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9話と10話を繋げました
この話は11話から10話に変更します
朝のギルド。
木のジョッキがぶつかる音。依頼帰りなのか、酒臭い冒険者の笑い声。
掲示板の前では、朝一番の依頼を奪い合うように冒険者たちが集まっている。
依頼を受ける者、パーティで作戦を立てる者、仲間同士で談笑する者。
冒険者たちは思い思いに朝を過ごしていた。私もその中に混じって、依頼書を眺めていた。
隣町まで荷馬車の護衛、東の平原で虫魔物の駆除、森でオーガの討伐……
どれにしようかしら。虫魔物は楽だけど、報酬が安いのよね。
依頼を一つ一つ確認していると、不意に後ろに視線を感じた。
「やあ、お嬢さん、こんにちは。君が噂の爆炎姫?」
振り返ると、そこには軽薄そうな黒髪の男が立っていた。
「知らないわ。勝手に変な名前付けないで」
へらへらしているのにどこか値踏みするみたいな目で、無性に苛立ってしまう。
「いやいや、君のことでしょ?燃えるような赤髪にその顔立ち。なるほど、確かに“姫”だ。
最近、西区で大活躍してるって聞いてね。一度会ってみたかったんだ」
「うるさいわね。用がないなら、どっか行きなさい」
「おっと、気の強さは噂以上のようだ。ま、縁があったらまたよろしく、お姫様」
軽薄そうに手を振って男は人ごみに紛れていった。
……なんなのよ、あいつ。
妙に目につく男だった。
私は気持ちを切り替えるように、依頼書を一枚引きはがして受付に向かう。
「おはよう、ニーナ。今日はこの依頼を受けるわ」
「おはようございます!依頼の受理ですね。しばらくお待ちください」
最近受付に入ったニーナが慣れた手つきで手続きを始める。
ペンを走らせていると、カウンター越しにニーナが身を乗り出してくる。
「フレアさん、掲示板でアルジャンさんと何話してたんですか?」
声は小さいのに隠しきれない興奮が漏れている。
「アルジャンってさっきの黒髪の男?」
「知らないんですか!?有名人ですよ。所属は東区ギルドなんですけど、若くしてAランクまで行った天才なんですよ。……まあ、それフレアさんも同じなんですけど!それよりも大事なのはあの顔です!褐色の肌と艶のある黒髪!その間から覗くたれ目!ミステリアスな笑顔!その美貌で女の子を口説きまわってるって噂です!」
声を潜めるのも忘れて、早口でまくし立てるニーナ。
この子、仕事はできるのにこういう噂が好きすぎるのよね……
「――はっ!す、すみません!つい熱くなっちゃって!」
「別にいいけど。へえ、有名なやつだったのね」
ニーナがじーっと顔を覗き込んでくる。
「なんだか反応薄いですねえ。興味ないんですか?」
「噂なんてあてになんないしね。顔だって、あんなへらへらしたのより、もっと落ち着いた感じの方が――って何でもない!」
「ええ、私はあの顔でデートに誘われてみたいなあ。きれいな景色を見ながら乾杯して、だんだんと距離が近づいちゃって……きゃああ!」
……もう駄目だ、この子。
私は大きく息を吐くと、一人で悶えているニーナを置いて、そのまま出口へ向かった。
「あっ、フレアさん!サインまだですー!」
―――
「お、フレアじゃねえか!」
ギルドを出たところで、前から大剣を背負った大きな人影が二つ見えた。
「あら、おはよう。ガイル、バルト」
ガイルが大きく手を振りながら近づいてくる。その隣では、バルトが相変わらず仏頂面をしていた。
「珍しいわね、二人が一緒なんて」
「今日はバルトの旦那に特訓してもらうんだよ」
「ああ、同じ武器を使ってるからな。何度か見てやっている」
隣で、バルトの眉間にしわが寄った。
「だというのに、何度注意してもこいつはすぐ動きが大振りになる!」
「あはは!そんな怒んないでくれよ、旦那!」
バルトがぎろりとガイルを睨む。
「隙だらけだ!そのままじゃ、力任せに振ってるだけだぞ!」
「いやいや!ちゃんと考えて振ってるって!」
「考えた結果があれか?」
「うっ……」
……この二人、仲いいわね。
「それより、フレアは今から依頼か?」
バルトの怒声を軽く受け流しながら、ガイルがこっちを向いた。
「ええ、森でオーガの討伐よ」
「そいつはいいな!また全部燃やし尽くすなよ!」
「わかってるわよ!」
……ほんと、こいつは余計なことばっか言うわね。
私がガイルを睨みつけていると、バルトが一歩近づきまっすぐこっちを見た。
通りを吹き抜けた風が一瞬だけ会話をさらっていく。
「気をつけろよ、フレア。冒険者は慣れてきた頃が一番死ぬんだ」
その言葉はあまりに重くて、とっさに言葉に詰まってしまった。
「……もちろん、油断なんかしないわ」
誰かに心配されるなんて、まっぴらだ。
バルトはふっと笑うと背中を向けて歩き出した。
「じゃあな、フレア。道で転んだりすんなよ!」
二人の背中から視線を外す。
――慣れてきた頃が一番死ぬ。
バルトの言葉を胸に残したまま、私は森へ向かった。
―――
森の中、枝葉がこすれる音が静かに響く。湿った土の匂い。踏みしめた落ち葉が小さく沈む感触。周囲に小動物の気配はない。折れた枝と踏み荒らされた地面だけが、ここにオーガが居座っていることを物語っていた。
私は茂みに身を潜め、オーガを観察した。3m以上はありそうな巨体で棍棒を担いでいる。
二体いるわね。動きは遅い。
……でも、油断すると死ぬ。
一体が後ろを向く。
――今!
私は木陰から飛び出すと、正面のオーガの足元を隆起させ、体制を崩す。そのすきに身体強化で一気に接近。異変に気付いた二体目が振り向くと同時にその顔に水球を叩きつける。
ひるんだ隙に地面を蹴り、一気に飛び上がる。棍棒が振り下ろされるより先に、一体目のオーガの首を断った。
オーガの体が崩れ落ちる。私は着地すると、二体目と距離をとった。
仲間を倒されたオーガが咆哮をあげる。森が震えた。木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立っていく。びりびりと衝撃が肌を伝わる。
私は呼吸を整え、剣を握りなおした。
オーガが木々をなぎ倒しながら向かってくる。棍棒を紙一重で躱し、懐へ踏み込む。
首筋へ振り抜いた剣が、途中でぴたりと止まった。オーガの巨大な手が、剣身を力任せに握りこんでいた。
「っ――!」
握られた剣はびくともしない。私は躊躇なく剣から手を離した。武器を失ったと思ったのか、オーガの口元が歪む。勝利を確信したように、棍棒を振り上げる。その瞬間、異空間から新たな剣を引き抜く。振り下ろされる棍棒の内側へ潜り込み、喉元を一閃した。
オーガの巨体が、前のめりに崩れ落ちる。掴まれていた剣が土の上にどさっと落ちた。
私は剣身を確認して異空間に戻した。
……掴まれるのは想定外だったわね。
さっきの戦闘を振り返りながら、靄のように崩れていくオーガの体を見下ろした。残された魔石を回収し、服の泥を払ってから一息ついた。
―――
帰り道、平原のそばを通ると、遠くで金属のぶつかる音が鳴り響いた。音のした方に目を凝らすと、誰かが魔物と戦っている。
……確か、アルジャンとかいう男だったかしら。
遠すぎて、何と戦っているのかまではわからないが、魔物の集団の中でひらりひらりと躱しているのはわかった。
……助けは必要なさそうね。
それだけ確認すると私は街に向けて歩き出す。助けが必要ないなら、長居する理由もない。戦闘の熱が残る体を、さわやかな風が吹き抜けていく。遠くに見える王都の町を夕暮れが照らしている。大きく息を吸うと、街まで少し駆けて帰った。




