24
次の日、朝からギルドへ向かう。
……足が重い。
もちろん、エルセに会いたくないわけじゃない。
ただ、ギルドのやつらの視線が鬱陶しくて仕方ないのだ。
仕方なく私は歩く速度を上げた。
せめてエルセより先に着いて、すぐに外へ連れ出そう。
大丈夫。エルセは朝に弱いから、到着はもう少し後になるはずだ。
そう思って、ギルドの扉を勢いよく開けた。
……エルセがいた。
もはやギルドに馴染み、冒険者たちの喧騒に紛れても違和感がない。
ドレス姿なのに。
「あ、フレアちゃんおはよう!」
しばらく、扉の前に立ち尽くしていたらエルセが私に気づいた。
駆け寄るエルセの顔はなぜか得意気だ。
「フレアちゃん、私が朝に弱いと思って、先に来るつもりだったでしょ」
……うっ、バレてる。
私は一瞬目をそらしてしまう。
それを見逃さなかったエルセが、腰に手を当てて胸を張った。
「ふふん。そうだと思って、昨日のうちにちゃんと侍女のマリーにお願いしておいたのよ。朝、私を叩き起こしてって」
「……侍女に何頼んでるのよ」
自信満々でとんでもないことを言うエルセ。
そこまでして早く来なくてもいいでしょうに。
「あなた、由緒あるリンドベルグ家の娘でしょうが。もっと淑女らしくしなさいよ」
「だって、皆様の冒険のお話をもっと聞きたかったんですもの。あと、フレアちゃんのことも」
そう言われると、どう返答しようか迷ってしまう。
けれど、その必要はないみたいだ。
視界の端に見慣れたオレンジ色の髪が映った。
「フレアさん、おはようございます!」
レオが元気に手を振りながら、こちらへやってくる。
「おはよう、レオ」
近づいてきたレオがエルセを見た。
一応紹介しておいたほうがよさそうだ。
「えっと、こっちはーー」
「あ、レオ君、先ほどはありがとうございました!」
……ん?レオ君?
「いえいえ、エルセ姐さん。フレアさんの武勇伝なら他にもたくさん知ってますよ!」
……エルセ姐さん?
「あなた達、さっき会ってたの?」
顔を見合わせてにこにこしている二人に、私は状況が掴めない。
「ええ、レオ君はフレアちゃんの弟子だって聞いたから!」
「エルセ姐さんはフレアさんの大親友と聞いたので!」
まったく質問の答えにはなっていない。
むしろ、聞きたいことが増えた。
「弟子ってなによ」
「え、違うんすか!?」
レオが驚いた後、項垂れる。
そして、真正面から切なそうな顔をする。
心なし跳ねた髪がへたれてる気がする。
……はぁ。
「もう、弟子でいいわ」
仕方ない。
特訓見てあげてるし、もうそういうことでいいか。
「だからって二人でハイタッチはやめなさい!」
なにしてんの、この二人?
「あんたら、会ったばかりでしょ。大人なんだし距離感とか順序とかもっと大事にしなさいよ」
「もちろん、わかってるわ」
エルセは堂々と首を縦にふる。
「でも、フレアちゃんのお友達は私のお友達だもの!大丈夫!」
何が大丈夫かわからない。
レオには何か刺さったようで、すごく感激している。
「もうそういうことでいいわ……それじゃあ、もう行きましょう。私の生活を見たいんでしょ?」
この二人を一緒にしておくのは危険だ。
そう判断して、私はエルセの腕を取り、強引にギルドから連れ出した。
これで一息つける。
と思った瞬間、外でアルジャンに出くわした。
……もう、何でこのタイミングで。
面倒なことになりそうだと思ったが、予想に反してアルジャンの反応はまともだった。
アルジャンは一瞬驚いたあと、すぐに人当たりのいい笑みを張り付けた。
「こんにちは、お嬢様。フレアのご友人かな?俺はアルジャン。フレアの同僚です」
そして、軽くお辞儀する。あまり胡散臭くもないし驚くほど好印象だ。
「エルセと申します。フレアちゃんとは大親友ですの。今後ともフレアちゃんをよろしくお願いしますわ」
エルセも優雅に微笑んで、お辞儀をする。
さっきまでのが嘘みたいな、かしこまったやり取りだ。
「ははっ、俺のほうがフレアにはお世話になってますよ。邪魔しては悪いですから、俺はこれで」
そのまま、私たちの横を通り過ぎようとする。
……なんて出来た対応なのかしら。
私は一瞬だけアルジャンの肩に手を置き、耳元で呟いた。
「あんたは、まともで助かったわ」
それだけ言って、私たちも大通りを歩き出す。
今度こそ、一息つけそうだ。
後ろからアルジャンの叫び声が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
何かすごく情けない声だったし。
そのまま、エルセと屋台の立ち並ぶ道を進む。
二人で歩いていると、昔のことを思い出す。
領地にいた頃も、たまにこっそり街へ降りて遊んでいた。
「フレアちゃんのお家に行ったときも、こんなふうに街を見て回ったよね。懐かしい」
「……大袈裟ね。まだ半年も経ってないわよ」
適当に屋台へ視線を向ける。
隣から、エルセの小さな笑い声が聞こえた。
「エルセが数か月、私たちのところに来られないことも普通にあったでしょ」
「そうだけど……フレアちゃんは突然家を飛び出しちゃったじゃない。やっぱり、急にいなくなっちゃうのは思ってたより寂しくって」
視界の端にエルセを見る。
やっぱり、笑っている。
それに心を痛めたりなんか、しない。
「それでも、冒険者になりたかったのよ」
私ははっきりとした声で、そう言う。
「ええ、わかってるわ!応援してるもの。あっ、あれ食べましょう、フレアちゃん!」
エルセに手を引かれ、屋台へと向かった。
串焼きを買う。座って食べる。
また、歩く。
エルセはその間、私が答えにくいようなことは何も言わなかった。
冒険者としての生活を見せるために、裏通りへ入る。
冒険に必要な道具を扱う店が多く並ぶ通りだ。
冒険道具の店をいくつか見せたあと、鍛冶屋にも顔を出した。
自分から友人やお世話になっている人を紹介するのは、なんだか気恥ずかしい。
けれど、私の冒険稼業を話すなら、この店は避けられない。
少し会話をして、誰かが余計なことを言い出す前に店を出た。
ルークが残念そうにするが、今回ばかりは振り返らない。
大通りまで戻って、私たちは小さなカフェに入った。
落ち着いているけれど静かすぎない店内で、紅茶とお菓子を注文し、向かい合って席に着く。
「それで、リチャードとの婚約はうまくいってる?」
「ええ、順調よ。フレアちゃんが色々手続きを済ませてくれていたおかげで、問題なく婚約が決まったわ」
エルセは紅茶を一口飲んで、柔らかく微笑んだ。
その表情を見るに、あまり進展してはいないらしい。
二人とも本当に鈍感だ。
ため息をつきかけた、そのとき。
エルセがためらいがちに話を続けた。
「でも最近、少し変なの」
エルセは少し顔を伏せる。
「リチャードと二人でいると、なんだか緊張するの。こんなふうに向かい合って座っているでしょ。それで、目が合ったりすると恥ずかしくて逸らしちゃうの。いつも三人でいたからかしら?」
エルセは頬を染めながら、落ち着きなくもう一口紅茶を飲む。
エルセとリチャードが二人きりになることなんて、今までだって何度もあったでしょうに。
もう、焦れったい。
私は率直に言うことにした。
「ねえ、エルセ。あなた、リチャードのことが好きなんじゃないの?」
エルセはティーカップを持ったまま固まった。
そして、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
なんだか、してやったような気分になる。
……とどめを刺してしまおう。
「リチャードと目が合うだけで恥ずかしくなるんでしょう? それはもう恋よ」
エルセはティーカップを置き、両手で顔を覆った。
「わ、私。でも、え!?」
頬に手を当てて何度も頭を左右に振っているけれど、その顔は少しも嫌そうではない。
私はしばらく黙って見つめていた。
紅茶がぬるくなってきた頃、ようやくエルセは落ち着きを取り戻す。
「はぁ。どうしよう、フレアちゃん。私、リチャードのことが好きみたい」
「婚約者なんだから、問題ないじゃない」
私は紅茶を一口飲んだ。
やっぱり、ぬるい。
それから、エルセを見つめる。
「おめでとう、エルセ。リチャードと幸せになりなさいよ」
そう、言えた。
心から。
うん。二人が幸せになってくれることが、私は嬉しい。
エルセは嬉しそうに目を細めてる。
私も、その笑顔にまっすぐ笑い返した。
「ありがとう、フレアちゃん。でも、リチャードは私のことをどう思ってるかしら」
一歩進んだと思ったのに、エルセはまだそんなことを言っている。
……好きに決まってるでしょ。
正直、そう突っ込みたい。
けれど、さすがにそれは言えない。
「自分で確かめるしかないわね。今度、目が合ったら逸らさずに、じっと見つめてみたらどうかしら」
だから、半分おせっかい、半分いたずらでアドバイスをした。
エルセは少し考え込んだ後、真剣な顔でうなずいた。
どうやら、本気で実行するつもりらしい。
まあ、何にしても、これで少しは二人の関係も進展するでしょう。
それから、ここ数か月の出来事をお互いに話した。
リチャードも次期領主として頑張っているらしい。
「フレアちゃんの活躍が広まっているのよ。それで、リチャードも負けられないって意気込んでるの」
話を聞いただけで、その姿が目に浮かんだ。
「リチャードらしいわね」
本当に、いつになっても真っ直ぐだ。
会いたいような、まだ会いたくないような。
紅茶の水面を眺めながら考えてみても、やっぱりわからない。
「頑張れって言っておいて」
「……ええ」
……ん?
妙に間があった気がして、顔を上げる。
すると、エルセは真面目な顔をしていた。
「フレアちゃんとリチャードが婚約した時のこと覚えてる?」
「まあ、なんとなく……」
そして、唐突に昔の話を始めた。
「あの時、二人と距離を置こうとした私をフレアちゃんが怒ってくれたでしょ?」
それは、覚えている。
「それがね、とても嬉しかったの。だからね、忘れないでいてほしいの。リチャードと同じくらいフレアちゃんのことも大好きだってことを。それは、何があっても変わらないの」
言い終えたエルセは、何でもないことのように皿の上のお菓子を一つつまんだ。
私の気持ちを疑っているようには、少しも見えなかった。
……ああ、だめね。ちょっと泣きそうだ。
きっと、エルセならそう言うってわかってた。
私だって、ずっと二人から離れているつもりはなかった。
いつかは二人のところに帰るんだって、決めてた。
だけど、エルセの口からその言葉を聞くと、胸が温かくなる。
思っていたよりもずっと、ずっと……
「ふん、もちろんよ。長い付き合いなんだから、今さら何も変わらないわ!」
「ふふっ、そうよね。じゃあ、たまには帰ってきてね」
「……忙しいから。そのうち帰るわ」
「もう。リチャードも寂しがってるんだから」
私はつんと澄まして紅茶を飲む。
声が震えなかっただけ、上出来だ。
なんとなく窓の外へ目をやると、陽が傾きかけていた。
「そろそろ出ましょうか。遅くなるとまずいでしょ?」
エルセも外を見て、ため息をつく。
「そうね。もっとフレアちゃんの話、聞きたかったんだけど」
「もう話すようなこともないわよ。ちゃんと生活できてるってことは、わかったでしょ」
ぶっきらぼうに言いながら、私はひそかにエルセの反応をうかがった。
久しぶりにエルセと過ごせたのは楽しかったし、今の自分をちゃんと見せたつもりだ。
けれど、冒険者になった本当の理由だけは、ばれるわけにはいかない。
エルセは少し遠くを見たあと、屈託なくうなずいた。
「ええ! 冒険者になったフレアちゃんのことが知れて、楽しかったわ!」
よかった。
エルセは妙なところで鋭いから、ひやひやするのよね。
それから店を出て、エルセを馬車まで送る。
「フレアちゃんのことを大切にしてくれる人もたくさんいて、フレアちゃん自身も楽しそうで、すごくうれしいわ」
自分のことのように顔をほころばせるエルセに、苦笑してしまう。
「本当に来てよかった」
「そんなに? そういえば、結局なんで今、私のところに来ようと思ったの?」
色々あって、まだ肝心なことを聞いていなかった。
エルセは少し空を見上げて、話し始めた。
「この前ね、あるお方が忠告してくださったの。離れていても、変わらない関係でいるのは難しいって。それを聞いて、私、ちょっとだけ不安になったの。たぶんリチャードも……」
エルセの表情が曇る。
……それは、そうかもしれない。
私自身、二人の関係が変わることを望んでいるわけだし。
だから、なんて言うのが正解かわからない。
けれど、私が安っぽい言葉を並べる必要もなかった。
エルセは次の瞬間には、いつもの顔に戻っていた。
「それで、会いに行こうって思ったの! これから私の知らないフレアちゃんが増えていくなら、自分で会って確かめちゃえばいいんだわって」
「……あははっ。もう、相変わらず思いついたらすぐ行動するんだから」
本当にエルセらしい。
「リチャードはお仕事が大変だから来られなかったけど、ちゃんと今日のことは伝えておくわね」
「ええ、よろしく」
話しているうちに、待たせていた馬車が見えてきた。
「じゃあね、エルセ」
「ええ、また。体には気をつけてね」
そして、エルセは帰っていった。
私は、馬車が見えなくなってもしばらく遠くを見つめていた。
……リチャードとエルセはうまくいっている。
それがわかって、気持ちがすっきりした。
胸の奥が少しくらい痛んだって、どうでもよくなるほど嬉しい。
そう思えるのも、たぶん――
見慣れた顔がいくつも浮かび、私はそこで考えるのをやめた。
認めてしまうのは、むず痒い。
「二人は心配いらないみたいだし、私は好き勝手暴れましょうか!」
明日からの依頼を考えながら、私はギルドへ戻った。




