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18

爆炎姫、有望な新人、短期間でAランクに上がった天才。

俺がフレアを知ったのはそんな噂が冒険者の間で広がったからだ。

同時期に俺と似たように注目されている少女。

最初はそれが気になって興味本位で近づいただけだった。

ギルドで一目見て、その圧倒的な魔力量に気圧されそうになった。

――噂通りの天才、そう思った。

実際に話してみると思ったより話しやすかった。フレアは強気でちょっと変で面白い奴で、天才同士、勝手にシンパシーを感じていた。ゴブリン退治も面白そうだと思って誘っただけだ。

だけど、俺は思い違いをしていた。

フレアは「天才」なんてそんなものじゃなかった。少なくとも、俺の知っている天才とは違った――


洞窟の前。

見張りに気づいた俺たちは茂みに隠れて様子を伺っていた。フレアは自分が見張りを倒すという。どうやるのか、と聞く間もなく動き出した。その手にはいつの間にか弓矢が握られている。

俺は困惑した。

――は?いつの間に……?

――空間魔術か?だが、こんな場所で使うものじゃない。

――まて、まずなぜ弓矢だ?外せばすぐにばれるぞ

状況が呑み込めず動けない。

しかし、フレアは俺の懸念をぶち壊すかのように流れるような動作で弓を構えると、ゴブリンの頭を寸分の狂いもなく射抜いた。

上手い。思わずそう思った。

ただ当てたんじゃない。あの距離で、気づかれる前に、一射で仕留める前提の射撃。

初めて弓を持った人間にできる技じゃない。

ゴブリンが木から落ちていくのを見続けていた俺は、フレアが地面を蹴ってゴブリンに迫る足音で我に返った。

……援護!

焦る手で懐からナイフを取り出し、即座に投げる。叫び声を上げようとするゴブリンの眉間にギリギリでなんとか当てることができた。

くそっ!こんな失態初めてだ……!

俺は動揺を押し殺しながらフレアの後を追う。

ぎろっと睨まれた。俺が悪いんだけど、仕方なくないか?

気になることばかりだったが、フレアは空間魔術とだけ言って説明を終えてしまった。

すでに洞窟を見つめ先のことを考えている。次の瞬間には走り出していた。

「前、三匹お願い」

有無を言わせない指示が飛んでくる。

……ああもう!

俺はもどかしい気持ちをぐっとこらえゴブリンを見据える。ダガーを握り直し目の前の敵に迫る。フレアが後ろの奴らをやるなら、

――このタイミングだな。

フレアがゴブリンの真上に到達したタイミングで少し派手に敵を屠る。

頭の中はまだ疑問でいっぱいだ。けれど、今は依頼を完了させる。

まずは目の前の仕事だ。それが終わったらきっちり全部フレアに説明させてやる!

そう意気込んで冷静に戦闘に臨もうとした。

だけど、そこからの戦闘もありえないことばかりだった。

弓以上に洗練された動きで剣を振りゴブリン五匹を瞬殺する。

走りながら槍を取り出したかと思うと、少しも無駄のない動きで投擲する。

短剣、鉄槌、斧。状況に合わせていくつもの武器を空間魔術で出現させる。

時には水でひるませたり土で足場を崩したり、魔法まで駆使して敵を屠っていく。

……異常だ。

空間魔術は最高位の魔術だ。戦闘中に使うなんてできるわけがない。どれだけ頭が良くて才能があってもそれだけでどうこうなるものではない。

それだけじゃない。俺は少し動きを見れば相手の大体の力量はわかる。だからこそ信じられない。

こいつの戦闘が。

どの武器も迷いなく振るい、わずかなミスさえない。たぶん、どのスキルも高レベルだ。

一つを極めた天才は何人も見てきた。

でも、こいつは違う。

剣だけなら、もっと上がいる。槍だけなら、もっと上がいる。たぶん弓もそうだ。

なのに――

フレア、お前は何なんだ……?

俺は焦燥に駆られながら、洞窟を走るフレアの背中を追う。そして、その答えはわからないまま最後の広場までたどり着いた。奥にいるのはゴブリンキングだった。ゴブリンの変異種の中でも最も上位で、知力と腕力の両方が高い危険な存在。

だが真っ向から挑む必要はない。暗殺は俺の得意分野だ。

閃光弾を使い、敵に接近する。

――そこで俺は失敗した。

敵の結界に阻まれ刃が通らなかった。さらに、後ろへ下がろうとした一瞬のすきに俺の腕に鋭い爪をふるった。想像以上に敵の能力が高い。上位種だけなら時間をかければどうにかなるが、大量のゴブリンたちが邪魔だ。

退却するべきか……。

そう判断しかけた時だった。

「私が壊す。そのあとは頼んだわ」

フレアは迷いのない声でそう言った。

無理だ。技術だけであれは壊せない、火力が足りない。

しかし、まっすぐこちらを見返す目には強い意志がこもっている。

……まだ何かあるのか?

それなら、倒せるかもしれない。その底の知れなさに、俺は期待より先に戦慄した。

フレアが動いた。群がるゴブリンを力任せに薙ぎ払い、一直線に上位種へ向かって走り出す。

その背中から目が離せなかった。

スピード勝負に出るつもりなのか、風魔法まで使って加速する。

だが、上位種はフレアの接近に気づき即座に結界を張った。それでもフレアは止まらなかった。

何をする気なんだ?

俺は半信半疑のまま気配を消して近づく。一応、結界が壊れた瞬間敵を殺せるように。

結界に衝突する直前、フレアが急に足を止めた。あの尋常じゃない速度を完全に制御して、腰を落とした。まるで剣を振り抜くように構える。そこから現れたのは大剣だった。

思考が一瞬止まる。

身体の奥まで響くような激しい音がした。

結界に走ったひびを見て、俺は即座に意識を切り替える。

加勢すれば壊せる!

ダガーを握る手に力を込める。

潜むのはやめて結界を壊そうとして、また俺の予想は覆された。

フレアはそのまま大剣を握りしめ、最後はただの力任せで結界を粉々に砕いてみせた。

俺は動いた。結界が壊れて焦る上位種に近づき冷静にダガーを突き刺した。

それは、今度こそ失敗するわけにはいかないという俺の最後の意地だった。

崩れていく上位種。すぐ横で、フレアが大剣を地面に刺して置いた。

持ち歩くのも困難なほど巨大な剣。普通なら、勢いをつけて振るうことなんてできない。それをこいつは空間魔術に収納することで、全速力からの渾身の一撃を実現した。風魔法、身体強化で加速、スキルを発動して構えをとる。さらに、空間魔術。

もしも、スキルの熟練度が低ければ姿勢を崩して結界に激突して終わりだ。うまく体勢を整えても少しでも結界魔法を展開するタイミングや位置を間違えれば勢いは死ぬ。

こんなの人間のできる芸当じゃねえだろ……

「アルジャン!残りもさっさと片づけるわよ!」

フレアは上位種を倒した余韻に浸ることもなく、もう次のことを考えてる。

残りのゴブリンはすぐに倒し終えた。数は多かったが、統率も取れてないただのゴブリンなんて相手にならない。依頼は無事に終わった。

けど、そんなことはどうでもいい。

こいつの正体を知りたい。

だが何から聞けばいいかもわからず、帰り道を上機嫌に歩くフレアを眺める。

ふと、この前草原で会った日を思い出した。

――見ての通り、特訓してたのよ

そういえば、あの日も剣を握っていた。

……いや。

まさか、そんなはずはないだろ。

そう思うのに、なぜかあの日の光景が頭から離れない。

「……なあ、お前って普段特訓とかしてんのか?」

我ながらバカみたいな質問だ。けどそれを気にする余裕もなかった。

「ええ、するわよ。それがどうかした?」

フレアは首を傾げながらも、当然だというようにそう答えた。

ドクン、と心臓が跳ねる。

……やっぱりそうなのか?

こいつの戦闘は長年磨いた研鑽だ。そう確信した。

だが、こんな戦い方。

いったいどれだけの時間を費やせばできる?

どれほど血の滲む努力がいる?

俺には、こいつの執念が理解できない。

フレアは魔法だけでも、才能だけでも、余裕でAランクに上がれたはずだ。

なのに……

「なんで、そんなに頑張んの?」

つい、そんな言葉が溢れた。

「さっきから何?別にできることしてるだけよ」

それは嘘じゃないのだろう。

だけど、

「それだけじゃないだろ。空間魔術とかスキルの熟練度とかいろいろおかしいじゃねえか」

そうだ。絶対におかしい。

フレアは才能を持って産まれた側だ。俺と同じで。

だからわかる。

お前だって、天才ともてはやされてきたはずだ。

周りの人間は勝手に期待して、勝手に持ち上げる。

努力してるやつらは何人も見た。でも、天才はそれをすぐに追い越しちまう。

才能の壁は越えられない。

努力なんて馬鹿らしいだろ?頑張ったって妬まれるだけだろ?

なのに、どうして……

「大切なものを守るためよ。そのためにできることがあるなら何でもするわ。じゃないと何かあった時、自分を許せない」

フレアが一切ためらわずに答えた。眩しいくらいに曇りない顔で。

……なんだよそれ。

「そんなに強かったら妬まれたりしたんじゃねえの?」

その顔に暗い気持ちがよぎって意地悪な質問をしてしまう。

「そういえば、小さいころは色々鬱陶しかったわね。でもそんなの、どうでもいいわ」

フレアは本当にどうでもよさそうだった。

そして、ふと表情をやわらげると何かを懐かしむように続けた。

「それに、純粋に憧れてくれるやつがいたの。そいつの前では完璧でいたかったのよね」

困ったように笑うが、俺にはその顔が心底楽しそうに見えた。

何も言えなかった。

こいつは1人じゃなかったんだな。

俺にも、そんなやつがいたら何か変わったのかなあ。

いや、きっと無理だろうな。

こんなにも誰かのために強くなるなんて、俺にはできなかっただろう。

フレアの横顔には何の陰りもない。守るためだと言ったくせに、その顔に悲壮感はなかった。それが自分意志だって信じ切っている。

……かっけえなぁ。

「だから、一人で何でもできるように色々覚えたんだけど――」

そこで言葉を切って、フレアは俺の方を向いた。

「あんたと一緒に戦うのも悪くなかったわ。ありがと」

そう言って笑った。

――ッ!!

不意打ちみたいな笑顔に思わず言葉を失った。

初めて見るような優しい表情に、なぜか目を逸らした。曖昧に返事をして、俺はわけもなく帰り道を大股で歩いた。

洞窟を出て、森を抜ける。ギルドまで戻って達成報告をした。想定以上の大物だったことでギルドが騒がしくなって、俺もフレアもさっさと手続きを終わらせて解散した。

宿に戻った俺はベッドへ体を投げ出す。その拍子に懐から上位種の魔石が転がり出た。貢献度を考えたらさすがに受け取れないと思ったが、フレアが頑なに要らないと言い張って俺が貰った。

なんとなく売る気にはなれなくて持って帰ってきてしまった。

依頼は無事に終わった。ゴブリンキングを倒したことで評価も上がるだろう。女の子たちからも尊敬されるに違いない。笑えるほど順風満帆だ。

……けれど、

頭の中にはフレアのことばかり浮かんでしまう。

俺は魔石を灯りにかざした。ゴブリンキングの魔石は紫色に妖しく輝いている。

不気味な光が部屋の壁を揺らしていた。

俺はしばらくそれを眺めていた。

「きれいだな……」


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