27
「ギルドで似た事件の記録がいくつか見つかったらしい」
ガイルが眉間に皺を寄せたまま、私たちを見回す。
「昔、別の廃鉱山でも魔物が湧き続けたことがあったそうだ。そんときは時間が経つほど数が増えて、強え奴まで混じるようになったらしい」
「……今回も同じ可能性があるってこと?」
「ああ。しかも、追加の応援が着くのは早くても数時間後だ」
ガイルが重たく息を吐く。
「待つことはできる。けど、その間、もっと数が増えるかもしれねえし、さっきの大型より強えのが出てくるかもしれねえ」
一度言葉を切って、低い声で続ける。
「応援が来るまで村を守り切れるかどうか」
ガイルらしくない言葉だった。
「……なら、待つだけってわけにもいかないね」
ケインが静かにそう言った。
「どうも『魔力だまり』って現象らしい。記録自体はいくつか残ってる」
「なら、止め方も分かってるってことか?」
「それが厄介でな。全部違うらしい」
ガイルが頭を掻く。
「魔力を逃がして止まった例もあれば、硬くてでけえ鉱石をぶっ壊して止まった例もある。入口を塞いで無理やり抑えたこともあるらしい」
ロイドが考え込むように目を伏せた。
「つまり、実際に中を見なければ分からないってことか」
……それなら。
私が口を開けるより先にザックの声が聞こえた。
「ケインさんなら行けませんか?」
ザックが期待のこもった目でケインを見ている。
「俺一人で、か……」
ケインはしばらく黙って考え込む。
「高火力で無理やり止めるなら、できなくはないかもしれない」
「じゃあ……」
「けど、もっと適任がいるんじゃないかな」
そう言って、ケインがこちらを見る。
「俺は空間魔術なんて高等魔術使えないしね」
「知ってたのね、私のこと」
「まあ、少しだけ」
ケインが曖昧に笑う。
「空間魔術……?」
ザックは怪訝そうだ。どうやら、そこまで広まってるわけでもないらしい。
「それで、どうする?」
ケインは答えを待つように、まっすぐ私を見ている。
「私が行くわ」
私は迷わず答える。
「いいわよね、ガイル?」
「はあ、それしかねえか……」
ガイルは深いため息を吐いた。
納得している顔ではない。
それでも、他にいい方法がないことはわかっているのだろう。
「ただし、無理だと思ったらすぐ戻れよ」
「分かってるわよ」
……無理だったらね。
「よし!それじゃあ作戦は、フレアは鉱山の調査!俺たちはその間、死ぬ気で村を守る!以上だ!」
ガイルの力強い言葉を最後に、私たちは倉庫を出た。
教会にいたリックたち四人も合流し、再び全員が揃う。
「フレア」
「なに?」
ロイドが槍を手に近づいてくる。
「魔物は相手にするな。ここは、俺たちが守る」
「……ええ、そうね。任せたわ」
本当に気が回るやつだ。
言われなかったら、きっと私は途中で足を止めてたもの。
「それじゃあ、行くわ」
私は踵を返し、北の門へ向かって駆け出した。
背後からガイルたちの声が聞こえる。
村を出ると、廃鉱山へ続く道は月明かりだけが頼りだった。
足に魔力を込め、一気に速度を上げる。
しばらく走ると、平坦な土地を抜け、木がまばらに生えた荒れ地に入った。
前方にいくつもの魔力反応を感じる。
シュッ――
「っと、馬鹿ね。さっき言ったばかりなのに」
反射的に抜いてしまった剣を仕舞いこみ、茂みの陰で気配を消す。
数十体の魔物が近づいてくるが、私には気づかずそのまま村の方へ駆けていく。
さっきよりも数が多い。それに、強い魔物が混じっていた。
どうやらギルドの予想は当たっているらしい。
私は気配を消したまま、魔物たちとは逆の方向へ走り出す。
さらに進むにつれて緩やかな上り坂になり、土の間から大きな岩が顔を出し始める。
木々が途切れた先に、黒い岩肌が月明かりに浮かび上がる。
その下に、大きな坑口がぽっかりと開いていた。
……ひどい有様ね。
坑口の周囲は崩れ、まるで内側から無理やりこじ開けられたみたいに広がっていた。
折れた支柱や砕けた岩が、入口の外まで散らばっている。
さっきの大型魔物が、ここを押し広げて出てきたのだろう。
鉱山へ入ろうとして、足を止める。
――また来る!
私は即座に坑口の上の岩壁を駆け上り、身を隠す。
その直後、中から魔物が飛び出し坂を下って行った。
急いだ方がよさそうね。
地面に飛び降り、私は廃鉱山の中に入った。
空間魔術で魔道具を取り出し、魔力を流す。
淡く光り始めた魔道具で、真っ暗な道を照らすと奥まで道が続いている。
整備されていた跡はあるが、壁は崩れ大きな岩が転がっている。
何か変だ。
今まで感じたことのない違和感がある。
「進むしかない、か……」
魔道具を掲げると、足元には錆びたレールが続いている。
慎重に、だけど急いで私は奥へ進む。
魔物の気配はない。
違和感は消えないが、何もない道を駆け、曲がり角を一つ抜ける。
その先に、見覚えのある折れた支柱があった。
「……は?」
さっき通った場所だ。
私は振り返って、来た道を戻る。
すぐに坑口が見えた。
見えてしまった。
もっと奥まで進んでいたはずなのに。
一度外まで出て、集中する。
全身に魔力を巡らせ、踏み込む。
風魔法で加速し、全速力で鉱山を駆け抜ける。
曲がり角を抜けた先にまた折れた支柱があった。
そのまま走る。
二度、三度、四度。
五度目の折れた支柱が見えたところで、私は立ち止まった。
「……はあ、ダメね」
支柱に手をつき、周囲を見回す。
道を間違えているわけじゃない。
どれだけ速く走っても、必ずここに戻ってくる。
空間が歪んでいる。
いや、歪んでるなんて雑な構造じゃない。
私は目を閉じる。
それなら、すぐに違和感の正体に気づけたはず。
上手く言葉にできないけど、もっと精密に複雑な何かだ。
でも、空間魔術に少し似ている。
こういうのは大体、起点となってる場所を壊せば戻るのよね。
辺りを見回す。
もちろん、そんなわかりやすい起点がすぐに見つかるはずもない。
妙な空間なせいか、魔力の反応もない。
見つけ出すには時間がかかるわね。
無理やり空間ごと壊すこともできそうだけど、異変が暴走するかもしれない。
それなら。
「真正面から潰しましょうか」
私は手を前に出し、空間魔術を展開する。
一瞬、目の前に異空間が開きかけ――弾かれるように消えた。
なるほどね。
今ので手がかりが掴めた。
やっぱり空間魔術と根本は同じらしい。
それなら解析も簡単だ。
私は宙を見つめたまま、演算を開始する。
項を追加し、術式を修正。
そっと手を振ると、今度は弾かれることなく異空間が開く。
「それじゃあ、この応用で……」
私は剣を取り出し異空間を閉じると、魔力を乗せて何もない空間に一振りする。
剣が空を斬る。
その軌跡に沿って、何もないはずの空間に黒い亀裂が走った。
視界が一転し、先へ続く道が見えた。
今のは魔力だまりの副産物でしかないみたいね。
奥の異変が暴走する気配はない代わりに、何かが解消した感覚もない。
いや、妙な空間にとらわれてる間に、新しく魔物が村に向かった気配を感じる。
事態は悪くなる一方ね。
無駄に時間を使ってる場合じゃない。
私はさらに奥へ向かう。
進むにつれて、整備されていない荒々しい道へと変わっていく。
一歩。
踏み込んだ瞬間、さっきと同じ違和感に包まれる。
私は足を止めずに、剣を振るう。
十字に亀裂が入り、その中へ飛び込む。
理解してしまえば、もう簡単だ。
「っと、成功したみたいね」
私は地面に着地して、辺りを見回す。
飛び込んだ先の景色は一変している。
完全に人の手が入っていない自然の洞窟だ。
空間転移。
普通なら到底不可能な芸当だけど、これだけ異常な空間なら話は別だ。
どうやら、かなり近道できたみたいだ。
目の前の洞窟に意識を向けると、少し先で地面が途切れている。
その向こうにも空間が広がっているようだけど、ここからでは地面に隠れて下の様子までは見えない。
けれど、感じる。
探知を使うまでもなく今までとは比べものにならないほど濃い魔力が、すぐ先から押し寄せてくる。
目前みたいね。
空間転移でかなり時間を短縮できたとは言え、悠長にはしていられない。
私は地面の縁へと近づき、人の背丈の二倍ほど下の地面に飛び降りた。
静かに着地して前方へ視線を向けると、広い洞窟の中心、十数歩先くらいの場所に何かある。
「……あれは、骨?」
白い塊を中心に魔力が渦巻いている。あれが原因だろう。
近づくと、その輪郭がはっきりとわかった。
とぐろを巻いた蛇が白骨になっている。
けれど、蛇にしては大きい。
「……もしかして、サーペントスネイク?」
でも、それはおかしいわ。
魔物は倒せば消える。
そのはずなのに、どうして。
そこまで考えて、意識を切り替える。
「いえ、今考えるべきことじゃないわね」
とにかくこれを壊すしかない。
……それで、止まればいいのだけど。
蛇の頭部に向けて、私は剣を振り下ろす。
その瞬間――空洞だった蛇の眼窩に、怪しい光が灯った。
剣先が地面に刺さる。
油断した……!
「なんなのよこれ!」
私は左右を見渡す。
白骨の蛇はとぐろを解き、逃げるように洞窟の奥へ這っていく。
私は蛇を追いかけ、もう一度、本気で剣を振り下ろす。
しかし、紙一重で躱される。
何度か試したが、当たらない。
地面や壁、洞窟中を這いまわって逃げられる。
土魔法で捕まえようにも、魔力だまりのせいか魔法のコントロールは効かないし。
「ああもう!」
もういいわ。
こんな鬼ごっこに付き合ってられないのよ。
私は異空間から武器を取り出し、壁へ向かって投げる。
蛇に避けられても構わない。
剣が岩壁に突き刺さる。
次は槍。その次は短剣。
地面にも、壁にも、次々と武器を突き立てていく。
「まだまだよ!」
投げて、投げて、投げまくる。
蛇はそのすべてを避けて、何本もの武器の間を目にもとまらぬ速さで駆け抜けていく。
だけど。
「追いついた」
私は突き立った斧を避けて這ってきた蛇を真正面から待ち構え、今度こそ逃げられない一撃を振り下ろす。
激しい音とともに、振り下ろした剣が蛇の頭蓋から背骨までを真っ二つに断ち切った。
二つに割れた白骨から、怪しい光がすっと消える。
そして地面に落ちた骨は、靄のように崩れて消えていく。
完全に消えて、跡には何も残っていない。
「……まったく、手間がかかったわ」
剣を下ろして、後ろを振り向くと、そこら中に武器が刺さっている。
異様な速さでかなり厄介だったけど、あれだけ武器をばら撒けば逃げられる場所は限られる。
あとは、避ける方向を読んで待っていればいい。
私は一息ついて、周囲を探知する。
相変わらず魔力は濃いが、渦巻くような激しさは消えて、緩やかに漂っているような感じだ。
……これで大丈夫、よね?
私は武器を拾いながらしばらく周囲を観察する。
しかし、何かが起こる気配はない。
魔物も新しく生まれてはこない。
「まあ大丈夫かしら。詳しいことはわからないし」
後は、ギルドの上の連中がなんとかするでしょう。
地味に面倒な武器の回収を終え、私は鉱山を後にする。
走りながら魔物の骨が何だったのか考えるが、答えが出ないうちに村まで着いた。
ガイルたちが魔物と戦っているが、魔物はほとんど残ってはいない。
私も加わるが、残っていたやつらも数分もすれば片付いた。
「よし」
ガイルが一人ずつ顔を確認するように、私たちを見回した。
「全員いるな」
その一言を聞いて、ようやく終わったのだと実感する。
無事に、緊急依頼は達成されたのだ。




