22
大通りを抜けた先にある、人気の少ない静かな広場。
私はベンチに座り、目の前の四人を眺めていた。
レオが剣を振る。
ダンは結界を張る練習をしている。
ミアは目を瞑り、魔力を高めている。
そこまでは、見慣れた並びだった。
問題は、ルークがレオの隣でちょこんと短剣を振っていることだ。
……仕方なかったのよ。
鍛冶屋で特訓の話をしたら、短剣持ってついてきちゃったんだから。
レオ、ダン、ミアも受け入れているみたいだし、まあいいか。
あ、そろそろルークには休憩させないとね。
立ち上がろうとした瞬間、レオが剣を止めてルークに話しかけた。
そして、二人で剣を置いた。
レオも成長したわね。
集中していても、周りが見えている。冒険者として良いことだわ。
レオはしゃがんで、ルークと何か話している。
レオが背を向ける。
ルークがよじ登る。
レオが立ち上がる。
……肩車?
レオがそのまま走り出し、ルークはきゃっきゃと笑っている。
二人が初めて会ったのは、ほんの数時間前のはずだ。
なのに、尋常じゃない速さで仲良くなっている。
……見習うべきかしら?
アルジャンとの距離感とか。
二人は追いかけっこを始めた。大型犬と小型犬が戯れてるみたいで微笑ましい。
いや、これを真似するのは無理ね。
仕方なく、二人を呼びに行く。
休ませるつもりだったルークは、レオの背中から降りたあとも元気に走り回っていた。
ミアとダンにも声をかけ、全員で休憩にすることにした。
「もう、そんなに息切らして。無理しちゃだめよ、ルーク」
「えへへ、すみません」
ルークが上気した顔で水を飲む。
その隣では、レオがルークの頭を撫でていた。
私は今度、そちらに目を向ける。
「レオも、なんで追いかけっこ始めてるのよ。休む流れだったでしょう」
「うっ、すみません。そのつもりだったんですけど、肩車してたらテンション上がっちゃって……」
レオが肩をすくめる。
「レオは昔から、何でもすぐに楽しんじゃうんですよね」
ミアが困ったように、懐かしむように笑う。
だけど、その視線が何度もルークに向いている気がする。
何だかうずうずしてるし、よく見ると手を握りこんでるし、大丈夫かしら……?
ふと、ダンがずっと黙っていることに気が付いた。
ダンはルークの隣に座ってじっと顔を覗き込んでいた。
ルークは不思議そうに口を開けてダンを見上げている。
奇妙な空間が出来上がっていた。
「何してるの、ダン?」
しばらく経っても動かないので声をかけた。
「……あ、レオの小さいころに、似てるなって思って」
「そうなんですか! うれしいです!」
喜ぶルークに、ダンは懐からお菓子を取り出して渡す。
……なんで持ってるの?
「……レオも昔は可愛かった」
ダンがルークの頭にそっと手を置いた。
その手つきは、妙に慣れている。
「おい! 今の俺が残念ってことか!?」
「ち、違う……! 今は格好良くなったってこと……!」
ダンが慌てて言葉を重ねる。
それを聞いて、レオはもう上機嫌だ。
……チョロいわね。
「でも、ルーク君の方がおとなしい気もしますよ。昔のレオは、もう少しやんちゃでした」
「あー、確かに。俺、怪我しまくってたし。ルークは成長したら好青年になりそうだな!」
レオが大口を開けて笑った。
ルークも、それを真似するように笑う。
「三人とも、昔からこんな感じだったんでしょうね」
「私はちゃんと成長してます!」
ミアがちょっとだけ不満そうにする。
「うん……ミアは最近たくましくなったというか、図太くなったっていうか。前はおしとやかだったんだけどな……」
レオが遠くを見つめ、ダンが小さくうなずく。
「フレア様のおかげです!」
「私、何もしてないわよ!?」
「フレア様の格好よさを間近で見て、私も遠慮してる場合じゃないって思ったんです! フレア様は私の憧れです!」
……否定できない。
私、だいぶ好き放題してるし。
「ほどほどにしときなさいよ……」
「はい!」
ミアは目を輝かせたまま、元気よく頷いた。
……たぶん、わかってないわね。
「ミアお姉さんは、魔法使いなんですか?」
ルークはいつの間にか、レオの膝の上に座り、すっぽり抱えられていた。
お菓子を頬張りながら、興味津々な顔をしている。
剣だけじゃなく、魔法も気になるらしい。
「くっ……!」
ミアが胸を押さえる。何だか息が荒い。
……これは絶対、私のせいじゃない。
「んんっ……ええ、そうですよ、ルーク君。私が魔法使いで、レオが剣士、ダンが重戦士……盾で守ってくれる職業です」
ミアが穏やかな声で説明する。
「どんな魔法ですか!?」
「私は、火と水です。……なんですけど」
ミアが言い淀んで私を見た。
「フレア様、水魔法ってどうやって使えばいいんでしょうか?」
そういえば、ミアは火属性を多用していた。
魔物にダメージを与えるには火の方が向いてる。
今までは火属性の扱いに必死になってたけど、他を気にする余裕ができたってことかしらね。
「水魔法は、火みたいに一撃で倒すには向いていないものね」
「はい。この前、見せてくれたみたいに相手にぶつけてひるませてみたんですけど、うまく次に繋がらなくて」
初級の冒険者には難しいだろう。
結局は水なのだ。ぶつければ一瞬ひるませることはできるけど、それだけで相手の動きが止まるわけじゃない。
その隙を攻撃につなげるには、まだ三人の連携が足りない。
「その使い方をするなら、まだ、攻撃に使うのは早いわね。今は、誰かがピンチの時に使うって認識がいいと思うわ。水球は火に比べて、発動も簡単だし、弾速も速いのよ」
私は話しながら、両手で抱える程度の水を生み出す。
ミアだけじゃなく、他の三人も私の手元にじっと注目している。
「あと水の特徴は、いろいろな属性の中で一番形が変えやすいことよ。細長く伸ばしたり、丸く固めたり。薄く広げれば足場になったりもする。大切なのは想像力ね」
次々形を変える水に、レオ、ダン、ルークから呑気な歓声が上がる。
呆けるように眺めているミアに、私はとっておきの使い方を見せる。
私は立ち上がり、片手を前に出す。ざばり、と大量の水が足元からあふれた。
四人が息を呑む前で、私はそれを人ひとり包めるほどの球へとまとめる。そして、空間魔術で取り出した木人形を、広場に適当に放り投げた。
私は魔力を漲らせ、その人形に向けて水の塊を高速でぶつける。
人形は、水に呑まれ、そのまま中へと沈んでいく。
私は振り返って四人を見る。
「どう?水は攻撃に向かないって言ったけど、こうすれば手も足も出させずに相手を倒せるわよ」
レオとダンは、両側からルークを抱きしめて唖然としている。
「水、怖い……」
「こんなの、俺死んじゃうじゃん!」
ちょっと怖がらせ過ぎたかしら?
「わあ……!」
年上二人に抱き着かれるルークは、一人だけ目を輝かせていた。
……それなら、別にいいか。
「……」
ミアは目を見開いたまま、言葉を失っていた。
けれど、その表情は怯えではなく、何かを必死に焼きつけようとしているものだった。
「さて、そろそろ休憩は終わりにして、再開しましょうか」
ミアが即座に杖を持って立ち上がる。
私はその背中を少しだけ見送ってから、片手を振って水を消した。木人形がぼとりと落ちる。
レオとダンは後ずさったまま、人形を目で追っている。
「ほら、二人ともさっさと立ちなさい!」
「行きましょ!レオお兄ちゃん、ダンお兄ちゃん!」
ルークが元気に立ち上がって、二人の手を引く。
「ああ、そうだ。ダンは盾の特訓をしましょうか」
ダンが少し間をおいて頷いた。
「結界魔術はまだ未熟だけど、基本は理解できてる。もう少し慣れたらまた教えるわ」
今は、一人でひたすら練習するしかない段階だと思う。
魔術は、誰かに教えてもらえばどうにかなるというものでもないのだ。
……でも、思っていたよりも上達が早いわね。
ダンは自分を過小評価しがちだけど、全然そんなことないのよ。
ダンが広場の端に置いていた盾を持って走ってくる。
私はダンに立ち位置を指示する。
レオとルークが剣を振っている場所から数歩ほど離れた位置だ。
指示された場所に立ったダンが、眉をひそめる。
「あの、近すぎるんじゃ……」
「ええ、今から攻撃を仕掛けるから、後ろの二人を守るつもりで構えなさい」
ダンが目を見開く。
それを無視して、私はダンに踏み込んだ。
剣と盾がぶつかり、激しい音が響く。
ダンは動かない。
一撃目をびくともせずに耐え抜いた。
そのまま二撃、三撃と剣を振る。
剣筋を変えても、盾を動かし上手く衝撃を逃がしていく。
連撃の途中で、私は剣を振るように見せかけて体を横へずらした。
そして、脇をすり抜けレオに接近しようとする。
「っ……!」
ダンが無理やり体を滑り込ませた。
盾は構えている。
けれど、姿勢は崩れ、隙だらけだ。
私は剣を下ろす。
「ダン、今、自分が攻撃されることを気にしなかったでしょう」
「え、それは……はい」
ダンが少し目を伏せる。
「確かに今回は二人を守りなさいと言ったわ。でも、たぶんあなた、実戦でも自分を犠牲にしようとするでしょう?」
ダンが小さく首を縦に振った。
「盾役が倒れたら、後ろの二人も危ないのよ。自分のことも、ちゃんと守りなさい」
私は冒険者としてのアドバイスをする。
ダンは納得したように、目に力がこもる。
……でも、そうじゃない。
「ねえ、ダン。あなたが傷ついて、レオとミアが平気でいられるわけないでしょう?盾を持つってことの重圧はわかる。けれど、それは忘れちゃだめよ」
ダンは盾の縁を握りしめた。
何かを言おうとして、けれど言葉にできなかったように口を閉じる。
「自己犠牲なんて誰も幸せにならないわよ。全員で幸せになる道を選びなさい。三人で一つのパーティなんだから」
ようやく、ダンの目にまっすぐな力が戻った気がした。
つい熱くなってしまって、少し恥ずかしいけれど、私はなんでもないふりをする。
……自己犠牲、ね。
ええ、そんなもの甘えよ。
まずは、自分が幸せにならなくちゃいけないのよ。
「まあ、どうせ仲間を優先しちゃうんでしょうけどね。だから、自分が怪我したら死ぬほど悔しがりなさいよ! 仲間を守れたからそれでいい、は許さないから!」
私がじっと見据えると、ダンが少し狼狽えた。
「はい」
そして、肩の力が抜けたように小さく笑う。
「うん。じゃあ、続きやりましょうか」
私は剣を構え直す。
再び、剣と盾のぶつかる音が広場に響いた。
それから何十回と打ち合ううちに、陽はすっかり高くなっていた。
私たちは、そこで昼食にすることにした。
レオが全員分を買ってくると言って、大通りの屋台まで駆けていく。
数分後、にっこり笑って戻ってくる。両手に抱えていたのは、パンの間に肉と野菜がぎっしり挟まったサンドイッチだった。
レオらしい選択だ。
「美味しい!」
ルークは一口かじった瞬間、目を輝かせた。
そのまま口いっぱいに頬張っていく。
「ええ、美味しいわ。ありがとね、レオ」
「ふぁい!」
レオが口いっぱいに詰め込んだまま返事をする。
手にはもう、二つ目のサンドイッチを持っていた。
「もう、お行儀が悪いですよ。水を飲んでください」
「んぐ、んぐ。サンキュー!」
ミアが水筒を差し出し、甲斐甲斐しくレオの世話をする。
「さっきのダンお兄ちゃん、すごく格好よかったです!」
サンドイッチを飲み込んだルークが、目を輝かせて言った。
「そうだろ! ダンはどんな敵も受け止めてくれるんだよ! すごいだろ!?」
「なんでレオが自慢げなのよ……」
ルークとレオが盛り上がり、ダンは照れたように俯いている。
……こうして輪になって食事をしていると、領地にいた頃を思い出す。
三人でピクニックをして、エルセの手料理を食べたっけ。
懐かしい。
今は、冒険者の後輩とこんなに仲良くしてるなんてね。
リチャードとエルセが知ったら、びっくりするかしら?
「ルーク、口元が汚れてるわよ」
空間魔術でハンカチを取り出し、ルークの口元を拭う。
「フレアさん」
「ん? 何?」
振り向くと、レオが私の手元にあるハンカチをじっと見ていた。
「その空間魔術って、何が入ってるんすか? フレアさん、めちゃくちゃ武器持ってますよね?」
ミアとダンの視線も集まる。
みんな気になるのね。
「面白い物はないわよ? 夜営道具とか薬とか、冒険者の必需品ね」
私は空間を開き、ランプや縄などをいくつか取り出して見せる。
「あとは、大半が武器かしらね。剣とか槍とか。あと、念のため予備も入れてるわ」
武器は危ないので、持ち手だけを何本か取り出す。
「フレアさんは武器いっぱい持ってますよ! 週に一回以上は、うちの鍛冶屋で注文してるんです!」
ルークが興奮したように身を乗り出す。
「そんなに必要なんですか……?」
「え、ええ、そうよ。色々あった方が、どんな状況にも対応できるじゃない」
私は胸を張って、三人を諭す。
「あれ? でも親方がこの間、ぼやいてましたよ?こんな武器、絶対必要ないだろって」
「…………」
ルークが、言わなくていいことを言った。
「……好きなのよ、武器集めるの。……格好いいじゃない」
くっ! 何か恥ずかしい……!
「この前は、くねくねした剣を頼んでましたよね! 不思議な形でした!」
「もういいから、ルーク!」
私は慌ててサンドイッチを差し出し、ルークの口を塞いだ。
もう観念して、三人の反応をうかがう。
ダンとミアは、驚いたような納得したような顔をしている。
思ったよりも普通だ。
レオは目を見開いて、激しく頷いた。
「わかります!」
そのまま勢いよく語りだす。
「いいっすよね!武器ってなんかこう、鋼!って感じで渋いんすよ!」
「ええ、そうよね。そうなのよ。武器って、一見地味に見えても職人の技術が詰まってるのよ」
思わず食いついてしまった。
ミアとダンの視線が、少しだけ生温かくなる。
「とにかく!空間魔術には武器が入ってるのよ!」
四人の視線を無視して、立ち上がる。
「ジュースでも、買ってきてあげるから四人とも待ってなさい」
いたって自然な足取りで私は屋台に向かった。
そして、必要以上に時間をかけてから広場へと戻った。
紙の容器に注がれた飲み物を、全員に一つずつ渡した。
戻った頃には、もう話題は変わっていて、三人はルークに冒険の話を聞かせていた。
「よし!この後は一緒に遊ぼうぜ!」
ジュースを一気に飲み干したレオがルークの肩を抱く。
「え!いいんですか!?」
ルークが飛び跳ねそうになって、慌ててジュースを持ち直す。
「いいわね、たまにはそういうのも。ね?ダン、ミア?」
「もちろんです。ルーク君は何したいですか?」
「……ルーク、肩車してあげようか?」
当然、反対する人はいなかった。
それから日が暮れるまで遊んで、疲れて眠ってしまったルークを私が背負い、私たちは帰路に着いた。




