19
「フ、フレアさん!大変だ……!」
広場のベンチに座り、魔術書を読んでいると、ダンが血相を変えてやって来た。
ここはレオ、ダン、ミアと特訓に使っている穴場の広場で周りには誰もいない。
私は本を閉じて、視線を上げる。
「どうしたのダン?そんなに慌てるなんて」
ダンはここまで急いで駆け付けたのだろう。膝に手をついて息を切らしている。
あまり感情を出さないダンが、こんなに動揺するなんて。
まさか、レオやミアに何かあったのか……?
呼吸を整えるのをじっと待ち、ようやくダンが口を開いた。
「レオが……」
「レオが……?」
やっぱり緊急事態か。
私になにかできることがあるだろうか、と背筋に緊張が走る。
レオは熱血だけど無茶をするタイプだ。
まさか魔物にやられたのか?
それとも誰かを庇って――
「女の子と……デートしてる!!」
「……ん?」
ダンを見る。
表情は真剣そのものだ。
……聞き間違いかしら?
「デート?」
「はい……。レ、レオがデートしてるんです!」
しばらく沈黙の時間が流れた。
「……それで?」
「追いかけるんです!」
「は?」
_______
気付けば私は大通りにいた。
「ほら、あそこです!」
……私、何やっているのかしら?
そこでミアと合流すると三人で屋台の陰に隠れた。
身体の大きいダンが背中を丸めて小声で話しかける。端から見たら明らかに不審者だ。
ダンが力強く指をさすので視線を向けると、確かにレオがいた。隣には同い年くらいの髪を一つ結びにした愛嬌のある女の子もいる。
なるほどねえ。
まあ、明るくて人懐っこいし、恋人がいても不思議はないわよね。
「ダンは大げさ過ぎます。子供っぽいレオがデートなんてできるわけないじゃないですか」
ミアが横目でダンを見ながらムスッとする。
ミアはダンの意見には否定的なようだ。
……それにしても、なかなか辛辣なこと言うのね。
「で、でもあれ見ろよ!」
ダンが必死に指をさす。
「あのレオが女の子と笑ってるんだぞ!普通ならありえない!」
ミアに負けじと反論する。
……それはそれで失礼よ、ダン。
ダンとミアが言い争っているうちにレオは道を曲がった。
その瞬間、二人は息ぴったりに物陰から飛び出して後を追う。
それを見送りながら、ため息をついた。
心配して損した。帰ろうかしら。
そう思って、私は、踵を返す。
そのまま、一歩前に出ようとして――
でも、結構かわいい子だったわね。どこで会ったのかしら。
――足を止めた。
もしかしたら。何かに巻き込まれてる可能性もあるし。
ええ、そうよ。レオはお人好しだし。
だから、もう少し見守った方がいいかもしれないわね。
私も二人の後を追ってレオを尾行した。
決してデートが気になったわけじゃない。
大通りを曲がった先は冒険者向けの用品が建ち並ぶ路地だった。
積まれた木箱の陰に身を寄せ合いながら、三人で顔を覗かせる。
レオは何か商品を手に取って楽しそうに話している。
「うぅ。あそこ、俺と一緒によく行った店だ……」
ダンが悲し気に呟いた。
それを見てると、なんとなく、あんなに慌てていた理由がわかった気がした。
この子、レオを取られて悔しいのね。
そう思うと少し笑みがこぼれそうになった。
寡黙で、三人の中で一番大人っぽいがダンも年相応の少年なんだ。
「いや、恋人とこんな場所には来ないはず……。きっと、ただの知り合いです!」
ミアが必死に言う。
どちらかというとダンを励ますというより、自分に言い聞かせているように聞こえた。
きっと、ミアもダンと同じなんだろう。
「まあ落ち着きなさい。もう少し様子を見ましょう」
二人の肩に手を置いてなだめる。
正直、私から見るとレオとあの女の子は本当にただの友人って感じだ。距離感もなんだか遠いし、レオの表情も恋してる感じには見えないわ。
ちょっと残念だけど。
……いや、野次馬とかじゃなくて。
恋人っていたら嬉しいものでしょうし。
とりあえず、ダンもミアもすぐ勘違いって気づくでしょう。
レオたちは、手甲や腕当てを手に取って品定めしている。
「ほら、普通に防具を選んでるだけじゃない。気にし過ぎよ」
私は安心させようと声をかける。
納得したようにミアは頷いた。
けれど、なぜかダンはさっきよりも悲壮感漂う顔になっている。
「き、きっと恋人に選んでもらったのを身に着けて冒険する気なんだ……!それで、つらいときに防具を見て恋人のことを思い出すんだ……!なんでだよ、レオ。俺たちがいるのに……」
……妄想がたくましすぎる。
それになんだかロマンチックね。
私はだんだんと面白くなってきてしまった。
「ああもう!ダンの勘違いです!」
ミアが余計な想像を振り払うように声を荒げた。そして、ばっと私の方を振り向く。
「フレア様もそう思いますよね!?」
ダンもこっちを向く。
「ど、どう思いますか、フレアさん!」
二人がじーっとすがるように見つめてくる。
ちらっとレオを見る。たぶん普通の友達なんだろうけど……
私はちょっとだけいたずらしたくなった。
「なんだか仲良さそうだし、恋人かもしれないわね。あ、今ちょっと顔が近づいた」
「うわああああ!!!」
それを聞いたダンがついに飛び出してしまった。
「あ」
止める間もなく、女の子と話しているレオのところへ行ってしまった。
「レオぉぉ!!!」
声が聞こえたのか、レオが呑気に振り返った。
「ぐえぇぇ!!」
そして、なぜか突進してくるダンになすすべなく押し倒された。
私とミアは少し気まずい気持ちで後を追いかける。
突然現れた大柄な少年に、女の子は一瞬驚いた後、慌てて二人に駆け寄った。
……と思ったら、途中で立ち止まった。
そして、興味津々といった様子でレオとダンの近くにしゃがみ込んで観察している。
「ダン、落ち着いてください!レオがつぶれてます!」
ミアが真っ先に駆け寄る。
ダンは、レオに抱き着いたまま唸っている。ミアはそのベルトを掴んで一生懸命引っ張る。
「うぅ、なんで教えてくれなかったんだよぉ。寂しいけど、ちゃんと一緒に喜びたかったのに」
ダンはレオの上に突っ伏したままぐりぐりと頭を振っている。ミアに引っ張られても一向に離れる気配がない。
けれど、当のレオは突進された衝撃で魂が抜けたような表情をしている。
もうめちゃくちゃだ。
三人はとりあえず置いといて、私は女の子に視線を落とした。
「くっ……ふふっ……」
肩を震わせて笑っている。
「ご、ごめんなさい。あまりにも面白くて……」
この状況で笑えるなんて、なかなか肝が据わっている。
「ええっと、私たちレオの知り合いなんだけど……あなたはレオとどんな関係なの?」
ダンとミアの動きが止まった。ダンはレオにしがみついたままだし、ミアも中腰でダンのベルトを掴んだままだ。
女の子は二人の射抜くような視線を浴びる。それに動じる様子もなく少し思案した後、物憂げな表情で口を開いた。
「……秘密の関係。ですかね」
そういってレオにそっと視線を送る。
「うわああああ!!!」
ダンがまた絶叫した。ミアは信じられないというように口をパクパク開けている。
「ちげぇええよ!!!」
あ、レオがやっと気が付いた。
勢いよく飛び起きる。
「この人は友達のレイラさん!!」
その拍子に尻餅を着いたダンとミアにまくし立てるように説明する。
「彼氏のプレゼントを内緒で選びたいってことで付き添ってたんだよ!彼氏も冒険者だから色々アドバイスできるし!」
二人ともレオの話を聞いて呆けたように言葉を失っている。
……ああ、秘密ってそういうことね。
「レイラさんも変なこと言わないでくれよ。つぶれて死ぬかと思ったぜ……」
レオが困ったようにレイラさんを見る。
「あはは、ごめんね?ついからかっちゃった!」
レイラは快活に笑い飛ばす。
「ダン君とミアちゃんだよね?さっきはごめんね。私の家、パン屋でレオ君は常連さんなんだ」
ダンとミアはほっとしたように肩を撫でおろす。
「お前らはなんでここいるんだよ。しかも、フレアさんまで……」
「ダンが、レオに彼女ができたって大騒ぎで後をつけてたの。それで私まで巻き込まれたのよ」
まったく人騒がせよね。真相も大したことなかったし。
私はやれやれと首を振る。
「フレア様も乗り気だったような……」
それは気のせいよミア。
「だって……。いつも一緒にいたのにレオが急に遠くに行っちゃった気がして。俺……」
ダンはそこまで言って言葉を詰まらせる。
レオはぽかんと目を丸くする。
「遠くってなんだよ」
それから、少し照れたように笑った。
「俺たち、Sランク目指すんだろ?ずっと三人一緒に決まってるじゃんか」
「そうですね。今まで三人で過ごしてきたんですから、これからも一緒です」
ミアもレオの言葉にうなずく。
ダンが顔を上げる。
「お前の方こそ、好きなやつとかいねえのかよ」
「い、いないよ!」
レオがしんみりした空気を変えるようにそんな質問をするが、ダンは顔を真っ赤にして否定する。
「ダンは優しくて気遣いもできますから、モテそうですけどね」
「それ、俺が無神経みたいじゃん!」
レオの突っ込みに三人とも笑っている。いつもの空気に戻ったみたいだ。
最初は大げさだと思ったけれど、こうしてちゃんと気持ちを確かめ合うのは大事なことだ。
……私はいつも意固地になっちゃったから、少しうらやましい。
それまで、横でにこにこと見守っていたレイラがすっと割って入った。
「ねえ、今からうち来ない?焼きたてのパンごちそうするからさ!」
「まじ!?やったあ!」
レオが両手を上げて喜ぶ。ミアとダンも嬉しそうだ。
4人を見送ろうとしたところで、レオが振り返った。
「フレアさんも行きましょう!」
「……私も?」
「当たり前じゃないですか!」
レオが屈託の無い笑顔でそう言う。
「うちのパン美味しいですよ?ぜひ食べてください!」
今日会ったばかりのレイラまで歓迎するように人懐っこい笑みを浮かべる。
「それじゃあ、お邪魔するわ。私、結構味にうるさいわよ?」
「ふっふっふ、受けて立ちますよ!」
レイラは腕をぶんぶん回しながら歩き始めた。私もレオたちに混じってその後ろを歩く。
「ところで、私たちはいつからSランク目指すことになってたんですか?」
「いいじゃんか!目標は高いほうがいいだろ!」
「……頑張ろう……三人で」
「まあそうですね、頑張りましょう」
「よし、明日から魔物を倒しまくるぞ!」
レオが二人の手を掴んで一緒に振り上げる。
「依頼はちゃんと選びなさいよ」
思わず口を挟む。
「はい!」
三人の元気な声がきれいに揃った。
楽しげに夢を語る三人は眩しいくらいにまっすぐだった。




