16
「フレアさん!新しい武器できてますよ!」
夏のある日。私は朝から鍛冶屋に向かっていた。店に入るなりルークが駆け寄ってきた。
「おはよう、ルーク。やっぱり親方は仕事が早いわね」
私はルークの頭を撫でながら受付に向かう。机の端には槍が布に包まれて置いてある。
それをルークが布を解いて渡してくれる。
「どうぞ!いつも親方に色々武器注文してますけど何でも使えるんですか?」
「ありがと。大体の武器は扱えるんじゃないかしら。その方が便利なのよ」
「わぁ、すごーい!」
私は軽く握った感触を確認して、武器をしまう。
「親方はもう少ししたら来ると思うので待っててもらっていいですか?」
ルークは奥の工房を確認しながらそう言った。
遠くから金槌の音が聞こえる。まだ作業中なのだろう。
……武器も受け取ったし、待つ必要もないんだけど。
どうしようかしら。
私は、ちらっとルークを見る。
まあ、挨拶くらいはして帰りましょうか。
急ぐ用事もないし私は待つことにした。そこからはいつもの光景だった。二人で隅の小さな椅子に座る。そして私の冒険譚をルークが目を輝かせながら聞く。十分くらい話していると金槌の音が止まって、暖簾をくぐって親方が出てきた。
「あ、親方。武器、問題なかったわ。ありがと」
私は立ち上がって礼を言う。親方は汗をぬぐいながら、手をひらひらと振った。
「おう、そうか。また、欲しいもんがあったら何でも言いな。ルークも世話になってるしサービスしてやるよ」
「そんなのいいわよ。まあでも、たぶんまた依頼すると思うわ。それじゃあ、行くわね。ルークもまたね」
挨拶も済ませて帰ろうとする。
「今から冒険行くんですか?」
「ええ、とりあえずギルドに行くわよ」
予定は決まってないのでそれだけ言って荷物を手に取る。
「いいなぁ……」
そう、ルークが呟いた。それが少しだけ変に感じた。いつもだったら、また聞かせてくれとか、自分も行きたいとか言う気がする。どうしたのかと、ルークの顔をじっと見る。しかし、本人は私の視線に不思議そうにするだけだった。
気のせいだったのかもしれない。でも、なぜかそのままにはしておけなくて、
「ルークも一緒に行く?」
と、言ってしまった。
子供を連れて行くなんて褒められたことじゃない。でも、なんだかルークの様子が気になるし。言ってしまったものは仕方ない。初心者向けくらいなら……。
急なことで頭が追いついてないのかぼーっとしているルークをもう一度誘う。
「薬草採取くらいなら連れていくわよ」
やっと理解できたのかルークの顔がパっと輝いた。そのまま嬉しそうに私の方に一歩踏み出そうとする。でも、次の瞬間には足を止めて困ったように眉を下げる。
「でも僕、仕事が……」
残念そうに断ろうとするルーク。その背中を親方が叩いた。
「行ってきていいぞ。一日くらいサボっても構わねえよ」
親方は冗談ぽく笑いながら、送り出そうとする。ルークはそれでも躊躇しているみたいだ。
私と親方を交互に見て、頭を悩ませている。
まったく、真面目過ぎるわね。そんなワクワクした目してるくせに。
「ほら行くわよルーク」
じれったくなって私はルークの手を引く。
「ま、待ってフレアさん!」
「もう、親方がいいって言ったんだからいいのよ」
そう言って、親方の方を指さす。親方は少し何かを考えた後、何かを机から取り出して持ってくる。
「ほら、ルーク。一応これ持ってけ」
持っていたのは短剣だった。それをルークに渡す。
「ちょっと!討伐なんてやらせないからね!」
「わかってるよ。護身用だ。ついでに振り方くらいは教えてやってくれ」
短剣を受け取ったルークは、それを両手でもち目を輝かせて見つめている。
「かっこいい……!ありがとうございます!」
ルークは短剣を大事そうに抱えて礼を言う。やっと正直になったルークに親方が苦笑している。
「じゃあ、行きましょう。いいわね、ルーク?」
「はい!」
元気な返事だった。
親方に見送られながら鍛冶屋を出て、私たちはギルドに向かった。ギルドでは依頼を受けるだけだ。
それなのにだいぶ疲れた……。
ガイルは爆笑するし、ニーナは受付を飛び出してルークを撫でまくるし。
……それに、セリアには少し怒られた。
依頼書を持ってきた私を見て、セリアはじっと目を細めた。
「フレアさん、冒険者の仕事がどれほど危険なものかわかっていますか?」
「……ええ、舐めてるつもりはないわ」
バカなことをしてる自覚はあるが、ふざけたつもりはない。
目をそらさない私に、セリアは目を伏せて息を吐いた。
「今回は特別ですからね。くれぐれも目を離したらだめですよ」
「……ありがとう、セリア」
私はいつも公平な彼女が折れてくれたことに少し罪悪感を感じてしまう。
セリアはそんな私を見透かしたのか小さく笑った。
「まあ、あんな嬉しそうな様子見たら私もダメとは言えないです」
そう言って微笑ましそうに私の後ろに視線を移す。私が後ろを向くと、ルークはギルド内を忙しなく動き回っていた。
「ルーク君」
「はい!」
掲示板を背伸びしながら眺めていたルークが名前を呼ばれて駆けてくる。
「依頼について行くのは許可しますが、ちゃんとフレアさんの言うことを聞いてくださいね」
セリアの真面目な顔を見て、ルークは真剣に頷いた。
「それじゃあ、いってらっしゃい。気を付けてね」
「はい!いってきます!」
そうしてギルドを後にして、そのまま二人で依頼へと向かった。走りだしそうになるルークの方に手を置いて、街中を歩いていく。深呼吸して落ち着こうとしているが、城門が近づくにつれてだんだん早歩きになっていく。私は苦笑しながらルークに歩幅を合わせる。すぐに外が見えてきた。
「わあ!」
城門をくぐった瞬間、ルークは頬を染めて草原を見渡す。
「フレアさん!早く行きましょう!」
弾んだ声といっしょに私の手を引っ張って走り出した。元気よく駆けていくルークを後ろから追いかける。あまりにも嬉しそうで、私はちょっとだけ心配になった。
……薬草採取ってそんな楽しいものでもないんだけど。
「ルーク、一応言っておくけど森の浅いところで薬草を摘むだけよ?」
横から顔を覗きながら念を押す。
「はい!頑張ります!」
関係ないようだ。ルークの表情は変わらない。
「魔物が出たら戦っていいですか!?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「えへへ、ですよね」
冗談っぽく笑っているが、少し残念そうなルーク。
「……私が戦うから遠くで見てなさい」
「やった!」
走りながらガッツポーズをとる。
見るだけならいい経験になるわよね。もちろん危険な場所には近づけないけれど。
そのまま数分走り続けて森まであと半分くらいの距離まで来た。さすがにルークの体力に限界がきて、一旦立ち止まる。
「ほら、水飲みなさい。倒れるわよ」
「はぁはぁ、ありがとうございます」
水筒を取り出してルークに渡す。
こんなに暑いのによくここまで走ったものだ。子供の体力ってすごいわね。
「あとはゆっくり行くわよ。森に着く前に体力使い果たしてもしょうがないんだから」
そこから、数十分私たちはのんびり歩きながら森を目指した。その間ルークはひたすら質問をして、私がそれに答える時間が続いた。武器のこと、魔物のこと、魔法のこと。
ルークは何でも熱心に聞いていた。でも、なぜか楽しそうなだけじゃない気もした。
……何か聞くべきなんだろうか。
もし、リチャードやエルセが相手なら無理やりにでも吐かせたかもしれない。けれど、今はどこまで踏み込んでいいのかわからなかった。
「あ、フレアさん!あそこですよね!」
ルークが森を指さす。その顔は早く行きたくてうずうずしてるようだった。
私は悩むのをやめて意識を森に集中させる。
余計なことを考えてる場合じゃないわね。ルークの安全が第一だもの。
体力が回復したルークと一緒にもう一度走り出した。森の浅い場所に入ってルークに薬草の見分け方を教える。
「あっ!これですよね!」
「違うわ。それ毒草」
「えっ!?」
「食べたらお腹壊すわよ」
「危なかった……」
ルークは鍛冶屋で見習いをしてるだけのことはあった。教えた通りに一つ一つ確認しながら採取していく。最初は何度か間違えていたけれど、同じ失敗は二度としなかった。
「そろそろ、終わりましょうか」
数十分経つ頃には十分な量を採取できたので、ルークに声をかける。
「あ、そうですね。なんだかあっという間でした」
ルークは顔を上げて、しまりのない顔で笑う。頬に泥がついているのにも気づいてないみたいだ。タオルで拭ってやりながら、この後どうしようか考える。
何事もなく終わったし帰ってもいいんだけど。ルークは名残惜しそうなのよね。
ふと、ルークの腰にさしてある短剣が目に入った。
そういえば、親方に頼まれたわね。
「せっかく短剣も貰ったんだし、少しくらい振ってみる?」
返事は聞くまでもなかった。今日一番の笑顔だ。
すぐにでも剣を抜こうとするルークを止めて、私たちは草原に移動した。
「じゃあ、やりましょうか。もう抜いていいわよ」
「はい!おねがいします!」
ルークは深呼吸をした後、慎重に鞘から短剣を抜いた。短剣とはいえ、子供のルークには十分な長さだった。私は後ろからそっと手を添えて、持ち方を教える。
「もう少し肩の力抜きなさい。剣先は目線の高さに」
「こうですか?」
ルークが少し剣を上げる。
「ええ、そのくらいね」
まだ体が硬いが最初はこんなものだろう。私はルークの横に立って剣を構える。
「それじゃあ、剣をゆっくり頭の上まで持ち上げるわよ」
私の動きを真似してルークも剣を持ち上げる。
「そして、一気に振り下ろす」
私は腕に力を込め風を切って振り下ろす。それをじっと見つめた後、ルークもぎゅっと剣を握り勢いよく振り下ろす。
「あっ」
剣の勢いに耐えれず前のめりに倒れそうになる。ルークはなんとか姿勢を立て直すと、恥ずかしそうに頭をかいた。
「えへへ、剣振るのって難しいんですね」
「もう少し腰を落とした方がいいわね。まあでも悪くなかったわよ」
笑われると思ったのか、私の言葉を聞いてルークが目を丸くしている。
「思いっきり振るのはいいことよ。初心者はそっちの方が難しいんだから。さっ、その調子で練習よ」
「はい!」
ルークは真剣な表情で構えた。私は片膝をついてアドバイスをしていく。
集中して剣を振りながら、私の言うことを一つ一つ覚えていく。十回も振る頃には、そこそこ体勢も安定してきた。それから少しすると剣先がぶれ始めた。鍛冶屋で鍛えられているとはいえ子供の筋力じゃそろそろ限界のようだ。
「そこまでにして休憩するわよ」
「え、でも……」
「ほら、腕が震えてるじゃない。そんなんじゃ危ないわ、少し休みなさい」
ルークは自分の手を見て、しぶしぶ地面に座り込んだ。自分じゃ気づいてないだろうけど、だいぶ疲れてるようだ。私は、ルークに水筒と携帯食を渡して休ませる。
「わあ、ありがとうございます!」
お礼を言って食べ始める。その間に私も少し特訓を始める。
ルークに付き合っていたら体を動かしたくなった。
私は準備運動がわりに剣を軽く振る。その後、土魔法で人形のような的を作る。それに向かって何度も剣を振る。そうして、スキルや魔術も使いながら一通り動きを確認していく。
しばらくの間そうして特訓を続けた。携帯食を食べ終わったルークも膝を抱えたまま楽しそうに見ている。
一旦剣を下ろして休憩すると、草原の向こうから誰かが近づいてきていた。
どうやらアルジャンのようだ。手を振って歩いてくる。
「やあ、こんにちは」
会うのはこの前の食事以来だが、相変わらずの軽薄そうな笑顔だ。
「どうも、アルジャン。こんなところで何してるの?」
「俺は依頼帰りだよ。遠くから姫の赤髪が見えたからね、声をかけたくなったのさ」
アルジャンの恰好を見ると、確かに魔物と戦った後がある。ほんとうにそれだけみたいだ。
「姫の方こそ何してるんだい?」
「見ての通り、特訓してたのよ」
私は剣を見せながら答える。アルジャンは少し目を丸くした後、笑い始めた。
「はははっ、意外と真面目なんだね。そんなことしなくても魔物なんて魔法で一撃なんだろ?」
そういえば、爆炎姫なんて変なあだ名がついてたんだったっけ。
余計なことを思い出して、少しイライラしてしまう。
「別に、武器も使うわよ。魔法だけなんて不便じゃない」
何がおかしいのかしら。こいつの考えはよくわかんないわね。
不審な目を向けていると、ふとアルジャンが私の後ろに目をやった。
「ん?その子は?」
振り向くと、いつの間にかルークが後ろから顔をのぞかせていた。
「あ、こんにちは!」
「この子はルークよ。なんていうか、後輩みたいなものかしらね。ちょっと剣の練習見てたのよ。こっちは、アルジャン。ちょっとした知り合いよ」
アルジャンはルークににこっと笑いかける。
「へえ、ルーク君も冒険者になりたいんだ。頑張ってね。それじゃ、邪魔しちゃ悪いし俺はそろそろ行くよ」
アルジャンはそれだけ言うと帰っていった。案外すぐ帰ったわね。まあいいか。
「そろそろ再開する?」
「……」
返事がない。ルークを見ると、アルジャンの去った方を眺めながら何か考えていた。
「ルーク?」
「わ!すみません、ぼーっとしちゃってました。強そうな方でしたね」
「まあ、強いわね。変なやつだけど」
ルークは強いと聞いて感激している。
……あんなへらへらしたやつ教育に悪いから、あまり会わせたくはないわね。
私は無理やり話を変える。
「体力も回復してきたなら特訓しましょうか」
「お願いします!」
それから特訓を再開して、陽が傾き始めたころ私たちは帰り道に着いた。
王都までの一本道をゆっくり歩く。
「お疲れ様、ルーク。それだけ剣振れれば問題ないわ。あとは練習次第ね」
声をかけるがルークは上の空だ。
まあ、たくさん動いて疲れたのかもしれない。さっさと鍛冶屋まで送り届けましょう。
昼間の暑さはどこかへ行って草原には涼しい風が吹いている。草の揺れる音を聞きながら二人、無言で夕暮れに染まる道を歩いていた。
すると、ルークがポツリとこぼした。
「……僕、冒険者になりたいんですかね」
ルークの様子がおかしい。
けれど、なんて返すべきかわからない。
「そうなんじゃない?」
私はぶっきらぼうに返事をしてしまう。ルークは腰に差していた短剣をそっと抱えた。
「僕、この剣みたいに立派な武器を作るのが夢だったんです。でも、わからないんです。アルジャンさんに冒険者になりたいんだねって言われて。鍛冶屋になりたかったのに、冒険者にも憧れてて。僕、どうすればいいんでしょうか」
ルークは立ち止まったまま俯いている。泣きそうな声だった。
「親方にはいっぱいお世話になったのに。今日すごく楽しくて、冒険者にもなりたくて。
親方もフレアさんもすごく優しくしてくれるのに。ごめんなさい……」
私はルークのほおに手を添えて目を合わせる。
「あのね、ルーク。そんなの好きなだけ悩めばいいのよ」
「え……」
「私も、たぶん親方もルークに何か返してほしくて優しくしてるわけじゃないわ。だから恩があるとか、そんなこと気にしなくていいのよ」
「でも、僕ほんとにわからなくて。どっちになりたいのか……」
「それでいいのよ。私もね、大切なことが二つあってどうするべきか悩んだことがあるの。何日も何日も考えて、今だってほんとに正解だったかわからない。でも、苦しんで出した答えだから私は胸を張って前に進むの」
私はついあの二人のことを思い出して重ねてしまった。
ルークの表情に険しさはなくなって、私の話を聞き入っている。
「悩むってことはそれだけどっちも大切ってことよ。まだまだ時間はあるんだから死ぬほど考えなさい。それで、どうするかは自分で決めなさい。恩があるなんて、そんなのを諦める理由にしちゃだめよ。決断の責任は自分で取りなさい」
ルークはだまったままじっと私を見つめている。
こんなこと、子供に言うべきじゃなっかたのかもしれない。
でも、自分の気持ちから目を背ける方が、きっと後悔すると思った。
ルークは眉間にしわを寄せて黙りこんでしまった。さっきまでの不安げな雰囲気は消えたが変わりに必死に悩んでいるようだった。私は最後にもう一つアドバイスをする。
「どうしても、決められなかったらどっちもやりなさい。死ぬほど頑張れば、人間なんとかなるものよ」
……冒険の方は私が鍛えてやればいいしね。
ルークはぽっかんと口を開けた後、納得したようにぱっと顔を明るくさせた。
「はい!僕、いっぱい考えて、いっぱい頑張ります!」
ようやく、いつもの元気が戻ったみたいだ。そっちの方がルークらしい。
拳を握って意気込むルークをくしゃくしゃと撫でると、二人で王都までかけっこして帰った。
……ほんと、何を偉そうに語ってるのかしら。
人の悩みに答えられるほど、私は立派な人間じゃないのに。今だって、自分のことはよくわからないままだ。まあでも、あの子が前を向けたなら、それでいいか。
そう思いながら、私はルークの背中を追いかけた。




