表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第9話:作戦会議

 吸血鬼の森を抜けたのは、夜明け前だった。

 

 東の空がわずかに白み始めた頃、一行は城への道に戻った。

 

 誰も喋らなかった。

 

 疲れというより、それぞれが何かを処理しているような沈黙だった。

 

 リリナは歩きながら、手帳を開いた。暗くて字が書けない。


 それでも閉じずに持っていると、指先の感覚だけが現実に繋がっている気がした。

 

 ピクスがリリナの肩に降りてきた。

 

「……疲れた?」

 

「少し」

 

「でも、よくできた」

 

 いつもの軽さが、少しだけ抑えられている。


 「ありがとう」


 「あのシーン、下がらなかったの、ちゃんと見てたよ」

 

 リリナは少し考えた。


 「下がれなかった、の方が正確かもしれない」


 「それでいいんだよ」

 

 ピクスはそれだけ言って、また黙った。

 

 ガルがリリナの足元で、ちらりと後ろを振り返った。城の方角を。それから前を向いた。

 

 ルシルは少し先を歩いていた。いつもの歩調で、いつもの背中だった。

 

 でも、セラフィーンに何かを言われてから、ほんのわずかだけ、雰囲気が変わった気がした。

 

 気のせいかもしれない。

 

 リリナは手帳をもう一度開いた。暗くてもいい、線だけ引いた。

 

 整理するものがある、ということが、今は大事だった。

 

 ♢

 

 城に戻ったのは、朝日が出る少し前だった。

 

 ベルザードが玄関で待っていた。


 「おかえりなさいませ」

 

 見ていたのか、それとも気配でわかったのか。もう驚くこともなかった。


 「ただいま戻りました」


 「お顔を拝見するに、ご無事のようで」


 「はい」


 「この時間のご帰宅ということは、吸血鬼の城、でございますね」


 「そうです」


 「……ご無事で、何よりでございます」

 

 今度は少し違う重さがあった。リリナは小さく頷いた。

 

 ベルザードはルシルに向いた。


 「ぼっちゃま、お怪我は」


 「ない」


 「……左様でございますか」


 一拍だけ、目が細くなった。それだけだった。

 

 ♢


 目が覚めたとき、部屋は昼の光で満ちていた。


 顔の上に、重さがある。


「……ガル」


「おん!おきた!」


 起きた、ではなく起こされている。


 リリナは小さく息を吐いて、起き上がった。


 体は重いが、頭は妙に冴えていた。


 ♢

 

 広間。

 

 テーブルに地図が広げられる。旅に出る前と同じ地図だが、各地域にリリナが書き込んだ印がいくつか増えている。

 

 「まずは場所と規模を決めましょう」

 

 リリナは手帳を開いた。旅の間にメモしてきたことが並んでいる。各種族の人数感、距離感、嗜好、時間帯の希望。

 

「まず場所ですが、どこかよさそうな場所はありますか?」

 

 ルシルが口を開く。

 

「魔王城では駄目なのか」

 

「駄目です」

 

「理由は?」

 

「誰も来ません、人間も、魔物も」


「……そうか」

 

 

「では、人間側の都市の外縁部。中立地帯の広場あたりではどうでしょうか?」


 レギウスが眉を動かした。


「人間側には馴染みがあるが、魔族には遠い。ワーウルフはともかく、ヴァンパイアは昼間動けない」

 

「ですよね、魔族が街に行くというのは現実的でないですね」

 

 

「ここ、どういう場所ですか」

 

 リリナは地図の一点を指で示した。

 

 全員の視線が集まった。

 

 人間の領域と魔族の領域の、ちょうど境界に近い場所だった。地図上に建造物のようなものが書いてある。

 

 ルシルとレギウスが、ほぼ同時に地図を見た。

 

 ルシルが静かに言った。

 

「……旧停戦地だ」

 

「停戦交渉が行われた場所、ですか」

 

 沈黙が落ちた。

 

「使えますか」

 

「……建物はある。今は、誰も使っていない」

 

「どちらの種族にとっても、中立の土地ですよね」

 

「……そうだ」

 

「人間も魔族も、来られる距離ですか」

 

「条件としては、最もいい」

 

「では、ここにしましょう」

 

 リリナははっきりと言った。

 

 ルシルはしばらく地図を見ていた。何か言いかけて、やめた。

 

「……問題はないか」

 

「あります」

 

 全員がリリナを見た。

 

「三十七年前の場所を使う、ということの重さです。人間側にとっても、魔族側にとっても。悪い意味で受け取られる可能性があります」

 

「ならなぜ選ぶ?」

 

「同じ理由で、良い意味にもなりえるからです」

 

 リリナは続けた。

 

「戦争が終わった場所で、今度は出会う。それは、ストーリーになります」

 

 ピクスが「おお」と言った。

 

 レギウスは何も言わなかった。でも地図から目を離さなかった。

 

「……ストーリー、か」

 

 ルシルが繰り返した。

 

 

「人間に打診するとき、そこを使います。場所の意味を、言葉にして渡す」

 

「相手が受け取るかどうかは」

 

「わかりません。でも、何もない場所より、意味のある場所の方が、来る理由になりやすい」

 

 沈黙。

 

 ルシルがゆっくりと頷いた。

 

「……そうだな」

 

「次に規模ですが」

 

 リリナは手帳に書き込んだ数字を読んだ。

 

「各種族から二から三名。人間側も同数。合計で十から十五名が上限だと思います」

 

「少なくないか」

 

 ルシルが言った。

 

「少ない方がいいんです、最初は」

 

「理由は」

 

「大きくすると、管理できない。何か起きたとき、抑えられない。それに」

 

 リリナは少し間を置いた。

 

「初めて会う相手と、大人数の空間にいるのは、どんな種族でも怖い。少人数の方が、顔が見える」

 

 ガルが「ガルはへいき!」と言った。

 

「ガルはそうですね」

 

「おん!」

 

 ピクスが地図の上に降り立った。

 

「時間帯はどうする?ヴァンパイアは夜だけど、ワーウルフは昼も動ける。ドラゴンは正直どっちでもいい。」

 

「夕方から夜にかけてがいいと思います。夕暮れなら日光の問題が少ない。屋内なら、なおさら」

 

「旧停戦地の建物、屋内対応できますか」

 

 ルシルがレギウスを見た。

 

「……確認が必要だが、できないことはないはずだ」

 

「じゃあ、そっちはレギウスに確認してもらえますか」

 

 レギウスは少しだけ間を置いた。

 

「……わかった」

 

 初めて、作業を受けた。そういう声だった。

 

 リリナは手帳に書き込みながら、続けた。

 

「食事は出す方がいいと思います」

 

「理由は」

 

「食べると、緊張がほぐれるので」

 

「確かに」

 

 ピクスが頷く。

 

「ワーウルフ、飯の後から一気に雰囲気変わったよね」

 

「料理の担当は」

 

「私がやります、手伝いでここの料理人を貸して下さい」

 

 全員が、少しだけ間を置いた。

 

「……お前が作るのか」

 

「やれます、簡単なものなら」

 

 ガルが「ごしゅじんのごはん、おいしい!」と言った。

 


 リリナは手帳に目を落とした。場所、規模、時間帯、食事。骨格は決まった。


 レギウスが声を落とす。

 

 「次は、人間への打診か」


 「人間側への打診は、私が一人で動く方がいいと思っています」

 

 少しの間があった。

 

「一人で行くのか」

 

 ルシルが聞いた。

 

「ガルに一緒に来てもらいます」

 

 ガルが「おん!」と元気よく鳴いた。

 

「それだけか」

 

「それだけです。人間の街に魔族が来たら、目立ちます」

 

「……何日で戻る」

 

「何人かに声をかけようと思っているので、二日ほどあれば戻れると思います」

 

「そうか」

 

 それだけだった。

 

 でも、ルシルは地図から目を離さなかった。旧停戦地の、リリナが指で示した場所を、まだ見ていた。

 

 リリナは気づいていたが、何も言わなかった。

 

 手帳を閉じて、立ち上がる。

 

「では、準備してきます」

 

「……リリナ」

 

 ルシルが言った。

 

 珍しかった。自分から名前を呼ぶのは。

 

「はい」

 

「無理はするな、危険と感じたら戻ってこい」

 

 命令でも、心配でもない。ただ、そう言った。

 

 リリナは少しの間、ルシルを見た。

 

「……善処します」

 

 ルシルの目が、わずかに動いた。

 

「それは我の言葉だが」

 

「覚えたので、使ってみました」

 

 ピクスが「あははは!」と笑い。ガルがぴょんぴょん跳ねている。


 空気が、少しだけ軽くなる。


 レギウスは何も言わなかった。でも、視線が少しだけ、窓の外に逃げた。

 

 ♢

 

 部屋に戻り、手帳を開く。


 ペンを走らせる。


 場所、規模、時間帯。


 必要な項目を整理していく。


 最後に、一行だけ書き足す。


「善処します」


 その下に、少し迷ってから――


 小さく、線を引いた。


 その線が、何を意味するのか。


 自分でも、まだはっきりとは分からなかった。


 窓の外では、昼の光が満ちている。


 それでもリリナは、ほんの一瞬だけ、


 夜の古城を思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ