9.知識チートですわ
畑でイモが成長しない。
畑で育たなくなった作物がある。
魔法文明農業が直面している二つの問題について研究している我らが栄光の女学園園芸部。
「男学園や王立研究所よりも先に解決できれば素敵なのだけれど」
リビエラは頬に手を当ててため息をつく。
思うような成果が出ていないのだろう。
「専門家の知恵では長らく解決しておりませんので、専門外の方の発想が参考にならないかと、皆さまに尋ねているのですが。何か思いつきませんか?」
どうやら猫の手も借りたいといった様子。
正直なところ、片方は仮説を持っています。
もう片方はどうでしょうか。思いつくところはありますが、実験してみないと確信は持てません。
ならば実験をしてもらえるように誘導するのが良いでしょう。幸い、きっかけがあれば実験はしてくれそうです。園芸部はかなりモチベーションが高いです。
「今までにない考え方が必要なら、魔法使いの目線ではなく植物の目線で考えてみませんか」
仮説に辿り着くための過程を一般化して提案してみました。
「植物の目線、ですの?」
「そうですわ。植物にとって豊穣の魔法、そして花魔法はどんなものでしょうか」
「……なるほど? 皆様! 集合!」
ルビエラが一声かけると、作業中の園芸部員が集まってきます。
そしてディスカッションが始まりました。
「植物にとっての魔法?」
「豊穣の魔法はどんな植物でも育つ土ですわ」
「一期に一度畑に賭けるのが通常の運用です」
「それでも育たない作物があるのですわよね」
「花魔法はどんな植物もすぐに育つ魔法ですね」
「こちらは育たない作物は、いまのところない」
ここまでが現状の確認です。
魔法というものの都合のよさがよくわかります。
だからこそ、魔法の万能性に依存しがちなのかもしれません。
「改めて、植物の目線ですが」
「そうですわね。とても恵まれた環境ですわね」
「ですが水は必要ですわ」
「花魔法では水も必要ありませんわね」
「ですが多くを育てられるのは豊穣の魔法ですわ」
やはり魔法を中心の考えに進みがちのようです。
「仮定、想像に基づく例えですが」
前置きしてから。
「土は屋敷、水は食事と考えてみたらどうでしょう。衣食住のうち、食と住を外から提供してもらっている状況です」
「その仮定であれば、まず衣装を手に入れる必要があるでしょうね」
「地属性と花属性の結果の差から、土と水だけでは不足している何かがあると、みることができますわね」
「その足りないものが衣服だと?」
「衣服だけではありませんわ。衣服を手に入れるにはお金が、収入が必要です」
「扶持をいただかなければなりませんね」
「借りてくる手もありますが、それだけでは破綻しますわ」
「子供を育てるにも物入りですわね」
「教育、鍛錬の教師」
「乳母も見つけなければ」
「身の回りの世話をするものへの給金」
「交際費も必要でしょうねえ」
爵位の低い方のほうがよく意見が出ているようです。
上位貴族の令嬢にはあまり実感がわかないところかもしれません。
わたくしも人のことは言えないのですが、前世でお小遣いをやりくりしていた程度の経験はあります。
「例えば、男爵家が伯爵家が持つような屋敷を与えられていたらどうでしょう。あるいは公爵家が伯爵家が持つような屋敷を与えられたなら?」
「それは……」
「男爵家がいただけるお役目の扶持では、屋敷を維持するだけでも難しいかと思いますわ」
「公爵家がとなると、格を気にする方に悪しざまに噂を立てられるやも」
「分相応な程度というものがありますわね」
「どちらに振れても弊害が出るかと」
「なるほど、家によってそれぞれの要素として相応しいものがある。植物にも、土、水、そのほかのなにか、それぞれ適した環境がある、と言いたいのですね?」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。いろいろな条件を比較して確かめてみるのがよいのではないかと」
本当に知らない。前世ではそうだったと思うが、この世界ではわからない。試してみなければ答えは出ない。
「さすがは風車の方ね。目の付け所が違いますわ」
ルビエラがわたくしを褒めると、皆様の視線が集まります。
憧憬、興味、嫉妬。様々な感情が入り混じっています。
「役に立ったならよろしいのですが」
「では花魔法の場合は、屋敷も食べ物も、衣服も教育も、あらゆるものが与えられているわけですか」
「それで最高の実りが生まれる……」
「それって私やルビエラちゃんみたいね!」
しばらく静かだったアリアが口を開きました。手は繋いだままです。
たしかに、公爵令嬢や侯爵令嬢は花魔法で育てられる植物と似ているかもしれません。即座に育つわけではありませんが。
「そう見立てるのであれば。育たない種は、突然没落して屋敷と食べ物以外のすべてを失ったようなものですわね」
「最高の環境なら最高に育ち、環境が崩れればどうしようもなく滅ぶということね」
ルビエラとアリアでなければ問題になりそうなやりとりです。
ですがここで止まると少々気まずいので少し口をはさみます。
「昔は育っていたものが育たなくなったというのが問題の主軸なのですわよね?」
「そうですわ。魔法の使い方が変化したのかと考えておりましたが。環境の側の変化も検討しなければなりませんね」
「種の方が変わったのじゃないの?」
「種が変わるのですか?」
「知らないわ。人に例えるなら、成り上がって環境が変わり、世代を重ねた家ということになるよね。ねえ、風車の初代は男爵家出身だったのでしょ?」
「五代前のことですから……世代が変われば関わる相手や必要な知識、身につけるべき作法なども変わってくるかと思いますわ」
アリアとルビエラのやり取りの間に話を振られました。
ちょうどいいのでさらに誘導をかけます。
「……植物が、世代交代で環境に適応して性質を変化させると?」
「理屈は通るかも」
「仮説ですわね。試してみるに値すると思いますが、どうですの?」
ルビエラが何人かに視線を向けます。
ルリが含まれていましたので、花魔法を使える方々なのでしょう。
「ルビエラ様。正直に言って、花実を咲かせる魔法の構成を崩すことになるのは不安です」
「それはそうですわね。ですがうまく行けば、常識を塗り替えるような成果の当事者となれるかもしれません。我こそはという方は?」
逡巡する空気で包まれます。
そんな中で、わたくしはハナに話しかけました。
「ハナ」
「はい」
「部活は考えていますか?」
「ミルカ様と同じものか、あるいは園芸部をと」
「ではやってみますか? わたくしはおそらく飛行部に」
わたくしが言うと、手を握ったままのアリアがにやりと笑いました。
飛行部は風属性の定番の部活動だそうで、アリアから事前に勧誘を受けているのです。
「ではそのようにいたします」
もしこれでハナがどうにもならなくなったら一生面倒を見なければなりませんね。
こうして、わたくしはルビエラにハナを推薦いたしました。
その結果、新入生に機会を奪われてはならぬと数名の園芸部員が手をあげ、作物の品種改良実験担当が決まったのでした。
もちろん、品種改良という言葉はまだ私の頭の中にしかないのですけれど。
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