20
ゴブリン討伐から数週間後のある日。
朝から活気のある大通りを抜け、私はいつものようにギルドを訪れた。扉を開け、掲示板の前に集まる人だかりを横目に、まっすぐ受付へ進む。
そのまま受付横の通路に通され、脇の階段から二階へ上がる。
今日は何か話があると、グスタフに呼び出されていた。階段を一歩上るたびに冒険者たちの喧騒が遠ざかっていく。代わりに張り詰めた静けさが辺りを包んでいた。
この階にいるだけで肩が凝りそうだ。
……グスタフがいつも疲れた顔してるのもわかるわね。
執務室の前で立ち止まりノックする。
「入れ」
ほとんど間を置かずに返ってきた声に、小さく肩をすくめて扉を開けた。
部屋の奥ではグスタフが重厚な机に向かって書類を読んでいる。
グスタフは一息ついて書類を机の端の紙束に重ね、顔を上げた。
「朝早くから悪いな。ちょっとばかし大事な話があるんだ」
机の前まで近づくと、討伐記録が書かれた紙を私のほうへ向けた。
「この前のゴブリンキング討伐の件だ」
予想通りだ。私は、あれはかなり危険な魔物だったと後から知った。
「こいつはかなり厄介な魔物でな。正直、Aランク二人では手に余る相手だ。まずは、依頼難易度を見誤ったことをギルド長として謝罪させてくれ」
「ちょっと何よ、仰々しいわね。倒せたんだからいいじゃない」
真面目な顔で頭を下げるグスタフに私は困ってしまう。
「けじめはつけないといけねえんだよ」
「……まあそうね。ええ、ちゃんと謝罪は受け取ったわ」
こういう公私をきっちり分けるところは信頼している。
……でも、まずいわ。また、セリアに怒られるかしら。
顔を上げたグスタフが私を見て笑う。
「心配せんでも、セリアはたぶん何も言わないさ。ちゃんと考えたうえで倒せると判断したんだろ?」
「まあ、勝算はあったわね。アルジャンもいたし」
最悪、防戦しながらゴブリンを減らしていけばいいと思っていた。
ゴブリンキング一匹ならアルジャンと連撃し続ければ、いずれ勝てたはずだ。
「だろうな」
私の返答にグスタフが困ったように眉を下げた。
その妙な反応に首を傾げる。
何か問題なのかしら?
「はあ。お前ら強すぎなんだよ」
グスタフは溜息をついた後、神妙な表情で続ける。
「今回のゴブリンキング討伐でSランク昇格も見えてきた。この短期間でSランクに上がるとなると絶対何かしら厄介ごとが起こる。できる限りギルドが対応するが、お前も気をつけておいてくれ」
……面倒ね。
「Sランクって断れないの?」
「無理だな。しばらく活動しないなら別だが、力を持ったやつが下にとどまり続けるのも良くないんだ。条件を満たせば必ずSランクになってもらわんといかん」
なるほどね、詳しいことはわかんないけど、不都合があるのね。
「普通は、昇格を断るやつなんていないんだがな」
グスタフが呆れたように笑う。
「確かに、貴族に目をつけられたり、ほかの冒険者からやっかみを受けたり面倒なこともある。だが、悪いことばかりでもない。依頼や希少素材なんかもギルドに融通してもらいやすいし、貴族とのつながりってのも持っとくと便利なことも多い」
そこで、グスタフが私を見てニヤリとした。
「まあ、お前さんは偉い人に取り入るのとか苦手そうだもんな」
「失礼ね!私、元貴族令嬢なんだけど。こう見えて社交は得意なのよ」
私は腕を組んで胸を張る。
私の言葉にグスタフは目を丸くする。
「完全に忘れてた……そういえばお嬢様だったな」
本気で驚いてるのが逆に腹立たしい。
「だが、社交ができるのと取り入るのは別だぞ。お前は気に食わない相手に笑顔で尻尾を振るような真似はできんだろ」
……確かに。
「気に食わない貴族をぶん殴ったりしてな!」
――すっ
私は目をそらす。
「まさか、ほんとに殴ったことあるのか……?」
「う、うるさい、あれは事故よ!それに一回だけだし!」
グスタフが怪訝な視線を送る。
「まあ、そういうことだ。Sランクになれば面倒ごとが増える。今すぐというわけじゃないが、どうせこれからも魔物を倒しまくるんだろう?気構えだけはしといてくれ」
私が溜息をつくと、グスタフが最後に一つ付け加えた。
「もし、SSランクまで行けば――」
そこで言葉を切り、グスタフは挑発的な笑みを浮かべた。
「だれにも縛られることはなくなる。たとえ国であってもな」
「ふん、ランクなんて興味ないわ」
そう言い残して私は部屋を出る。
だけど、誰にも縛られない。その言葉が少しだけ耳に残った。
「まあ、SSランクなんてまだまだ先のことよね」
なれるかどうかもわからないし。
私は階段を下りながら、これからどうするべきか考える。
普通に依頼を受けてたら、たぶんSランクに上がっちゃうんでしょうね。
だからと言って、しばらく休むというのはなしだわ。
せっかくリチャードたちに私の活躍を見せつけてるんだもの。心配させるわけにはいかない。
はあ。
レオたちは、あんなに純粋にSランクを目指すと宣言していた。
それに比べて私は……。
上階の静けさのせいか、余計なことまで考えてしまう。
こんなの、私らしくないわ。
後のことは、昇格したとき考えればいいのよ。
私はやりたいようにやるだけだ。そう結論付けて、一階までさっさと降りる。
階段を下りきる頃には、冒険者たちの喧騒がまた耳に戻ってきた。
その喧騒の中に、見覚えのある黒髪を見つけた。顔を合わせるのは、ゴブリン討伐の時以来だ。
よく見ると、ガイルもいる。
二人で話しているようだ。
「――だから、飲み行こうぜ!」
「暑苦しい……!嫌だよ、めんどくさい」
……違った。
一方的に絡まれているようだ。
二人は気づく様子もないので、私は近づいてアルジャンの肩に手を置いた。
「おはよう。アルジャン、ガイル」
「うひゃあ!」
アルジャンが奇声を上げた。
……肩に手を置いただけなんだけど。そんなに驚く?
「よう、フレア!」
「あ、えっと二人でいるなんて珍しいわね」
ガイルはなんともないようなので、私は気を取り直して話しかける。
「そこで見かけたからな。女の子の口説き方教えてくれって頼んでんだ!」
しょうもないわね。
ガイルが親指でアルジャンを指す。
アルジャンはいつの間にか平静さを取り戻していた。
「おはよう、フレア」
そう言ってほほ笑む。
さっきのが見間違いかと思うくらいの切り替えだ。
本当に何だったのかしら。
「ねえ、断ってるのに、この人しつこいんだけど。フレアからも何か言ってくれよ」
アルジャンはどこか芝居じみた動作で困ったように首を振る。
「そうねえ。ガイルはモテたいなら、その無神経をどうにかしなさいよ」
「なに!?俺は気遣いできる男だろ!?」
ガイルが馬鹿なことを言う。
私はふと違和感に気づいてアルジャンを見る。
「ど、どうしたんだい、フレア?俺の顔、何かついてる!?」
「いや、姫って呼ぶのやめたのね」
アルジャンが言葉に詰まる。
なんだか、すごく考えこんでるみたいだ。
別にちょっと気になっただけなんだけど……。
どっちでもいいと言おうとしたその時、アルジャンが口を開いた。
「ほ、ほら、フレアって気強いし、姫って柄じゃないからな!」
……イラッ。
さて、依頼を確認しましょうか。
私は二人の横を通って掲示板へ歩く。
ついでに、腹を抱えて笑っているガイルの顔面には水球をぶつけておいた。
「ぶはっ!?」
「待ってくれ!今のは違うんだ!!」
アルジャンの叫びがギルド中に響いた。
それから、数分。
私はアルジャンに引き留められ、ギルドの隅に移動してあれこれ弁解を聞かされた。
必死な形相でまくしたてる。
「もういいわよ、最初からそこまで気にしてないわ」
私が強引に止めると、アルジャンは安堵の表情を浮かべる
……私って、そんなに怒らせると怖いイメージなの?
記憶をたどる。
確かに思い当たる節がある。
「えっと、つまり……親しくなってきたし、名前呼びでもいいかなって思っただけなんだ」
まあ、親しくなったというのには同感だ。
アルジャンとの共闘で学ぶことも多くあった。
「好きに呼べばいいわよ」
「ああ、ありがとう」
アルジャンはにこりと笑った。
呼び方一つで無駄に大騒ぎしちゃったわね。
「よし、それじゃあ今夜飲み行こうぜ!フレアも一緒に!」
「いや、俺は……え?フレアも行くのか?」
ガイルが話の終わりを見計らって誘ってくる。
でも、ちょうど今、やること見つけちゃったのよね。
「悪いわね。私、今から北にある旧採石場に行ってくるから、帰りは明日になるわ」
「じゃあ、また明日だな」
ガイルはそう言い残して残念そうに去っていった。
「あそこっていわゆる冒険者の訓練場所だよな。もしかして、フレアも?」
「ええ、この前のゴブリン討伐で課題も見えたし、鍛えなおすわ」
気配の消し方や、足さばきを見直して隙のつき方も特訓が必要だ。やるべきことは山ほどある。
「ははっ、やっぱお前はすごいな……」
アルジャンが妙に晴れ晴れした顔をする。
「ん?何がすごいのよ」
「いや、何でもない。俺ももう行くよ、じゃあな」
アルジャンは手を振ってギルドを出ていった。
……なんだか今日はいつにもまして変だったわね。
アルジャンを見送った後、私は旧採石場の立ち入り許可を貰いに受付に向かった。
王都北の丘陵地にある旧採石場。
かつては城壁や石畳に使う石を切り出していたが、今は採掘を終えてギルドが訓練場として管理している場所だ。
許可をもらった後、すぐに王都を出る。
それから数時間、馬を走らせると、開けた岩場が見えてきた。何人かの冒険者が武器を構えている。
ここは、新人冒険者が足場の悪い場所での戦いに慣れるためによく使う場所だ。
弱い魔物が出るため油断はできないが、だからこそ実戦の練習にもなる。
その手前で馬を止めると、私はギルドの管理地に馬を預け、岩場へと足を踏み入れた。
奥へ行くほど、切り立った岩壁や崩れた採掘跡が増えていく。
さらに先には細い谷筋が入り組んでいる。そこまで行くと、もはや訓練場というより実戦区域だ。強い魔物が棲みつくこともある。そのため、旧採石場の立ち入りにはギルドの許可が必要になる。
入り組んだ岩壁に囲まれた場所で立ち止まる。あたりに人の気配はない。あるのは魔物の気配だけ。
アルジャンの動きを思い出す。
あいつの戦い方は、私とはまるで違っていた。
派手な魔法も、力任せの一撃もない。けれど、無駄がない。
敵の弱点を一瞬で見抜き、必要な場所へ、必要なだけ踏み込み、一撃で仕留める。
私には、手札が多い。
だからこそ、余計な動きも多いのかもしれない。
私は一度目を瞑って、魔力探知に集中する。
……これもあいつの方が上手かった。
剣を握り、全身に身体強化を巡らせる。そして、思い切り踏み込んだ。
気づけば、空は少し赤み始めていた。
岩壁にはいくつもの斬撃痕が刻まれ、足元には砕けた石片が散らばる。
倒した魔物が魔石となってそこらへんに転がっている。
……でも、
「まだまだね」
アルジャンのような無駄のない動きにはまだ届かない。
まあ、一日でどうにかなるものじゃない。
一旦剣を地面に刺して、体を伸ばす。そして、もう一つの課題について考える。
それは、一撃の火力不足。
ゴブリンキングの結界はぎりぎり壊せた。だけど、あれ以上硬ければ無理だ。
何か一つをもっと極めるべきなのか。それとも、別の方法を探すか……。
――!!
その瞬間、奥の谷筋から強い魔力が膨れ上がった。
さっきまで倒していた魔物とは、明らかに質が違う。
岩壁を削るような音が、谷筋の奥から響く。
ロックリザード。
硬い鱗を持ち岩壁を這い回る、この奥に潜む強敵だ。
私は地面に刺していた剣を引き抜く。今の私にちょうどいい相手だ。
「いいじゃない」
自然と口元が上がる。
私は剣を握り直し、奥の谷筋へ踏み込んだ。
岩壁の向こうで、低い唸り声が響く。
――そして、翌朝。
私は砂埃にまみれた外套を払いながら、旧採石場を後にしていた。
手の中には、ロックリザードの魔石が一つ。
倒せた。けれど、満足はできない。
「……鍛え直しね」
そう呟いて、私は王都へ向かって歩き出した。




