25
――ジリリリリッ!
ある日の夕暮れ前、緊急を知らせるベルがギルドに鳴り響いた。
「Bランク以上の冒険者は、直ちに集まってください!」
セリアの号令に、私を含めた五人が動く。
依頼帰りの冒険者が戻るにはまだ早い。今すぐ動けるBランク以上は、これだけだった。
「西方のベルナ村から緊急救援要請! 廃鉱山から魔物が次々と出現、数は不明!」
セリアが手元の報告書へ素早く目を走らせる。
集まった顔ぶれを見渡すと、すぐに指示を出した。
「フレア、ガイル、ロイド、リック、アランの五名は、準備でき次第ベルナ村へ向かい、防衛に当たってください。不足する戦力は、中央支部にも応援を要請します」
セリアがほかの職員たちへ次々と指示を出していく。新人のニーナも、緊急時の対応を機敏にこなしていた。けれど、その手は少し震えているように見えた。
「現地での指揮はガイルに任せます。到着後はこれで状況を報告し、以後の方針はギルド長グスタフの指示を仰いでください」
セリアは、職員の一人が持ってきた通信用の魔道具をガイルに渡した。
「了解だ。お前ら、準備する時間は必要か?」
地図と通信魔道具を受け取ったガイルが、私たちを振り返る。
いつになく冷静な声だった。
「いや、必要ない。早く行こう」
ロイドが答え、リックとアランも手早く装備を確かめてうなずいた。
ガイルが私に視線をやって、私は咄嗟に首を振った。
「じゃあ、行くか」
ガイルが大股で歩き出し、その後ろを四人がついていく。
……初めての緊急依頼だ。気を引き締めないと。
足を引っ張るわけにはいかない。
◇
五頭の馬が、西へ続く街道を駆けていた。
「ベルナ村までは二時間だ! 到着までに、現地での動きを決めるぞ!」
私は左右を見る。
ガイルは大剣使い、ロイドは槍使い、リックは弓使い、アランは剣士だ。
……何があるかわからない状況で、武器がばらけているのは幸いかもしれない。
「俺とアランは魔物の討伐を優先する! ロイド、リック、フレアは村人を保護してくれ!」
ガイルが私に目を向ける。
「フレアは村人を守りながら、危ねえところがあったら勝手に埋めろ!」
「ずいぶん雑な指示ね」
「お前に細かい指示なんかいらねえだろ」
……信頼されている、ということではあると思うけれど、たぶんそれだけじゃない。
そんなことを考えていると、ロイドの鋭い目がこちらを向いた。
「俺たちに気を遣うなよ。俺もリックも、お前の動きに合わせられる」
そう言って、背負った槍を指で軽く叩いた。
どうやら、私が複数人での戦闘に慣れていないことまで見抜かれているらしい。
ロイドって、怖い顔に似合わず面倒見がいいのよね。
私が世話を焼かれる側になるとは思わなかったけど。
「ええ!遠慮なくいくわ!」
「無茶はするなよ」
「俺もちゃんと合わせるからねぇ。置いていかないでよぉ」
リックが眠たげな目のまま、間延びした声を挟んだ。
「俺も全力を尽くすので、よろしくお願いしますね」
アラン馬上で器用に頭を下げる。
そのとき、ガイルの持つ通信魔道具が音を立てた。
ガイルが魔道具を取り出し、魔力を流す。
『ガイル、聞こえるか? ギルド長のグスタフだ』
「おう、聞こえてる。今、馬でベルナ村へ向かってるところだ。あと二時間はかかる」
『そのまま頼む。追加の情報を伝えるぞ。ベルナ村は数百人が暮らす中規模の村だ。現在も廃鉱山から魔物の流出が続いており、自警団が応戦している』
「了解。まずは村人の保護を優先する」
『ああ。それから、中央支部からもAランク冒険者が率いる四人組が向かっている。お前たちより一時間ほど遅れる見込みだ。何か質問はあるか?』
ガイルが私たちへ視線を巡らせる。
「住民の避難状況は分かりますか?」
アランがすぐに口を開いた。
『そこまでは分からん。村側も一人一人確認している余裕はないだろう。ただ、緊急時には村の中央にある教会へ避難することになっている』
「なるほど……ありがとうございます」
『ガイル、現場での指揮は頼む。状況は、可能な範囲で随時報告してくれ』
そこで通信は途切れた。
蹄の音が、やけに大きく響く。
「先を急ぐぞ」
沈みかけた陽を追うように、私たちはベルナ村を目指した。
◇
空が暗くなり始めた頃、ようやく遠くに村の明かりが見えた。
その手前の街道を、何かがこちらへ駆けてくる。
……魔物!
私は手に魔力を集めた。
「いいよぉ。俺がやる」
次の瞬間、私の横を矢が走った。
魔物の眉間を正確に貫き、その体が街道を転がっていく。
「俺も結構やるでしょ?」
リックは眠たげな眼をしたまま、次の矢をつがえた。
「村まで一気に行くぞ!」
ガイルが速度を上げ、私も遅れずついて行く。
近づくにつれて、揺れる松明の向こうに村の様子が見えてきた。
狼型や猪型の魔物が北側に数十匹。高い柵でどうにか魔物を食い止めている。
そのとき、防柵の向こうからもいくつもの魔物の気配を感じた。
……中にも入り込んでる!
ガイルとロイドが視線を交わす。
「アラン!俺たちはあの群れを片付けるぞ!」
ガイルとアランが街道を外れ、防柵の北側へ向かう。
「俺たちはこっちだ!」
ロイドを先頭に、私たちは村の入口へ馬を走らせた。
東門は固く閉ざされている。
私たちは門のそばで馬を降り、柵を飛び越えて村に入った。
通りに人影はなく、悲鳴も聞こえない。
道の先には、避難所になっている教会が見えた。
けれど、左右に並ぶ家々の隙間から、いくつもの魔物の気配がする。
「ばらけてるな……」
ロイドが眉間にしわを寄せた。
「リックは先に教会へ行って到着を知らせてくれ。フレア、教会に近いやつを片づけるぞ」
私たちは武器を手に、走り出す。
まずは、教会の手前にある井戸のそばに一体。
一気に速度を上げ、すれ違いざまに首を一太刀で断つ。
ロイドが教会の裏手へ回るのを見て、私は左手の建物の陰へ向かった。
教会周辺の魔物を片づけるのに、そう時間はかからなかった。
教会の前でロイドと合流し、私たちも中へ入った。
長椅子にも床にも、大勢の村人が身を寄せ合っていた。
怪我人のうめき声や子供のすすり泣きが、低く重なっている。
けれど、ひどく取り乱している者はいなかった。
「二人とも、こっちこっち」
入口を入って左手の隅で、リックが手招きしている。リックの前には白髪の男がいる。
「村長さん、こちらが一緒に来た冒険者のロイドとフレアです。他に二人いますが、今は外で魔物を討伐しています」
「教会周辺の魔物は討伐しました。ひとまず、この辺りは安全です」
ロイドが一歩前に出て、村長に報告した。
「おお……ありがとうございます」
村長が安堵の息をつき、教会内の張り詰めた空気も少しだけ和らいだ。
村長は背筋を伸ばしたまま口を開きかけたが、その前に一度深く息を吐いた。
「まだ北東側に住んでる人たちが見当たらないらしいんだよね。十何人か、逃げ遅れてるみたい」
リックがさりげなく説明を引き取った。
村長は苦しそうに頷く。
「フレア、リック行くぞ」
去り際にリックが不安げに見上げる少年に笑い掛ける。
「ここにいれば大丈夫だよぉ。安心してね」
ロイドも少し考えて一言だけ残した。
「……心配するな。俺たちがいる」
そして、すぐに教会を出ていく。
私は空間魔術から包帯や非常食を取り出して村長に渡し、ロイドたちの後を追った。
走りながら魔力探知を広げる。
北東から、魔物の魔力が伝わってきた。
人の魔力も微かに感じる。けれど、人間の魔力は弱く、探知からこぼれることも多い。反応がない場所にも、誰かがいるかもしれない。
結局、自分たちの目で確かめるしかない。
「村人の魔力は感じない……フレアはどうだ?」
「少しだけ捉えたけど、全部はわからない」
「じゃあ、まずはそこに行く。フレア、先を行ってくれ」
私が先頭に立って走る。
北東へ近づくにつれて、周囲に魔物の反応が増えていく。けれど、今は村人の救助が先だ。
進路を塞ぐグレイウルフやアイアンボアだけを、足を止めずに切り伏せる。
脇から飛びかかろうとする魔物は、リックの矢が次々と射抜いていった。
「今、右の家から物音がした。俺が様子を見てくる」
探知した場所まであと少しというところで、ロイドはそう言い残し、右手の家へ向かった。
それからすぐに家々の間に大きな作業場が見えた。
農具や荷車の車輪が並ぶ、村の鍛冶場らしい。
あそこに、人の反応を感じる。
周囲に魔物の気配はない。
私は足を止め、鍛冶場の扉を開けた。
薄暗い作業場に人影はないが、奥には、半地下の倉庫へ続く階段があった。
「救助に来たわ!誰かいる!?」
返事はない。
けれど、階段の下から何か物音がした。
「俺は周囲を見てるよ」
リックが弓を手にして、外へ出る。
私は慎重に階段を下りていく。この先に、逃げ遅れた人たちがいる。
……リックのように、安心させられるだろうか。
一番下まで着いて口を開きかけ、止まる。
鞘を取り出し、手にしていた剣を収めて腰に下げた。
一度息を吐く。
できるだけ柔らかい声で、扉越しに呼びかけた。
「王都から来た冒険者よ。建物の周りの魔物は倒したわ。開けて」
しばらくして、扉の向こうから震える声が返ってきた。
「……本当に、冒険者さんですか?」
「ええ。助けに来たの」
荷物を動かす音が続き、扉がわずかに開く。
その隙間から、不安そうな男の顔がのぞいた。
私の姿を確かめると、男は大きく息を吐いた。
扉の奥には、子供や老人を含めて十人の村人が身を寄せ合っていた。
感じ取れていたのは、その半分にも満たない。
「今、外で仲間が魔物を倒してるわ。私たちが教会まで連れていくから、大丈夫よ」
壁に掛かっていたランタンに火をともして、村人たちを見渡す。
重傷者はいなさそうだ。
「歩けない人はいる?」
「母が足を痛めてしまって……」
若い女性が、奥に座る母親へ目を向けた。
「見せて」
足首が大きく腫れている。骨に異常があるかまでは分からないけれど、このまま歩かせるわけにはいかない。
私は近くにあった細い板を二本拾い、短剣で長さを整えた。包帯を巻きながら、足首が動かないよう固定する。
「痛みはどう?」
「ありがとうございます。支えてもらえれば、なんとか歩けそうです」
顔色はあまり良くない。けれど、ここではこれ以上の処置はできない。
「俺たちで支えます」
二人の男が女性の両側に立ち、ゆっくりと立たせた。
「ええ、お願い。まずは階段を上がりましょう」
ゆっくりと階段を上がり、一階の作業場に出た。
そのとき、ちょうど外からリックの声がした。
「フレア、開けるよ」
「いいわよ」
扉が開き、リックが入ってくる。
その後ろにはロイドもいた。
五歳くらいの少女を片腕で抱きかかえ、父親らしき男を連れている。
「さっきの家にいたところを保護した」
「ほ、ほかの人はどうしてますか!?」
他の家にも残っていたのを見て、男の一人が取り乱したように聞く。
「ほとんどの人は教会に避難してるよ。今からここら辺の家を確認してくるから、安心してねえ」
村人たちは少し落ち着いたが、まだ不安そうだ。
「急いで確認しましょう」
「そうだねえ……俺とフレアで見てくるから、ロイドは残って警護してて」
リックは、ロイドの服を強く握りしめている少女へ一瞬目をやって、そう言った。
「……頼んだ」
ロイドは少女を抱いたまま、短く答えた。
私とリックはすぐに外へ出る。
通りの左右に分かれ、一軒ずつ家の中を確かめていった。
「冒険者よ! 助けに来たわ! 誰かいるなら返事をして!」
返事はない。物陰や地下室まで確認したけれど、人の姿は見つからなかった。
……だけど、本当に?
見落としはなかった?
反応のない場所にだって、人がいるかもしれない。そう思うと、確認したはずの家が頭から離れなかった。
「どうだった?」
「……誰もいなかったわ」
鍛冶場の前へ戻ると、リックもちょうど向かいから戻ってきた。
十二人の村人を教会まで送り届けなければならない。もう一度すべての家を見て回る余裕はない。
鍛冶場に入って、誰もいなかったと伝える。
「よかった……」
全員が安堵する。
「それでは、今から教会まで移動する。魔物が現れるかもしれないが、俺たちが倒す。決して取り乱して、離れたりしないでくれ」
ロイドが村人たちを見渡して告げる。
さっきまで抱えていた少女は、父親に背負われて眠っている。
魔物が近くにいないことを確認して私たちは外に出た。
ロイドを先頭に、私とリックが後方の左右につく。
十二人の村人を三人で囲むようにして、教会へ向かい始めた。
もうすぐ完全に陽が落ちる。周囲からは、いくつもの魔物の反応が伝わってきた。
普段なら十分もかからない距離でも、足を痛めた女性に合わせれば、教会まで三十分近くかかるだろう。
村に入り込んでるのは弱い魔物ばかり。
それでも、今は十二人を守りながら進まなければならない。
剣を握る手に汗が滲む。
すぐそばを歩く村人たちの足音が、妙に大きく聞こえる。
誰か一人でも、この輪からこぼれたら――。
そう考えると、落ち着かなかった。
魔力感知に神経を尖らせながら、少しずつ教会へ進んでいく。
前方の路地から、二つの魔力が近づいてくる。
「魔物が来る!一旦止まれ!」
ロイドの掛け声に緊張が走る。
「俺たちが倒すから慌てないでねえ」
リックが変わらず間延びした声でそう言う。
ああ、そうだ。不安なのは村の人たちの方だ。
囲いの内側で、誰かが小さく息を吐いた。
前方では、ロイドが村人たちを背にするように槍を構えている。
その背中には、迷いなんて少しも見えなかった。
私も剣を握り直す。
……まったく。私が安心させられてどうするのよ。
大丈夫。一匹だって、ここには通さない。




