23
冒険者になって、もうすぐ五か月。いつのまにか、季節は完全に秋へと移り変わっていた。
夕暮れの中、依頼を終えた私は、涼しい風を感じながらギルドに向けて大通りを歩いていた。
この時間はどこも人が多い。食材を籠に詰めたご婦人や仕事帰りの男たち駆け回る子供たちの間を抜けて進む。ギルドにも、依頼を終えた冒険者達が集まってるはずだ。
……どうせ、ガイルが騒いでるでしょう。
私は一息ついて、ギルドの武骨な扉を開けた。
「あれ?」
予想に反して、中はやけに静かだった。
冒険者たちはちゃんといる。しかし、いつものような賑やかさが全くない。
何だか皆困惑した顔をしている。
「ーーまあ、そうなのですか!」
奥の方から、聞き馴染みのある声が聞こえる。
こんな場所で聞くはずのない、はつらつとした声だった。
冒険者たちの輪の中心で、明らかに貴族と分かるドレス姿の少女が笑っている。
エルセだ。
「何でいるの……?」
私は慌てて辺りを見回し、近くにバルドを見つけた。
椅子に座って、呆れたようにエルセたちを見つめている。
エルセに声をかけるのは後回しにして、私はバルドに問い詰める。
「ちょっとバルド、あんたベテランでしょ! あれ注意しなさいよ!」
……あんた、私が冒険者登録に来たとき絡んできたじゃない!
バルドはゆっくりと私を見て、顔をしかめた。
「したさ。あんたみたいな者が来る場所じゃないってな。だけど、あのお嬢さん、まったく怯まないんだよ」
バルドはなんとも言えない表情をする。
「友達を待ってるだけだとさ。お前がその友達なら、早く行ってこい」
バルドが指を指した後、関係ないとばかりに机に頬杖をついてそっぽを向く。
仕方なくそちらに視線を向けると、エルセは冒険者たちと和気藹々と話していた。
というより、しどろもどろになる冒険者たちを質問責めにしていた。
あのガイルまで、動きがぎこちない。いつものようながさつな笑いを抑えて、引きつった笑みを浮かべている。
と思ったら、エルセが上目遣いにガイルを見た途端、すぐににやけ面になった。
きっとエルセに褒められたのだろう。
しまりのない表情をしている。
……まったく、鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!
一刻も早く引き離さないと。
「エルセ!」
「あ、フレアちゃん!」
エルセが、ふわりとドレスをなびかせて駆け寄ってくる。
そして、止まることなく私に抱きついた。
「久しぶり、会いたかったわ!」
ギルド中の視線が集まる。
エルセはまったくそんなことに構う様子もない。
ぱっと離れると、今度は私の手を握って勢いよく振る。
「あのね、今、皆様から色々おはなしを聞いてたの!皆様いい人たちね。フレアちゃんも、しっかり冒険者をしているって聞いて安心したわ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
私は、エルセの肩に手をおいて話を遮る。
聞きたいことが色々あるのだ。まずは質問させてほしい。
その時。
「フレアちゃん……?」
誰かがぽつりと呟いた。
それを、一睨みして黙らせる。
私は一度大きく呼吸をして、エルセを見つめる。
「まず、なんでここにいるの?」
「フレアちゃんに会いにきたのよ」
「そうじゃなくて!」
……もう、調子狂うわね。
「だってフレアちゃん、全然帰ってきてくれないんだもの」
エルセが頬を膨らませる。
「だから、私の方から会いにきたのよ。ここに来れば会えると思ったの。受付の方に聞いたらね、夕方には帰ってくるって親切に教えてくださったから待ってたわ!」
「危ないでしょ!」
私の言葉に、エルセは得意気な顔をする。
「もちろん、わかってるわ!だから、ちゃんとヒールじゃなくて動きやすい靴履いてきてるのよ?」
……ダメだ、何もわかってない。
私が言葉に詰まっていると、エルセが目を細める。
「それに、私は世界一強いフレアちゃんの大親友なのよ? 自分の身は守れるくらいの心得はあるわ」
そう言われると、私は何も言い返せなくなった。
「……でも、怖いやつに声かけられたでしょ?」
私は仏頂面で腕を組むバルドをちらっと見る。
「ううん、怖くなかったわ! 迫力のあるお顔をなさっていたけれど、目を見たら心配してくださっているってわかったもの。優しい方ね」
エルセがバルドに微笑みかける。
目が合ったバルドは、大袈裟に顔を背けた。
今度こそ本当に何も言い返せない。
「……わかったわ。それで、エルセの方はどうなの?リチャードは元気?」
「元気よ。この前、リチャードとの婚約のお披露目をしたの。順調よ」
そこまで言って、エルセが少し眉を下げた。
「……ごめんなさい。もっとお話したいのだけど、もう帰らなくちゃいけないの。フレアちゃんは明日時間あるかしら?」
確かに、もう空は暗くなり始めている。
貴族街は王都の中心辺りにあるからここから少し時間がかかる。
……明日は適当に依頼を受けるつもりだったし、問題ないわね。
リチャードやエルセと顔を合わせるのは、もっと先のつもりだった。
けれど、会ってしまったものは仕方ない。
私も、もっと話したい。
「ええ、明日は空いてるわ」
エルセの顔がぱっと明るくなる。
「よかった! じゃあ、また明日会いましょうよ。朝、ここに来るわね!」
「え、ここ? 別の場所でいいじゃない」
また明日もこの視線を感じるのは遠慮したい。
エルセは注目されていることに気づいていないのか、なおも食い下がる。
「せっかくだもの、もう少しギルドの空気を知りたいの! ダメかしら……?」
「はぁ、わかったわ」
一応、受付のセリアの方を見ると、小さく頷いてくれた。
大丈夫みたいだ。
「また明日ね! 皆様もありがとうございました。それでは、ごきげんよう」
エルセは冒険者たちの方に数歩近寄って、綺麗にお辞儀をする。
そして、私に手を振ると、軽やかな足取りでギルドを出ていった。
「……まさか一人で来たんじゃないでしょうね」
慌てて外を見ると、大通りの少し先に上品な馬車が停まっていた。
御者と護衛らしき男が、こちらを見て深く頭を下げる。
……一応、そこはちゃんとしてるのね。
馬車が動き出すまで見送ってギルドに戻ると、皆こっちを見ていた。
はぁ。
私は無視して、受付に行く。
エルセに気を取られて、まだ依頼達成の手続きができていなかった。
「えっと。お帰りなさいませ、フレアさん」
さすがのセリアでも、微笑む口の端がひきつっていた。
「……これ、お願い」
「はい、少々お待ちください」
室内には少しずつ話し声が増えていき、いつものギルドに戻って行く。
まだちらちらと視線を感じるが気にしない。
「お待たせいたしました。こちらが報酬です。依頼達成おめでとうございます」
「ええ、ありがとう」
そこで、セリアが笑みを消して真剣な顔をする。
「あと、先ほどのエルセ様の件で謝罪させてください」
「え?」
……そっちが謝ることある?
「本来、冒険者の情報を無闇に他者へお伝えするべきではありません。ですが、彼女は冒険者ギルドに入っても、まったく臆する様子がありませんでした」
セリアは、申し訳なさそうに目を伏せる。
言われてみれば、その通りかもしれない。
「フレアさんを探して危険な場所に踏み込んでしまうより、ここでフレアさんが戻るのを待っていただくべきだと判断しました。夕方には戻ることが多いとお伝えしてしまい、申し訳ございません」
「いいわよ。むしろ助かったわ」
……エルセなら、本当に私を探してどこかへ行きかねない。
「あの子、昔から危なっかしいのよ」
「ふふ。皆さん、エルセ様の前ではおとなしくなってしまって、珍しい光景でしたよ」
セリアが微かに笑い声を漏らす。
その時、後ろに気配を感じた。
「フレアちゃん、って呼ばれてるんだな」
ガイルの腹立たしい声が聞こえる。
……無視よ、無視。
こんなやつに構っていられないわ。
「いやー、それにしてもいい子だよな! 俺も、ガイル様なんて呼ばれちゃったぜ! くぅー、たまんねえ!」
「にやけてんじゃないわよ! あんた、二度とエルセに近づかせないからね!」
その瞬間、堪えていたらしい冒険者たちが一斉に笑い出した。
……明日も、ここに来るのよね。
早くも頭が痛くなってきた。




