17
「やあ、姫。今日、一緒に依頼受けないか?」
少し暑さも和らいできた夏の日。ギルドで会ったアルジャンは唐突にそう誘ってきた。
「ちょっと、そんな目で見ないでくれよ。条件が二人以上で困ってただけだから。」
アルジャンが慌てて依頼書を差し出しす。それを受け取って内容を確認していく。
ゴブリンの討伐依頼だった。場所は森の奥の洞窟、数は不明、変異種による統率の可能性あり。
特記事項にはAランク二名以上と書かれていた。ゴブリンは知能が高い。依頼に失敗すればやつらに余計な知恵を与えてしまう。しかも変異種がいるならなおさら厄介だ。
なるほど。確かにこれは高ランクがやるべきね。
「変異種の魔石は高く売れるからね。姫は入り口で待っててくれてもいいから頼めないかな」
アルジャンが手を合わせて、片目を閉じて頼んでくる。
「依頼受けるわ。けど、私もやるわよ。魔石はいらないからさっさと討伐するわよ」
放置して街に被害を出すわけにもいかない。私は依頼書を返すとアルジャンとともに森へ向かった。
王都を出てしばらくは街道を進み、その後は獣道を辿る。
夏の日差しは相変わらず強かったが、森が近づくにつれて空気は少しずつ涼しくなっていた。
「変異種の魔石、いくらくらいになると思う?」
「知らないわよ」
「夢がないなあ」
「そんなこと考えてる暇があったら周囲を警戒しなさい」
「はいはい」
呑気に無駄話をするアルジャンにイラっとしながらも、何事もなく森の入り口まで到達した。
そこから、薄暗い森の中を木々の隙間を縫うように進んでいく。薬草の生えている外周と違い、奥に進むほど太い木々が密集し空を覆い隠していた。
「もうすぐ洞窟だ」
アルジャンは、足場の悪い地面をものともせず軽やかに前を歩く。
「姫はほんとに入り口で待っててもいいんだよ?女性を危険な目に合わせたくはないからね」
強いのは知ってるけどさ、と軽薄に笑いながら振り返る。
「ばっかじゃないの。待ってるなんて柄じゃないのよ」
私はアルジャンを一睨みして前を向かせると、落ち葉で埋め尽くされた地面を踏みしめて歩く。
こいつはたぶん強い。でも、洞窟の中じゃなにがあるかわからないんだから、二人で行くに決まってる。
「だけど、蒸し焼けになるから得意の火魔法は使えないぜ?他にも魔法使える?」
「使えるわ。それに魔法以外でも戦える」
アルジャンがもう一度振り返って、訝し気に視線を上下に動かした。
最初は何を見ているのかわからなかったが、すぐに気が付いた。
……そういえばアルジャンの前で空間魔術使ったことなかったわね。
武器を持ってないことが疑問なのだろう。
「でも、君何も持って――」
そこまで言って、アルジャンがばっと前を向き動きを止めた。
わずかに遅れて私も気が付いた。洞窟の前の木の上。そこでゴブリンが周囲を監視していた。
さらに、入り口には木を削っただけの粗末な槍を持った個体が三匹いる。
洞窟を根城にした統率の取れた配置。
「やっぱり、いるみたいだね。上位種が」
「ええ、やっかいね」
私たちは茂みに身を隠しながら洞窟へ近づく。
「このまま行けば見つかるけど、どうする?」
アルジャンが小声で聞く。完璧に気配を消しながらも緊張した様子はない。
私は魔力感知を広げた。洞窟の中にはまばらにゴブリンたちがうろついている。奥まではわからないがかなりの数がいそうだ。
「奇襲しましょう。気づかれる前に、できるだけ先へ進む。音遮断は使える?」
「ああ、できるよ。あと、罠も感知できる」
アルジャンは平然と答えた。
こいつの強さも底知れないわね。まあ、共闘する分には助かるか。
「それじゃあ、私が木の上のやつ倒して飛び出すから、援護おねがい」
私はそれだけ言って、異空間から弓矢を取り出した。
遮蔽物のない位置まで静かに走り、気づかれる前に素早く脳天を射抜く。
――当たった。
私は茂みから飛び出しながら、一瞬だけアルジャンに目をやる。
アルジャンは目を見開いて固まっていた。
――ちょっと!なにしてんのよ!
アルジャンに苛立つも、止まってる暇はない。
私は入り口まで駆け抜けよそ見をするゴブリンを剣で確実に仕留める。二匹目の首を落としたところで、残りの一匹が気づいた。
まずい……!
ゴブリンが声を上げようとしたその時、後ろから飛んできたナイフがゴブリンの眉間に命中した。
私は胸を撫でおろし念のためとどめを刺して、茂みを抜けてきたアルジャンに文句を言う。
「ぼーっとしないでよ」
「いや、あんなのに見たら驚くって。どうやってんだよ?」
アルジャンは引きつったような笑みを浮かべている。
「空間魔術よ」
私は剣を振って血を落としながら、簡潔に答える。
「確かに説明してなかったけど、戦闘に集中しなさいよ」
「ええ……」
不満げなアルジャンは無視して、中の様子を確認する。ゴブリンたちはまだ気づいていないようだ。入ってすぐに三匹、その後ろに五匹。全員こちらを見ていない。
今だ。
「行くわよ!」
アルジャンは何か言いたそうだったが、会話している暇はない。私は洞窟に飛び込んだ。
「前、三匹お願い」
それだけ、言い残して壁を蹴る。私が頭上から後ろのゴブリンに接近するのに合わせてアルジャンが速度を上げた。そのまま三匹に接近すると両手に持ったダガーでゴブリンの喉元を切り裂いていく。後ろの五匹がそれに気を取られている間に私は背後に飛び降りた。
そして剣を振り抜く。前にいた三匹の首が宙を舞った。残る二匹が振り返るより早く、一歩踏み込む。返す刀で喉を裂き、そのまま最後の一匹の首を断った。
アルジャンがこちらへ向かってくる。私も即座に走り出す。
洞窟の奥を見ると次第に狭くなっている。私は空間に突き刺すように剣をしまい速度を上げる。すぐに、十数メートル先に新手が見えた。
走りながら槍を取り出す。前に出した足を踏みしめ急激に減速すると、勢いをそのままやりに乗せて投擲。槍は先頭のゴブリンを貫き、後続を巻き込みながら壁に刺さった。前のめりになる体でまた走り出す。その隙に、直線上から外れたゴブリンをアルジャンが処理していく。私も、槍を壁から引き抜き、近くのゴブリンを薙ぎ払う。見える範囲の敵を片付け先を急ぐ。
この狭い通路に十匹近くのゴブリンがいた。奥にはさらに大量にいるのだろう。
油断はできない。
「三歩先に罠」
後ろから冷静な声が聞こえた。勢いを殺さず軽く跳び、振り返らず走る。
しばらく、まばらにうろつくゴブリンを倒しながら罠をよけて進むと遠くに開けた空間が見えた。そこから、大量の微かな魔力と一匹の強い魔力を感じる。
私は横目でアルジャンを見る。アルジャンも同じことを考えたらしい。
足を止め通路の隅から中を確認する。最奥に土で作られた祭壇がある。その上の玉座に人間よりも少し大きい緑の化け物が座っている。ふつうのゴブリンにはありえない大きさと魔力。
このまま突っ込むのは危険ね。
策を練っていると、アルジャンが懐から掌に収まる程度の球体を取り出した。
「これ、閃光弾。ひるんでる隙に俺が忍び寄って仕留めるから、姫は雑魚を片付けてくれ」
アルジャンがダガーをひらひらと振りながら提案する。
悪くない案だ。さっきまでの戦闘でアルジャンのスピードはかなりのものだった。一瞬で仕留められるかもしれない。
私は頷いて、掌に水を集める。アルジャンと視線を合わせた次の瞬間、広場に掲げられた松明すべての火を消す。暗闇の中、爆発音とともに閉じた瞼の裏まで白く染まる。
混乱した気配が広場全体に広がる。
二人同時に飛び出す。
アルジャンが走りながら何かを中心に投げ込むと辺りに光が戻った。私は近くの敵を斬り伏しながら上位種を確認する。ほかのゴブリン同様、目を覆って固まっている。アルジャンはすぐ目の前に迫っている。
――仕留めた。
しかし、そう思った次の瞬間、喉元に突き刺そうとしていたアルジャンのダガーが止まった。
硬い壁に阻まれたようにそれ以上刃が進んでいない。
結界魔術……!
アルジャンは即座に地面を蹴って後ろへ跳ぶが、ゴブリンの爪がわずかに腕をかすめた。
鮮血が宙を舞う。私は雑魚を無視して奥へ走った。アルジャンの元までたどり着く。腕の傷は深くないようで、私たちは一旦距離をとる。
上位種は追撃してくる様子もなく、だらりと立っていた。その顔には歪んだ笑みが浮かんでいる。
嘲るような視線だった。無性に腹が立つ。
「ごめん、失敗しちゃった」
群がってくる敵を倒していると後ろからそんな言葉が聞こえた。
「魔術は予想外だったわ。こうなったら正面突破しかなさそうね」
「でも、あの結界かなり硬いぞ」
「私が壊す。そのあとは頼んだわ」
アルジャンが目を瞬かせる。私はそれをまっすぐ見つめ返した。
そして、剣に力を込め雑魚をまとめて薙ぎ払う。道が開けたうちに、剣を投げ捨てるように収納し全力で上位種に向かって走る。風を纏って加速し最高速度で駆け抜ける。そして結界の目前。衝突する寸前で楔を打ち込むように足を踏みしめる。体をひねり、腰を落とす。
構えた先の空間から剣の柄が現れた。
そこから、引き抜くのは鉄塊のような重い大剣。それを渾身の力で振り抜く。
激しい衝撃とともに結界がひび割れていく。砕けない。それでも私は足を踏み込み、力任せに大剣を押し込んだ。
絶対壊す!!
――次の瞬間、結界は粉々に砕け散り、大剣が空を切った。
動揺したゴブリンは大剣を避け後ろに下がる。
だが、それを追う必要はなかった。
音もなく近づいたアルジャンが一瞬で喉元をかき切った。ゴブリンは驚愕の表情を浮かべたまま前へと倒れる。上位種は動かない。魔石だけが地面に転がっていた。
どうやら終わったらしい。
大剣をしまい、辺りを見渡す。小さいゴブリンたちが戸惑うように立ち尽くしている。あとは雑魚だけね。ここまで滑らかに進むとは思わなかった。
私は振り返って不敵に笑う。
「アルジャン!残りもさっさと片づけるわよ!」
こいつとの共闘も悪くない。




