21
いつもの冒険者ギルド。私は朝からそこに顔を出し、掲示板の前が空くのを待っていた。
Sランクという懸念はある。
けれど、それ以外は特に変わったこともなく、王都での毎日は驚くほど穏やかだった。ロックリザードの討伐を終えて、自分の実力が少しずつ上がっている実感もある。
……今日は、美味しいものでも食べに行こうかしら。
ギルドの喧騒を聞きながら、朝の空気を吸い込む。
机に寄りかかって室内を適当に眺めていると、見慣れた黒髪を見つけた。
アルジャンだ。
しばらく見かけなかったと思ったら、ここ数日は毎日のように顔を出している。
……こっちのギルドに移る気だったりして。
まあ、本人に聞いてみましょうか。
私が近づいていくのに気づいたアルジャンが、表情を緩めた。
「やあ、フレア」
「ん、おはよ。最近、よくここいるけど、移籍するの?」
気になるから、さっそく聞いてみる。
「え!?」
「……いや、よく見かけるからそうかと思ったんだけど」
聞いちゃまずいことなのかしら……?
もしかして、冒険者のマナーとかそういうやつ?
「答えたくないならいいわよ」
「いや、違う!そういうわけじゃないんだ!」
アルジャンの目がせわしなく動く。
「そ、そうだ!ええと、こっちの依頼の方が俺にあってるんだよね」
「へえ……」
なんか、怪しい。
突っ込むべきかしら?
そう思案していると、ふと、アルジャンが優しく目を細めた。
「それに、なんていうかさ。こっちの空気?も結構好きになってきたんだよね。東のギルドは良くも悪くも個人主義でさ」
さらり、とアルジャンの黒髪が揺れた。
「……ちょっと意外ね」
今のは嘘じゃなさそうだった。
こいつは一人が好きなタイプだと思ってたけど、そうでもないらしい。
……私も、この雰囲気嫌いじゃないしね。
「前はうるさいのとか嫌いだったけどさ、ガイルさんとか毎回絡んでくるから慣れちゃった」
アルジャンがちらっと視線をずらす。
そこでは、ガイルと数人の冒険者が談笑していた。
「いいじゃない。初めて会った時の、あの胡散臭い顔よりずっといいわ」
あの時は、こいつの顔を見るだけでイライラしてたのよね。
「……そっちの方が私は好きよ」
「……っ!?」
アルジャンが突然、固まった。その後、顔を赤くしたり青くしたり様子が変になった。
……あ、さすがに好きは言葉がまずいか。
戸惑わせてしまったみたいだ。
「馴れ馴れしかったわね。好きってそういう意味じゃないから安心して」
「そ、そうだよな!俺は女心は心得てるからね。変に勘違いしたりしないよ。ちょっとびっくりしただけさ。ははは……」
「そう、よかったわ」
そういえば、アルジャンって女性にモテるんだったわね。
あんまり、余計な気を遣う必要もないか。
私は適当に話題を変える。
「そうだ。昨日ガイルがあんたに――」
「へえ、そっかー……」
にこにこしているけど、なんだかアルジャンの反応が薄い。そして、軽く挨拶だけして、ふらふらとギルドを出ていった。
……依頼受けなくていいのかしら?
「なにかしらね……」
最近ずっと、アルジャンとの会話はどこかぎこちない。
たぶん、理由はわかっている。
まだ距離感が掴めてないんだ。
私も、あいつも。
思えば、私って同時期にギルド加入したやつ他に知らないのよね。しかも、私すぐにAランクに上がっちゃったし。
だから、友人としてどんな距離感が適切かまだわかっていない。
あいつも、私と同じような感じなんだろうな。
……まあ、時間をかけて慣れていくしかないか。
私は依頼書を一枚剥がして受付に行く。
空いてる受付に向かうと、ニーナが座っている。
「これよろしくね、ニーナ」
「はい!承りました!」
ニーナは依頼書に軽く目を通した後、にんまりと口を緩めた。
「それにしてもぉ、アルジャンさんとはずいぶん仲良さそうですねぇ?」
「ええ、そうね。少しは上手くやれてるんじゃないかしら」
ちょっとぎこちない気もしたけど、周りからそう見えていたならよかった。
「……フレアさん。この前一緒にお茶したとき、お友達の話をしてくれましたよね」
「そうだったわね」
「二人とも鈍感だって、言ってましたよね」
「ええ、本当に二人には困ったわ」
「……」
ニーナはしばらく私を見つめた。
「……はあ」
それから、深々とため息をついて手続きを始める。
なんだかニーナの反応が妙だ。何故だろう?
私は思考を巡らせる。
今の話の流れから考えると、私が誰かの好意に気づいてないって言いたいのでしょうね。
今そんなことを勘ぐるってことは、
……たぶんアルジャンか。
ふむ、アルジャンが私を好き?
ないわね。
私はニーナの手続きが終わるのを待ちながら、さらに冷静に考える。
あいつは、女の子には慣れてる。自分でも言ってたしね。
まあ、私も顔は良い方だとは自覚してるけど、このギルドって綺麗な人が多いのよね。
「手続き終わりました!どうぞ!」
「ええ、ありがとう」
ニーナも可愛い顔をしている。
セリアも美人だし。
だから、何か特別なきっかけでもない限り、惚れられることなんてないでしょう。
最近仲良くできているとはいえ、まだギルドで話したり、ゴブリンを討伐したくらいだし。
やっぱり、あり得ないわね。
……ふう、私って天才だから一瞬でこれくらいわかっちゃうのよね。
やれやれ、ニーナの妄想にも困ったものだわ。
まあ、冒険者同士は距離が近いっていうのもあるかもしれない。
レオ、ダン、ミアみたいに性別なんて意識しないで仲良くパーティを組んでる人たちもいる。
ニーナは新人だし、勘違いするのも無理はないのかもしれない。
なんだか楽しそうだし。
今、現実を教えちゃうのも可哀想か。
そのうち気づくでしょう。
「そうだ!今日、一緒にご飯行きましょうよ!」
「ええ……急ね」
ニーナは私の返事を待たずに話を進める。
「セリアさーん、今日三人でご飯行きませんか?」
「ニーナ、仕事中ですよ。そういう話はあとにしてください」
セリアは隣の机から静かに注意する。
「へへ、怒られちゃいました」
「私、まだ行くって言ってないんだけど……」
ニーナは反省したようで、受付嬢らしい表情を作る。
ちょうどその時、後ろからガイルのうるさい声が近づいてきた。
「飯か! 俺も混ぜてくれよ!」
ガイルは隣の受付に依頼書を置く。
「セリアさん、これよろしく!」
「はい、承ります」
「で、飯行くんだろ? 俺もいいか!」
「ふふ、今回はだめですよ。女子会ですから」
セリアが、ずけずけと話に入ってくるガイルをやんわりと遮る。
どうやらニーナを注意してたけど、セリアも食事は行くつもりらしい。
……まあいいか。
「じゃあ、また夕方ね。ギルドで待ってればいいわよね?」
ふと視線を感じて横を向くと、ガイルと目が合った。
ガイルは私をじっと見て、それから不思議そうに首を傾げる。
……こいつ、もしかして。
「どうしたのかしら、ガイル? まるで私が女子じゃないとでも言いたげね」
「い、いや! そんなことねえぜ!? お、手続き終わったな、ありがとうセリアさん! それじゃ、行ってくる!」
……ちっ。
でかい図体のクセに逃げ足速いわね。
「はあ。じゃあ、私も行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ!」
ニーナとセリアに見送られながら、私はギルドを後にした。
◇
「それじゃあ、かんぱーい!」
夕方。
ニーナに連れられて、予定通り三人で食事に来ていた。
ギルドからは少し離れた、お洒落な雰囲気の店だ。
最近できたばかりで、魚料理が名物らしい。
「見てください、これ! 盛り付けが素敵です!」
「味もいいですよ。魚の臭みがほとんどありませんね」
「ええ。派手すぎない味付けで食べやすいわ」
店の一角で奏でられる楽器の音を聞きながら、私たちは料理を楽しんでいた。
「それで、フレアさん」
ニーナが魚を一口飲み込んだあと、なぜか真剣な顔で身を乗り出してきた。
「アルジャンさんのことはどう思ってるんですか?」
……また、それか。
「だから、ただの友人だってば。そもそも、アルジャンが遊び慣れてるって噂してたのはニーナじゃない。そんなやつがわざわざ私に本気になる理由がないでしょ?」
「うぅ、確かにそう言いましたけど。でも、フレアさんといるときは絶対特別な空気でした!」
ニーナは食事そっちのけで力強い目を向ける。
「それはたぶん、お互い状況が似てるからでしょうね。同じ時期にギルドへ入って、Aランクまで上がったんだから、どうしても意識はするわよ」
「なるほど、切磋琢磨するライバルからの恋人展開ですね!アルジャンさんは初恋っぽいですし。いつも飄々としてるあの人が本命の前でだけ見せる余裕のない態度!キュンキュンしますぅ!」
ニーナは目を瞑ってくねくねし始めた。
しかし、次の瞬間には突然すっと冷静になった。
「まあ、いいですけどね。私、空気が読める女ですから、そっと見守ります」
……何なのかしら、この子。
ちょっとだけニーナに引いていると、黙々と料理を食べていたセリアが食器を置いた。
「ニーナ。あまり、冒険者のそういう事情に首を突っ込んだらだめですよ。ギルドで男女間のトラブルが起こったことも何度かあるんですからね」
ようやくセリアが止めに入った
……でも、気づいてるわよセリア。
あなたも、ちょっと気になるって目してたでしょ。
「ですが、大切な人ができるということ自体は良いことなんですよ」
セリアは先ほどまでの好奇心を引っ込め、静かに目を細めた。
「冒険者の皆さんはすぐ無茶をしてしまいますから、無事に帰ってくる理由が増えるのは私としてはうれしいです」
……この人はいつでも、私たちのことを考えてくれてるのね。
「最初の頃のフレアさんなんて、すごく心配だったんですよ?」
「え、私?」
突然名前を出され、食事の手が止まる。
「も、もしかして、フレアさんって不良だったんですか!?」
ニーナが驚きながらもなぜかワクワクした顔をする。
「ちっがうわよ!」
「ふふ、不良とかそういうわけではないんですけどね」
セリアは小さく息をついて、こちらを見た。
「フレアさんが冒険者登録に来た時、何かを捨ててきたように見えたんです」
心臓が、ドクンと跳ねた。
あの時、セリアとは初めて会ったのだ。
それなのに、そこまで見抜かれていたなんて思わなかった。
「普通は、登録に来る子たちはもっと明るい表情をしているんです。緊張はしていても、夢ややる気に満ちている。そんな顔なんです」
……そうね。
レオたちを初めて見た時、そんな感じだった気がするわ。
「フレアさんは何ていうか、後戻りはできないっていうような、切羽詰まった顔をしていました。だけど、危ういと思ったからといって、ギルド職員が冒険者の道を止めることはできません。だから、あの時――」
「あの時、怒ってくれたのね。変異種相手に、勝手に奥まで行ったことを。……ちゃんと覚えてるわよ」
皿の端に残っていた野菜を口に放り込んで、ジュースを一気に飲み干す。
「今は、いろんな冒険者の人たちとも仲良くしているみたいで、ほっとしてます」
「はっ、確かに!アルジャンさんに気を取られてましたがフレアさんと仲いい殿方は他にもたくさん……。いったい誰がフレアさんを射止めるんでしょうか!?」
「もう、やめなさいニーナ」
「変な妄想しないでよ! 冒険者は男が多いんだから仕方ないじゃない!」
その勢いのまま、ニーナはセリアの方へ向き直った。
「むふふ、セリア先輩。セリア先輩が冒険者の人たちを大事に思っていることはわかりましたよ」
ニーナは腕を組み、うんうんと深く頷いている。
「でも! その中に、『特別な人』はいないんですか!?」
「あんた、すごいわね……あのセリアに……」
「いません」
ニーナの圧をものともせず、セリアはぴしゃりと切り捨てた。
しかしニーナも食い下がる。
「じゃあ、気になる人いませんか!?ちょっとだけでも、良いなって思ったり!……あ、今誰か思い浮かべましたね!?」
セリアはしばらく黙っていた。
けれど、ニーナの期待に満ちた視線から逃げきれなかったのか、小さく息を吐く。
「別に好きとかではないですよ?でも、強いて言うなら……。強いて言うなら、ガイルさんですかね……」
「は!?あのバカ!?!?」
私は思わず立ち上がる。
近くの席から視線が集まり、慌てて座り直した。
ニーナも意外だったのだろう、ぽかんと口を開けている。
「なんであいつなの!?」
「ガイルさんって、ちゃんと挨拶をしてくれるんですよ。それに、受付に来たときに誰に対しても必ず、よろしくとか、ありがとうとか、そういう言葉を欠かさないんです。なので、人として。人として!……好ましく思ってます」
……言われてみれば、あいつ、そういうところはちゃんとしてるかも。
いやでも、あいつはだめよ!馬鹿だし!
「セリア、ガイルはやめた方がいいわ。あいつ、死ぬほど空気読めないし。絶対後悔するわ」
「ですから、恋愛感情とかじゃありませんって……」
「おや、そんなに必死になるとは。もしかしてフレアさんもガイルさんのことを!?」
「そんなわけないでしょうが!!」
セリアの相手がガイルなんて絶対に認めないわ!




