!? トイレ掃除ぃ!?」

「勘弁してください、ギルド長ぉ!!」

さっきまで戦士の顔で反省していた大男たちが、今度は別の絶望に顔を青くして悲鳴を上げている。

その光景に、私は呆れ半分でフッと笑い、セリアもまた楽しそうに口元を隠していた。

騒がしい鍛錬場を後にし、私たちは再び一階の受付カウンターへと戻ってきた。

私の周りには、もう遠巻きに感嘆と畏怖の視線を向けてくる者はいても、からかってくるようなやつは一人もいなかった。

「それではフレア様、改めて冒険者カードの発行手続きを行います。こちらの測定水晶に、右手をかざしていただけますか?」

セリアがカウンターの上に、青く澄んだ大きな水晶球を置いた。登録者の魔力や身体能力の適性を読み取るための魔道具ね。

「これね。いいわよ」

軽く頷き、手袋を外して、細く白い指先を魔石へと触れさせた。

フゥゥゥン……ッ!!!

触れた瞬間、測定水晶がかつてない重低音を響かせ、深く鮮烈な青い光を放ち始めたのだ。その直後、水晶の頂点から、魔力の光が立ち上り、受付カウンターの頭上に、『光の画面』を形成した。 空中に浮かび上がった光の画面の中で、文字と数字がまたたき、おかしな速度でカウントを跳ね上げていく。

【剣術:7】

【槍術:7】

【水・風・土属性:7】

「なっ……『7』……っ!?」

セリアが呆然と声を漏らす。

剣術や槍術。様々な武器のスキルが表示される。そして、だいたいの数字が7を示す。確か、うちの騎士になる条件が【剣術スキル:6】だったわね。我ながら、無茶苦茶に鍛え込んできたものだ。

だが、空中の画面はまだ確定しない。

水晶がカッと赤く明滅し、画面の中の【火属性】の項目だけが、まばゆい紅蓮の光を放った。そこに刻まれたのは、人間の限界寸前とされる大台の数字。

【火属性:8】

私の赤髪を思わせるような、烈烈たる火の魔力の残響。

周囲が唖然と見つめている。

光の画面が静かに告げる私の戦闘力は多分常人離れしているのだろう。さらに、習得魔術の自動記述欄が、カタカタと音を立てて最後の文字を刻む。

「……そ、そして、空間魔術……っ!?」

「おい、見せろ!!」

グスタフが慌ててカウンターに飛び込んできて、セリアの手から書類をひったくった。その目を皿のようにして数値を凝視したギルド長は、完全に硬直している。

魔術。それは魔法のような才能ではなく、膨大な知識と精密な術式の構築によって成立するもの。

空間魔術はその中でも特に難しい。

それを見てグスタフは戦慄混じりに問いかけてきた。

「空間魔術だと……!? おいお嬢さん、嘘だろ……。これを使える奴なんて、国をひっくり返しても両手で足りるほどしかいねえんだぞ。それに、ほとんどの適性が7を超えて、火属性に至っては8ってなんだよ……。おい、お嬢さん。お前、一体どれだけの地獄を這うような努力をすれば、こんな無茶な領域に行き着くんだ?」

私はフンと鼻を鳴らし、何でもないことのように言い放った。

「大裟ね。私は貴族の令嬢よ? 領地を預かる身として、将来どんな脅威が襲ってきてもいいように、万全の備えをしておくなんて当然の義務でしょう」

当然のように胸を張る私に、グスタフはジト目を向け、呆れ返ったように大きなため息をついた。

「いや、地方の領地を治めるのに、ここまでの力は絶対に必要ねえよ。百歩譲って魔物の大移動スタンピードを想定したとしてもだ……お前さんが備えてるこのステータスは、国が滅ぶレベルの未曾有の大危機だぞ。そんな国難、そうそう起きるわけがねえだろうが」

「――っ! な、なによそれ!!」

核心を突かれた瞬間、私はカッと顔が熱くなるのを自覚した。

(うるさいわね……! 確かに、自分でも『ちょっとやりすぎたかしら』って、うっすら思ってはいたわよ!?)

だけど、もし万が一、億分の一の確率でも、そんな理不尽な災厄が『あいつ』を襲ったら?戦いに関しては凡人な、あの幼馴染みを、どんな不条理からも守り抜くには妥協なんてできないのよ!

そのために私は実家の裏山で夜な夜な狂ったように剣を振り、脳を焼き切りながら魔術の並列計算を繰り返していた。

あいつの前では、いつも涼しい顔をして『天才だから何でもできるのよ』って笑ってみせてたのに……! このオッサン、余計なところばかり鋭いんだから!

「いいじゃない、大は小を兼ねるのよ! 備えあれば憂いなし! 文句ある!?」

真っ赤になって怒鳴る私に、グスタフは「いや、文句はねえが……」と引き気味に苦笑し、カウンターの奥ではセリアがクスクスと肩を揺らしていた。

必死に努力を隠す必要がなくなった寂しさはちょっとだけあるけど、そんな感傷すらこの騒がしいギルドの大人たちに綺麗に吹き飛ばされていく。

測定が完了し、セリアの手によって、青い輝きを宿した真新しい冒険者カードが私の前に差し出された。

表面には私の名と共に、このギルドの絶対の鉄則通りの文字が刻まれている。

――【ランク:F】。

カードの表記は、紛れもない最低ランク。だけど、そんなものはただの飾りよ。カードの文字が何であろうと、私は自分の道を行くだけだ。

私はそのカードを人差し指でピッと拾い上げ、フッと生意気に笑ってみせた。

「言ったでしょう? 手加減が必要なのは、あんたらの方だって」

ドヤ顔で言い放つ私に、セリアはいつもの完璧な受付嬢の笑みを浮かべ、背筋を正して深く一礼した。

「――はい。お見事でした、フレア様。王都の冒険者ギルドへ、ようこそ。あなたのこれからの、輝かしいご活躍を心より期待しております」

セリアの言葉をキッカケに、ロビーのあちこちから「おいおい、とんでもねえルーキーだぜ」「Fランクの魔物が可哀想だな!」と、戦士としての敬意を込めた賑やかな歓迎の声が飛び交い始める。

そんな中、グスタフがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてカウンターに身を乗り出してきた。

「おいお嬢さん。それだけの腕があって、まさか薬草採取みたいなFランクの雑用からコツコツ始める気じゃねえよな? ギルド長の特権だ。お前さんのその力にふさわしい、とびきり骨のある依頼を回してやるよ……。受けるか?」

周囲の冒険者たちが「おいおい、いきなりギルド長推薦かよ!」と一気に色めき立つのが見えた。

私は逃げも隠れもしない。

「いい度胸じゃない、グスタフ。最高に格好いい私にふさわしい、一番派手なやつを寄こしなさい。……手加減は、してあげないんだから」


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