表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/10

第2話:世界

 ルシルとの話が終わり、いったん部屋に戻ったリリナは窓の外を見た。


 雲の流れはゆっくりで、時間の進み方まで違うように思える。


「まずはこの世界のことを知らなくちゃ」


 誰に聞かせるでもなく呟いた。


「……ベルザードさん、いらっしゃいますか」


 扉に向かって声をかけると、少しの間を置いてノックが返ってきた。


「お呼びでしょうか」


 まるで最初からそこにいたように、自然に。


「この世界のこと、教えてもらえますか」


 ベルザードは一瞬だけ目を細めた。試すような、あるいは測るような視線だった。けれどすぐに、いつもの穏やかな表情に戻る。


「承知いたしました。長くなりますが、よろしいですか」

「お願いします」


 ベルザードはほんのわずかに口元を緩めた。


「この世界には、大きく分けて2つの勢力がございます。人間族と、魔族」


 予想していた言葉だ。でも、その"距離"までは想像できていなかった。


「現在、両者は共存しております。……少なくとも、表向きは」


「三七年前、大きな戦がございました。規模としては……世界を2つに割るほどの」


 「その戦は、終結しました」


 ベルザードは一瞬、言葉を切った。カップをテーブルに置く、小さな音だけが響く。


「先代の魔王様が、人間族の勇者に討ち取られたことで」


 静かな声だった。感情を排しているのではなく、感情を乗せないようにしている、そういう静かさだった。


 リリナは何も言えなかった。


「双方に多くの犠牲が出ました。残った魔族と人間族は盟約を結び、互いに干渉しない、それが条件でございました」


「……それが、今も続いている」


 三十七年。リリナが生まれる前の話だ。でもベルザードにとっては、昨日のことのように近いのかもしれない。


「和解したわけではございません。恐れているのか、憎んでいるのか、あるいはただ無関心なのか。今となってはその出来事を知らない者もございます。種族によって、個人によって違いますが、交わらないという事だけは共通しております」


「……ルシル、魔王様は」


 リリナは少し迷ってから、口にした。


「その、お父様のことは」


 ベルザードは一呼吸おいてゆっくりと話し始めた。


「……ぼっちゃまが物心ついた頃には、すでに戦は終わっておりました」


 答えになっているような、なっていないような返し方だった。リリナはそれ以上聞かなかった。


「人間は魔族を恐れ、魔族もまた人間を恐れております。見た目の違い、力の違い、文化の違い。理由はいくつもございますが……本質は単純でございます」


「知らないものは、恐ろしい」


 リリナは黙ってうなずいた。


 相談所でも、似たような場面はいくらでもあった。知らない相手への不安。勝手に膨らむ想像。すれ違い。規模が違うだけで、構造は同じだ。


「ただし、すべての人間が魔族を避けているわけではございません」


「学者、呪術師、奴隷商、勇者を名乗る者もございます。……いずれも、あまり"常識的"とは言えない方々ですが」


「そういう人たちは、魔族に会いに来たりするんですか」


「ええ、場合によっては、捕らえようとすることも」


 さらりと言われて、リリナの背中に冷たいものが走った。


「捕らえられた者が、どうなるかは……ご想像にお任せいたします」


 リリナは無意識に、自分の腕を軽く握った。


 その雰囲気を察したのか、ガルが足元で「きゅるる」と唸る。


「……じゃあ魔族側は? 人間に興味を持つ人は?」


「おります。ですが、多くは遠巻きに観察する程度でございます。関わること自体が、リスクでございますので」


 そこで一拍。


「ぼっちゃまのように、直接行動に移される方は……非常に稀でございます」


 リリナは思わず視線を逸らした。


  "とりあえず連れていく"を思い出した。


「……納得です」


 ベルザードは何も言わなかった。ただ、ほんの少しだけ目元が和らいだ気がした。


 リリナは手帳を開いた。ページの上に、今聞いたことを箇条書きにしていく。戦争、三七年、干渉しない関係、種族によって違う感情。


 書きながら、ふと手が止まった。


「……ハードモードすぎません?」


「ええ」


 ベルザードはあっさりと肯定した。否定も、慰めも、なかった。


 リリナはしばらく、手帳の文字を見つめた。


 窓の外で、雲がゆっくりと流れていく。


「……わかりました。続きを聞かせてください」


 ベルザードは静かに頷いた。


 ガルが足元で丸くなり、目を閉じた。長い話になると、察したのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ