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王都郊外の大通りを、私は馴染みの鍛冶屋に向かって歩いていた。
店主の怒鳴り声。子供たちの笑い声。荷車のきしむ音。
相変わらず騒がしい街だけど、王都に来て二ヶ月も経てばさすがに慣れる。
……まあ、悪くないわね。
人ごみを避けながら、大通りを左に曲がる。小道に入ると、さっきまでの喧騒が少しずつ遠ざかっていった。代わりに並んでいるのは武器屋や防具屋、薬品店みたいな冒険者向けの店ばかりだ。鉄と革の匂いが混ざったこの空気を私は結構気に入っている。
小道をまっすぐに数分歩くと、年季の入った看板を掲げる鍛冶屋が見えた。カン、カン、と響く鉄を打つ音。
......この音を聞くとなんだか落ち着くのよね。
立て付けの悪い扉をガラッと開ける。
店の中に立ち込める鉄と油のにおい。壁には剣や槍がずらりと並ぶ。カウンターでは短い茶髪の少年が熱心に盾を磨いていた。
「あ、フレアさん!こんにちは!」
私に気づいた瞬間、ルークの顔がぱっと明るくなる。
「こんにちは、ルーク」
その笑顔につられるように、思わず口元が緩んだ。
……相変わらず、子犬みたいな子ね。
ルークは慌てて盾を置くと、そのまま駆け寄ってきた。目の前でぴたっと止まるときらきらした目で私を見上げる。
「聞きましたよ!フレアさん、また大物退治したんですよね!?」
「どんなやつだったんですか!?」
「ちょっ、近いわよ!」
思わず一歩のけぞる。
「やっぱドラゴンですか!?一撃でドカーンってしたんですよね!?」
ドラゴンって……。さすがに期待が大きすぎるわよ。
ぐいぐい迫ってくる勢いに押され、私は視線をそらした。
「あ、あとで話してあげるから、落ち着きなさい!
それより頼んでた武器取りに来たんだけど。親方どこいる?」
「あ、親方なら奥で鉄打ってますよ!呼んできますね!」
小走りでかけていく背中を見送って、私は肩の力を抜くように一息ついた。
慕ってくれるのは嬉しいけど、あんなにきらきらした目を向けられると調子狂うのよね…。
待っている間、壁に立てかけられた武器を眺める。次はどんな武器を作ってもらおうか。
そんなことを考えていると、工房の方からぱたぱたと足音が戻ってきた。
「フレアさーん、親方少ししたら来るそうでーす」
暖簾をくぐって戻ってきたルークは、そのまま自然に私のすぐ隣までやって来る。
今にも尻尾を振りそうな顔。
……くしゃ、と。
気づけば、ふわりとした茶色の髪を撫でてしまっていた。
「えへへ……」
様子を伺うように顔を覗くと、ルークはくりくりとした目を細めて、くすぐったそうにしていた。
……なんでそんな嬉しそうなのよ。
すぐに手を下ろそうとしたのに、そんな顔されると手を止めづらくて、思わずもう一回くしゃくしゃと撫でてしまう。
そんな妙に平和な時間を過ごしていると、奥から響いていた金属音が止んだ。
少し経って、暖簾の向こうから親方が顔を出す。
「待たせたな、嬢ちゃん。ほら、注文の品だぜ」
親方の職人らしいゴツゴツした手に握られているのは鞘に入った新品の剣。
ルークの柔らかい髪から手を離し、私は剣を受け取った。
ずしりと掌に伝わる重み。
……うん、この感じ。
思わず口元が緩む。
装飾のない武骨な柄を握り、ゆっくり鞘から引き抜く。澄んだ金属音とともに現れた剣身が、入り口から差し込む陽の光を鋭く反射した。
「うん、良い感じ。やっぱ親方の作る武器が一番しっくりくるのよね」
軽く振るだけでわかる。まるで、最初から自分の手に馴染んでいたみたいだった。
「裏に出て、試し斬りするかい?」
「ええ、お願い」
剣を鞘に戻すと、足早に裏の試し場へ向かった。後ろから、親方の重い足音が聞こえてくる。ルークも無邪気な顔で付いてきていた。
「僕も、見てていいですか!」
「仕方ないわね、危ないから離れてなさいよ」
まったく、そんなの断れないでしょうが…
ルークのきらきらしたまなざしを受けながら私は試し場の中央に歩いていく。巻き藁の一つに近づくと剣を構えた。そして、一度呼吸を整えた後一気に斬り込む。
ザン――
鋭い音とともに巻き藁が真っ二つに切断された。
「わっ、すごい!」
驚いた声が聞こえる。
完璧ね。それじゃあ次は…
「あれ?もう仕舞っちゃうんですか?」
異空間に剣を放り込む私を見て、ルークが不思議そうにする。
「まあ、黙ってみてな。嬢ちゃんのお試しはこっからが本番だからよ」
私は別の巻き藁に向き直り、手ぶらで後ろに三歩下がった。
試し場を抜ける風が、頬をかすめる。
――よし
魔力を足に流し込み、一気に踏み込む。
地面を蹴った勢いのまま、巻き藁の脇を駆け抜ける。同時に、進行方向の地面が隆起した。
地面と垂直にせりあがった土壁へ、両足で張り付くように着地。一瞬だけ体を縮め、その反動で背後の巻き藁へ飛び込む。
空中で異空間から剣を引き抜き、背後から巻き藁を一閃した。
地面に着地すると、少し遅れて後ろから巻き藁の落ちる音がした。
振り返って巻き藁の切り口を確認しつつ、剣を鞘に納める。
......ちょっと遅いわね。
立ち尽くしたまま、術式と動作の確認をしていると、ぐいぐいと腕を引っ張られた。
下を向くと、ルークが興味津々な顔して私を見ていた。
「今なにしたんですか!?ビュンって走ったら、壁ができてて、いつの間にか剣持ってて!かっこよすぎます!!」
「こら、危ないって言ったでしょ。一旦、そっち行くわよ」
ルークの手をつかんで引っ張り、入り口に立っている親方の方へ向かった。
「まったく問題なかったわ。いつもありがとう」
「いいってことよ。それより、そいつがめちゃくちゃそわそわしてっから相手してやってくれよ」
親方の苦笑にも気づかずこっちをきらきらした目で見てるルーク。
「別に、難しいことじゃないわよ。身体強化で敵の背後に回って、土魔法で作った壁を足場にして、死角から斬っただけよ」
「いや、嬢ちゃん。それ、かなり難しいからな?」
私は無視して、刃についた藁くずを払った。
「あの一瞬で、そんなことしてたんですか!?それに、剣、途中から出してませんでした!?」
「何も持ってない方が機動力高いじゃない。直前に武器取り出して振るうのが効率いいのよ」
「普通できねえよ」
私は聞こえないふりをした。
「わあ、すごいなあ!僕も、空間魔術使いたいなあ」
ルークは完全に目を輝かせている。その様子を見た親方が呆れたように頭をかいた。
「あのな、ルーク。一応言っておくが、あんな使い方できるの嬢ちゃんだけだからな?宮廷魔術師なんかは、使えるやつも何人かいるらしいが、戦闘中に剣取り出すとか誰もできないぞ」
「ちょっと、人を異常みたいに言わないでよ。魔術なんて頑張ればだれでも使えるものなんだから」
「その努力の量がおかしいって話なんだが…」
…うるさいわね。
「いい?ルーク。魔術っていうのは慣れよ。最初は難しいけど、何度も使えば自然と覚えるの。」
親方の視線から逃げるようにルークに向き直った。
「なるほど!がんばります!」
「あんまり、参考にするなよ、ルーク。」
ルークは小さく拳を握って気合を入れた。親方はそれを諦めたように見つめている。
「そういえば、僕が前見たときは魔法でどかーんって魔物を倒してたけど、こんな戦い方もするんですね!」
ルークの無邪気な一言に、思わず視線が泳ぐ。
「あ、あれは、加減難しいのよ。何回か魔石ごと燃やしちゃって報酬半分になっちゃったし…」
ちょっと気まずくなった私は逃げるように、剣を異空間に放り込んだ。
「じゃあ、剣も受け取ったことだし帰るわね!」
「おお、じゃあな」
「ありがとうございました!」
ルークはいつもの元気な声でそう言って、ぱたぱたと手を振った。
私も軽く手を振って帰ろうとする。
けれど、背中に何となく視線が刺さった。
……?
振り返ると、ルークが何か言いたそうに口を開きかけて、でも結局そのまま閉じてしまう。
「……なんでもないです!」
無理やり笑ったその顔がなんだか妙に寂しそうで。
あ、そうだった…
まったく、イライラする。 子供との約束を忘れかけるなんてほんと最悪だわ。
私は小さく息を吐くと指先に風を集め、ふわりとルークの体を浮かせる。その隙に椅子を取り出し、半ば強引に座らせた。
「わっ、どうしたんですか、フレアさん」
「今から、私の華麗な冒険譚を聞かせてあげるわ! 心して聞きなさい!」
ルークの顔に輝きが戻った。
「あ、流石にドラゴンはいないわよ!?そのうち倒すから楽しみにしておいて!」
「うわぁっ、やったあ!!」
「そこ信じるのかよ……」
―――
「それで、その魔物がこうやって飛びかかってきたの」
指を軽く振ると、空中に集まった水が狼型の魔物を模した。
「うわぁ!?」
「で、こいつが炎を吐こうとして――」
水の魔物が大きく口を開く。次の瞬間、その頭を木剣で叩き潰した。
水飛沫がぱしゃりと散る。
「こんな感じ」
「すっげぇぇぇ!」
ルークの食い入るような目に見つめられながら、私は少しだけ胸を張る。
……悪くないわね。王都での暮らしも。




