15
次の日、昼前には予定通り王都に到着した。三日ぶりに王都の城壁が見えて少し気が緩む。
門をくぐった途端、一気に足が重くなった。
……遠征なんて余裕だと思っていたんだけど。
まだまだ冒険者としては未熟ってことかしらね。
私は三日間の遠征を思い返しながらギルドまで向かう。見知らぬ土地での依頼は少し手間取ってしまったし、道具もアルジャンに選んでもらったものをそのまま使った。
おかげで困ることはなかったけれど。頼ってばかりは性に合わない。次の遠征はどうしようかと考えているうちにギルドに到着した。
中に入ると、朝を過ぎたのでだいぶ静かだった。
セリアやニーナはいないみたいだ。
私は受付で依頼達成の手続きをさっさと済ませると隣の酒場に移動した。酒場では数人の冒険者が静かに休んでいる。バカ騒ぎするような輩も今日はいないようだ。
私は適当に昼食を頼んでおなかを満たす。
三日ぶりの温かい料理だったけどすぐに食べ終わってしまった。
荷物を持って席を立つ。
「……帰ろうかな」
やることもないし。
帰る前に一応依頼だけ確認する。けれど、やっぱり今から受ける気にはならない。そのまま、ギルドを出ようとした時
「ああー!疲れたーー!」
勝手口の方から聞こえた大声に思わず足を止める。
聞き覚えのある元気な声だった。
レオだ。
どうやら、裏の訓練場にいたみたいで後ろから、ミアとダン、ガイルも出てきた。レオと目があった。
……挨拶くらいはしときましょうか。
そう思って、近づこうとした瞬間。
「あっ!」
レオが猛ダッシュで近寄ってきた。
私はあまりの勢いに思わずのけぞる。
レオはぎりぎりで止まった。そして笑顔を向けた。
「フレアさん!おかえりなさい!」
疲れた顔をしていたのに、今はもう緩みきった顔になっている。それを見てるとこっちまでつられそうになる。私は目を細めて、レオに笑い掛ける。
「ええ、ただいま」
「聞いてください!俺、身体強化使いながら動けるようになりました!」
「あら、やるじゃない」
そう言ってレオの髪に手をやる。
真っ先にそれを言いたかったのね。
嬉しそうに報告するレオに少し苦笑してしまう。
そうしていると、ミアとダンも駆け寄って挨拶してくれる。
「ミアとダンもただいま。二人も身体強化は覚えた?」
ダンは小さくうなずいた。表情は変わらないけど、どこか誇らしげだ。
「私はもう少しです……」
しゅんと肩を落とすミア。
「ダン、偉いわね。でも、ミアも落ち込む必要ないわよ。魔法使いは実戦で練習する機会が少ないんだから。」
三人とも頑張っているみたいだ。
私が三人の現状を聞いていると、ガイルも少し遅れて歩いてきた。
「よっ、フレア。帰ってたのか」
ガイルはレオたちを親指で指した。
「今、そいつらの特訓に付き合ってたんだよ。ちょっと休憩したらもう一回やるがお前もどうだ?」
帰ってきたばかりだとガイルに文句を言おうとした。しかし、横からレオのきらきらとした視線を感じた。
ちらっと三人を見る。
すると、レオだけじゃなくミアとダンまで期待を込めた眼差しを向けていた。
ここで断れるほど私は冷たくはなかった。
……まあ、いいか。
「ちょっとだけ相手してあげるわ。そのかわり厳しくいくから、気合入れなさいよ」
「はいっ!」
三人の声がきれいに重なった。
レオたちを少し休ませて、私たちはギルドの裏の訓練場に向かう。
「ガイル、あんたはさっき何教えてたの?」
「ああ、俺は一人ずつ身のこなしとか基本を叩きこんでやった感じだな」
「なるほどね。じゃあ、次は軽く戦闘訓練でもしましょうか」
私は、模擬剣を一振り持って訓練場の中央へ行く。
剣を軽く振りながら振り返ると、三人は顔を見合わせていた。
「三人一緒でいいんすか?」
レオが躊躇いがちに聞いてくる。
「当然でしょ。連携を鍛えておかないと危ないじゃない」
私は堂々と笑って剣を構える。
「私は強いのよ。遠慮してないで三人ともさっさと構えなさい。全力で来ないと怒るわよ」
レオたちは頷きあって真剣な表情をする。
そしてパッと迷いなく陣形を組んだ。
すると、端のほうに移動したガイルが声をかけた。
「じゃあ、俺が合図出したら開始なー。あと、俺も新人三人くらいなら相手できるからなー」
……そんなのどうでもいいのよ。
それより、三人の様子はどうかしら。
前を向くと、ダンが盾を持って先頭で構えている。その斜め後ろにレオが、少し離れた場所にミアが立っている。全員、真剣な目だ。
……だいぶ様になってるじゃない。
数秒、静かな時間が流れた。
そして準備ができたのを確認したガイルが手を振り下ろす。
「はじめ!」
その瞬間、私は地面を踏み込みダンに一瞬で肉薄する。
「うわっ!」
ダンは驚きながらも、私の剣を盾で受け止める。
これで倒れないなんて、やっぱりやるじゃない。
でも、踏ん張るので精一杯みたいね。
私がさらに力を込めようとした時、レオが後ろから飛び出した。レオの振る剣を半歩後ろに下がって躱す。
「出るのが遅いわレオ。それに、大振りすぎ」
私は追撃するレオと剣を交わしながらダンとミアの様子を見る。二人ともタイミングを伺っている。レオが倒れた時かばうために構えているのだろう。
でも、それじゃ駄目よ。
私はレオから離れず、少しずつ速くしながらレオに剣を打ち込んでいく。
だんだんと押されるレオ。
「ダン、ミア!待ってるだけじゃだめよ!ちゃんとレオを助けなさい!」
「は、はい!」
ダンが慌てて動いた。それに合わせてミアも緊張した様子で魔法を撃つ。
「離れて!」
ミアの声と同時に火球が飛んでくる。レオは後ろに飛び下がった。私も体をひねって躱す。ミアの魔法は向こうの壁に当たって消えた。しかし、その隙にダンが盾で突進してくる。私はそれを受け止めた。
……いい判断ね。それにさっきよりも力強い。
数秒、ダンの盾と私の剣が拮抗する。その間に移動していたミアが横から火球を放つ。私はそれを後ろに下がって避ける。
その瞬間、狙っていたようにレオが飛び出し真っ直ぐ剣を振る。さらにダンも一歩踏み込み横から盾を突き出す。
良い連携だ。以前から練習していたんだろう。
盾と剣が迫る。離れた場所でミアも次の魔法を構えている。
避けられない。
……やるじゃない。
「でも、甘いわよ!」
私は、力任せにレオの剣を弾き飛ばす。
「うわっ!?」
その勢いで無理やり体をひねり盾を躱すと、足払いでダンを転がす。
「くっ!」
そして、片手に水の球を作ると、驚いているミアに向けて放つ。
「きゃっ!」
レオとダンはバランスを崩し倒れ、ミアも尻餅をついている。一瞬で訓練場に静けさが戻った。
ふう、こんなもんね。
私は軽く手首をほぐしながら、近くで倒れている二人に近づく。
「とりあえず、模擬戦は終わりね。最後の連携はなかなか良かったわよ」
うつ伏せで倒れるレオとダンを起してやる。よろよろと立ちながら、ため息を吐く。しかし、
「うう、絶対いけたと思ったのに。フレアさん強すぎっすよ……」
「当然でしょ。新人には負けられないわよ」
二人とも悔しそうだ。ミアも肩を落としながら近づいてきた。やる気があるみたいでいいことだ。
「私に勝ちたかったらもっと頑張りなさい。また、相手してあげるから」
「そんなに気落とすなよ!新人にしちゃ上出来だぜ」
観戦していたガイルも近づいてきてレオたちを励ます。
「まあ、まだまだなとこもあるけどな!ダン、最初油断してただろ。どんな攻撃が来てもちゃんと受け止めろ。ミアは、二人を意識しすぎだ。魔法の軌道が読みやすいから、簡単に避けられるぞ。レオは剣術の特訓だな。お前が主戦力なんだ。もっと剣筋を磨け」
私はそれを聞いて少し驚いた。
「意外とちゃんとしたアドバイスね」
ガイルがニカッと笑う。
「俺もプロの冒険者だからな!」
「あんたも、振りが大雑把ってバルトに言われてたけどね」
「今それはいいんだよ!」
ガイルは誤魔化すように三人に身振り手振りで教えてやっている。
普段からそれくらいちゃんとしてればいいのに。
「――ってことで、レオとダンの目標はスキルを習得することだな」
一通りアドバイスをした後、ガイルはこれからの方針を話している。私もその目標には納得した。
「確かにそうね。動きは悪くなかったし個々の技量を上げるのがいいわね」
しかし、三人は微妙な顔をした。
「スキルって技出すやつっすよね?あれ、どうやって覚えるんすか?」
三人揃って首を傾げている。
ああ、新人の子ってあまり知らないのね。
それを見てガイルが苦笑しつつ口を開く。
「スキルは、技っつうか技術だな。何度も繰り返して体に叩き込むと、そのうち勝手に身に着く」
ガイルが私を指さす。
「さっきフレアが一瞬で距離詰めただろ?あれも【縮地】ってスキルだ」
三人がこっちを見ながら感心している。
「【縮地】は三か月もすれば自然と身につくわ。あと、スキルは熟練度があるのよ。一つでも6か7くらいのスキルがあれば十分ね」
三人の顔が引きつる。
「そんな顔しなくてもいいじゃない。冒険者を続けるならそのうち必要になるんだから」
ガイルがかぶせるように、すかさず続けた。
「新人なら、熟練度は3もあれば十分だ。レオは剣術、ダンは盾術を覚えろ。ミアは高速詠唱だったかな、それ覚えるといいぞ」
「高速詠唱?」
ミアが首を傾げる。
「私も覚えてるわよ。さっきも一瞬で水魔法撃ったでしょ?特訓すればあんな感じで普通の魔法は即出せるわ」
「欲しいです!」
ミアが強く返事をする。やる気を出すミアにガイルが補足する。
「たぶんだが、フレアは熟練度が7とかだからな?焦って覚えようとするなよ」
ガイルが呆れたような視線を感じる。
私は目をそらす。確かに7だった。
……ちゃんと私もちゃんとそこまで説明するつもりだったわよ?先に言われただけよ。
微妙な空気を変えるようにガイルが咳払いして話を続ける。
「とりあえず、課題は一人一人の技術向上だ。スキルを覚えるコツは同じ動作を意識して繰り返すことだな。こいつは異常だからあんまり基準にするなよ。お前らが思ってるよりこいつアホだぞ」
ガイルが私を指さす。
……。
せっかくちょっと見直したのに。やっぱり一言多いのよ。
私の睨みに気づかず、ガイルが何かを思い付いた顔をする。
「そうだ、ちょっと俺とお前で模擬戦してみるか?こいつらも見た方がわかるだろ」
ガイルと戦闘ね。
悪くない提案だった。
「……いいわね。やりましょうか」
「おい、フレア。なんか目が怖いぞ。手加減してくれよ?」
ガイルを無視して私は位置に着く。
「おい、なんか言えよ!ボコボコにする気じゃないよな!?俺、先輩だからな!?」
「さあ、行くわよ!ガイル!」
「ちょっ!落ち着けーー!!」
ガイルの悲鳴が訓練場に響いた。
_______
数十分後。
「酷え目にあったぜ……」
ガイルが息を切らしながらつぶやく。
「なによ、ちゃんと手加減はしたでしょ」
「どこがだよ!」
ガイルがまだ何か文句を言っている。
気づけば空は茜色に染まり始めていた。
「ほら、そろそろ戻るわよ」
私たちは訓練場を後にした。
「それより、あんた思ったより強かったのね」
「……ガイル先輩もかっこよかったです」
まだ不貞腐れるガイルを、ダンがおずおずと褒める。
「まあな!フレアには一瞬で抜かされたが俺Bランクでも上位だからな!わからんことは何でも聞けよ!」
ガイルは一気に上機嫌になりダンの肩に腕を回す。
「あ、ありがとう、ございます…」
ダンがガイルにぐらぐらと揺すられている。ダンは戸惑ってはいるけど嫌ではなさそうだ。二人は放置して私はギルドの扉を開けた。
数時間前とは変わって、夕日の差し込むギルド内は騒がしかった。依頼帰りの冒険者たちが受付に並び、報酬を受け取った者たちが談笑している。奥の酒場ではもうすでに酔っ払いの下手な歌声が聞こえている。
そんな中に、きょろきょろと周りを見渡すアルジャンの姿を見つけた。
あいつ、ここ所属じゃないのに何してるのかしら。
私に気づいたアルジャンがいつもの笑みを浮かべて近づいてくる。
「やあ、姫。そろそろ帰ってくる頃かと思って寄ってみたんだ。こんなにうまく会えるなんて運命かな」
そう言ってじっと見つめてくる。相変わらずの軽薄さだった。
こいつはキザなことを言わないと死んじゃうのかしら。
「ええ、今日の昼には戻ってきたのよ。道具選んでもらったおかげで助かったわ」
「それはよかった。姫が無事で――」
「それで、何か用?」
面倒なので話を遮って聞く。
「くくっ、姫はつれないなあ。この前の食事の件、どうかと思ってね。いい店を知ってるんだ」
そういえば、そんな約束をしていた。お腹もすいてきたしちょうどいいか。
「ええ、いいわよ。もちろん私が払うからね」
「女の子に出させるなんてそんな――」
「お、飯か!いいな、みんなで行こうぜ!」
ガイルが無理やり割って入ってきた。
「君だれ!?割り込まないでくれよ!」
アルジャンは突然でかい男に肩を組まれ混乱している。
こんな顔初めて見たわね。さすがガイルだわ。
「俺はガイルだ!お前アルジャンだろ。今度お前も一緒に訓練しようぜ!」
「訓練?やだね、めんどくさい」
ガイルを引きはがしながら心底嫌そうな顔で断る。
「いいじゃねえか。冒険者には大事なことだろ?」
「天才には必要ないのさ。姫だってそう思うだろ?」
アルジャンはそう言って私の方を見る。
……?
なんでこっち見るのかしら。
「いや、私は――」
「まあいいや!腹減ったしさっさと飯行こうぜ!」
「いや、君は呼んでないんだけど……」
まあいいか、話流れちゃったし。
「そうね、みんなで行きましょうか」
「え、姫まで!?」
アルジャンが残念そうにしているが、二人っきりは面倒な気がする。
「レオ、ダン、ミアも早く来なさい」
「俺たちもいいんすか!」
「ええ、強くなりたいならたくさん食べなさい。あ、ガイルは自分で払いなさいよ。遠征のこと教えてもらったし、三杯までは奢るわ……」
「気前がいいじゃねかフレア!」
ガイルたちが意気揚々とギルドを飛び出す。
後ろから、アルジャンがとぼとぼと歩いてくる。
「俺との食事だったはずなんだけどな」
「まあいいじゃない、大勢も悪くないわよ」
自分がこんなことを言うなんて考えたこともなかった。
なんだかおかしくて少し笑ってしまう。
アルジャンはなぜかぼうっとしている。
その後、慌てたように咳払いすると笑みを浮かべた。
「今日のところは姫と食事できるだけで良しとしておくよ。今度はぜひ二人で行きたいけどね」
「気が向いたらね」
私は適当に返事をして歩き出した。
食事中もガイルやアルジャンはうるさいし、レオたちに懐かれるのも慣れない。
……でも、楽しかった。




